第12事件「紙札 熱中 犯人犯行」


「今日は野本の家で遊ぶことになってるから」


 六家はそう言って七寸の誘いを断ろうと思った。先約が優先されるのは遊びの基本である。


「じゃあ、あたしも行く」


「え?ゲームやったりするだけだぞ」


「いいもん!行くもん!」


 駄々っ子のように言うことを聞こうとしない七寸。


「ま、野本に確認するか」


 一人増えるくらい大丈夫だろう。そう六家は思っていた。


「いいぜ、どうせみんなでゲームやるだけだし」


 あっさり了承してもらえた。やはり野本は細かいことに拘らない性格のようだ。


「じゃ、昼食べたら、大沢の家来てくれ」


 大沢の家はよくみんなの遊び場になっていた。昨日も野本は大沢の家で遊んでいて、人の家でアイスを3つも食べたなんて言って自慢をしていた。


「ってことだから。また大沢の家で会おう」


「あたし、大沢君の家、知らないんだけど……」


「あ、そうか。じゃあ、ボクがりずんの家に行くよ」


「いや、学校で待ち合わせでいいわ。助手に悪いから」


「でも、りずんの家から大沢の家の方が近いけど」


「いいって言ったらいいの!」


「ま、いいならいいけどさ」


 七寸はいつになく強い語気で言った。そのことに少し違和感を覚えた六家ではあったが、気にしないことにした。


 個人懇談期間はまだ続いていた。だから遊ぶ時間はたくさんあった。いつもこうして学校が早く終わってくれたらいいのに、なんて思いながらジリジリと照つける太陽を見つめた。


「あ、言ってなかったけど、先に宿題やるから。宿題持ってきてくれよ」


「どうやら大沢の家は遊ぶ前に宿題を片付けるルールらしかった」


「オッケー、持ってく」


 六家は頷きながら言った。


 放課後、昨日とは違い、今度はお互いに定刻に集まっていた。


「助手、さあ行くわよ」


「うん」


 心なしか昨日よりもそっけない感じがする。だが、ただの思い違いかもしれない。そう思いながら六家は自転車のペダルを回した。


「今日って大沢君の家に何人来るの?」


「んー、中島と野本と生田は来るって言ってたけど」


「ふーん、そうなんだ」


 なんてことないことを話しながらあっという間に大沢の家の前までたどり着いた二人。


――ピーンポーン。


 インターホンを鳴らして大沢が出るのを待った。


「六家と七寸、入って」


 インターホン越しに声がしてオートロックが開いた。


「大沢君の家ってけっこうお金持ちなんだ」


「ま、そうだな。家の中も広いし」


 こうして二人は家の中に入った。


「あ、梶本も来てたんだ」


 大沢の家には生田、野本、中島、梶本が集まっていた。ここに六家たち二人を加えると計七人で遊ぶことになった。


「先生、宿題多すぎるんだよな」


「わかる」


 そんなことをぶつくさと言いながら、きちんと宿題をこなしていった。


――宿題を終えた後、事件が起こった……



「カードが……なくなっている……」


 野本のカードがなくなったのだ。


「あれ、誕生日に買ってもらったやつなのに」


 ペケモンカード、ガラテナSSR、それはとても高価なカードだった。


 それが無くなってしまったのだ。


「どうしよう、絶対怒られる……持っていくなって言われてたのに、持って行っちゃったし……」


 カードがなくなったことよりも家に帰って両親に怒られることを心配するのが野本らしかったが、とにかく、なくなったカードを見つけなければならなかった。


「諸君、カードが見つかるまで、この場を離れないでくれたまえ!」


 ここからは、名探偵七寸の出番だ。


「もちろんそのつもりだ。ここで帰ったら犯人だって言ってるようなものだからな」


「俺はやってないからな」


「そんなこと言ったら俺もだ」


 口々に無罪を主張する男子たち。急いで保身に走るその様は小心者の目一杯の抵抗のように見えて滑稽だった。


「そう、あわてなくても、りずんが今から推理してみせるからさ」


 なくなったカードはまだこの家のどこかにある。野本が自分の家に置いてきていたというオチを除けば。


「ということで、野本君。野本君は今日、ここにカードは絶対に持ってきていたんだね?」


「持ってきてた! 一緒にバトルした時には絶対あったから!」


 横から梶本が話に割って入ってくる。どうやら家に忘れていたなんていう平和的解決は望めないようだった。


「ふむ、ということはこの中の誰かが犯人である可能性がきわめて高い。だな、ワソト君」


「りずんの言う通りだ。ボク、りずん、梶本、中島、大沢、生田。疑いたくはないけど、誰かが盗んだって考えるのが普通かな」


「ちょっと、カバンを見せてもらうな……」


 野本はそう言ってみんなが持ってきたカバンの中身をチェックする。


 小学生だからといってこのような安易な持ち物検査で犯人が暴かれるはずがなかった。


「ま、ないよな」


「でもまあ、みんながゲームに夢中になっている隙にガラテナSSRだけを抜き取るなんてのは、誰にだってできることだ。ゲームは順番に替わっていたことだし」


 七寸の言う通り、誰だって犯人になり得る可能性があった。周りでまさかそのようなことが起こるなんて、到底考えていなかったからだ。


「問題は、カードの場所だ。とにかくみんなのカバンの中になかったということはこの家の中に隠して後からこっそりと盗む計画だったに違いない」


 七寸にしてはいい勘が働いていた。いつもとは違う、鋭い目つきで突き刺すように言ったのだった。


「どうした、りずん。いつものりずんだったらボクが必死にフォローしないといけないのに」


「アイス食べたから」


 なんともふざけた回答だったが、大沢の家でアイスをいただいて脳が活性化したようだ。


「どんどんいくよ。ということは、犯人は手ごろな場所で、なおかつ、見つからない場所にカードを隠した」


「そう、こんな場所にね」


と言って突如としてカーペットをめくった七寸。


「ま、ここでカードが見つかったらカッコよかったんだけどな」


 そういうわけにはいかない。なんてったって、ポンコツ探偵、七寸りずんなのだ。こんな愉快痛快推理でスタイリッシュ解決してしまっては読者も辛抱溜まらんだろう。


「あくまで、カーペットの中は一例だよ。例えばの話、そう、例えば」


 執拗に例示であることを強調する七寸。


――まあ、今のは垣根なくダサかったからな。


「ワソト君、後は頼んだ」


 早くも事実上の白旗宣言。六家がバトンを受け取って推理を続ける。


「りずんが言うことは合ってる。犯人は自分が持ち帰ることができるようにカードを隠した」


「そう、トイレに……ね」


 その発言を聞いて、わずかに身じろぎをした人間がいた。


「だね? 梶本君?」


「いや、俺は……俺は……」


 もうこうなっては自分が犯人ですと言っているようなものだ。動揺を隠せずに狼狽する梶本。実際にトイレにカードはあった。


「かじ、お前……」


「ちょっと、見せてもらいたいだけで……」


 梶本の瞳に大粒の涙が溜まっている。小学生はすぐに泣くのだ。


「ごめん、野本。ほんとにごめん」


「いいよ、別に見つかったからいいし」


 この後、謝罪も済まして野本も許しも下りたことで事件は一件落着に終わった。


「助手、いつもありがとね」


 帰り際にさりげなく呟く七寸を見て、六家は可愛いなと思った。

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