シルフィの丘で

脳なし不細工のティファナ

「おい! 脳なし不細工のティファナ!!」



 いつもの怒号がひびきわたった。

 ティファナは震えあがり、その場で膝をつく。



「お前はいつになったら治癒術以外が使えるようになるんだ!? ああん!?」


「ご、ごめんなさい」


「謝りゃいいってわけじゃねえ!」


「は、はい! ご、ごめんなさ……」


「っはー! お前はそれしか言えねえのか!! ああん!? まあったく使えねえ、ゴミだ!!」



 酒に酔っている剣士のヴィランが、ティファナへ顔を近付ける。

 そして――



「っはー!! しかもとんでもねえ不細工ときたもんだ!!」



 唾を吐きかけ、嘲笑う。

 周りにいる者たちも同調し、大声で笑う。

 酒場全体でティファナを晒し者にする。

 

 いつものことだ。



「仕方ねえよ、ヴィラン。こいつは“道具”さ。人間だったら追放しているがな? 道具なら役に立つ間は使うってだけだ。擦り潰れたら捨てちまおう。それまでの我慢だろ?」



 槍士のトラグルックが割りこんできて、ヴィランを宥める。

 これもいつものことだ。


 今酒場にいる者は皆、ティファナが所属している冒険者のパーティであった。

 万年見習い治癒術士のティファナも、そのパーティにいるひとり。

 しかし人間として扱われてはいない。

 ただの消耗品の道具であるから、追放する価値すらないのである。



「っはー! 違いねえ!!」


「おい、脳なし不細工のティファナ!! 使ってくれる俺たちに感謝しろ!! おら!! いつも通りに這いつくばれ!!」



 トラグルックの足が、ティファナの頭を踏みつける。

 ティファナは酒場の床に頭を押し付けられた。


 土と、埃と、酒の匂い。


 息苦しい。



「……こんなどうしようもない、道具を……使ってくださり、感謝……します……」



 潰れた声を、こぼす。


 いつものことだ。


 ティファナの声を聞き、ヴィランとトラグルックが高笑いする。

 周囲の仲間たちも同様に笑いだす。

 酒場にいる関係のない人たちも、くすくすと笑っている。


 すべて、いつものことだ。


 万年見習い治癒術士のティファナはひたすら苦笑いし、皆の憂さ晴らしに付き合う。

 無能な治癒術士なのだから、こういう形で、出来る限りの癒しを与えなくてはならないのだ。

 そのように、躾けられてきた。



 皆が酔いつぶれたあと、ティファナはようやく解放される。

 ティファナを蔑む催しは、酒場の外には伝わらない。冒険者同士の過度な諍いは、一応禁止されているからだ。そのため散々に扱われ、飽きられた後は、もう何もない。パーティが所有している建屋の、自室へ帰れることができる。


 とはいえ、そこは皆と同じような部屋ではない。

 小さな物置だ。


 物置の片隅に、灰色の布切れ。

 ティファナの寝具である。


 ティファナはその布切れに倒れ込み、顔を埋めた。



『脳なし不細工のティファナ』



 ヴィランとトラグルックの声が、何度も頭の中でひびきつづける。


 容姿のことまで馬鹿にされるようになったのは、四年ほど前からであった。

 十二歳で見習い冒険者になったころはただの子供であったが、成長すれば異性として見られるようになる。容姿が優れないティファナは、それまでずっと脳なしと馬鹿にされつづけていたが、不細工女という評価まで気安く加算されることとなった。


 ティファナを蔑む催しは、夜を重ねるごとに酷くなってきている。

 人間として扱われなくなったのはいつからだろう。もう、思い出せない。


 すり減っている心。

 これ以上すり減りようもないはずなのに、毎夜削れていく。


 外見の評価というものは、これほど心を抉るのか。

 脳なしと言われていた時の何倍、いや何十倍も苦しい。


 しかし容姿など、持って生まれたものだ。

 変えられはしない。



――なら、もう。せめて――



 ティファナは物置の隅にある箱に目を向けた。

 箱の中には魔石が入っている。冒険者の給金のひとつとして分け与えられる魔石が。


 ティファナはそっと箱を開けた。

 箱の中に入っている魔石の量は多い。冒険者になって十年、ずっと使わずに貯めつづけていたからである。その魔石をじっと見たあと、ティファナは自身の腕に嵌められている腕輪に視線を移した。


 冒険者なら皆持っている、銀色の腕輪。

 冒険者の能力を上げる、道具のひとつ。


 能力を上げる方法は簡単であった。腕輪に填められている宝石に、魔石の力を注ぐだけである。たったそれだけで、腕輪の所有者は様々な力を身体に宿すことができた。


 宿せる力は、所有者の願いと想像力によって変えられる。

 力が欲しければ、筋力を。

 魔法を強くしたければ、魔法力を。

 それら基礎的な力だけでなく、思考力や手先の器用さなども鍛えることができた。

 腕っぷしの強さだけで冒険者の実力を決める時代は、この腕輪によって終わったのである。

 

 ところがティファナは、この魔石をずっと使ってこなかった。

 なぜなら魔石を一度使うと、別の力へ再変換できないからである。


 優柔不断でもあったティファナは、やり直しができない強化を十年悩みつづけていた。

 治癒術が強くならない理由は、このためでもあったのだ。



「でも、もう……やるしか……!」



 せめて腕輪に魔力を注ぎ、治癒術を高めることができれば。

 その他の魔法も使えるようになったなら。

 少しは重宝されるようになるだろうか?

 大事な仲間として、共に冒険してくれるようになるだろうか?


 ティファナは箱から魔石を取りだし、息を飲んだ。

 これまで使うことを躊躇っていたのに、気の勢いで使おうとしている自分に驚いた。



――だけど、やらないと……。



 すり減り切った心が、本当に千切れてしまう。

 そうなれば本当に、人間ではなくなってしまう。


 ティファナは銀色の腕輪に填められた宝石を、魔石に近付けた。

 もう二度と、不細工女だと言われないようにするために――


 瞬間。

 魔石と腕輪が輝いた。


 その光は、他の冒険者が腕輪に魔力を注入している光とは異なっていた。



「……ぼ、暴走してる!?」



 慌てた直後、ティファナは全身に強烈な痛みを感じた。

 気を失うには十分すぎるほどの痛み。


 意識が薄れていく中、また、あの声が聞こえてきた。



『脳なし不細工のティファナ』



 悔しい。

 その想いを最後に、ティファナの意識は途切れたのだった。

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