第9事件「巷説 塗説 不透明」


「助手よ。この三栖照小学校にも学校の七不思議ってやつがあるのを知っているかね?」


「知らない。てか、りずんが勝手に作ったってオチでしょ」


「ギクリ」


 七寸の浅はかな道楽など、容易く見破ることができる六家。


――だが、あえてその道楽に乗ってやる。


「いやまあ、あたしが作ったっていうか、みんなが言ってたって言うか……」


「で、その七不思議ってのはどんなのがあるんだ?」


「助手よ、そう言ってくれると思っていたよ。七不思議その1!」


 六家の問いかけに対して、水を得た魚の如く饒舌になる七寸。


「音楽室のベートーヴェン!」


「うちの学校にベートーヴェンの絵はないけどな」


 この三栖照小学校は校舎建て替えに伴い、古くからの慣習や様式は取っ払われている。無論、先ほどの音楽室の定番の肖像画もだ。


――せめて、あるもので考えておけよ。


 そう言いたくなった六家ではあったが、一応、続きを聞いておくことにした。


「じゃあ、その2は?」


「うむ、トイレのクリスさん」


「外国人なの!?」


 グローバル化に伴って、花子さんも改名したようだ。トイレから声が聞こえる類の噂話はやはり定番のネタだ。どの学校にもあると言っても過言ではない。


「よし、じゃあクリスさんってのを見つけに行こう!」


「いや……でも……まあ、クリスさんはもう、いないとか……なんとか……」


 歯切れの悪い返答の七寸。この様子を見て、六家は確信する。


「りずん、まさか、お化けが怖いのか?」


「な、なわけ、ないじゃん! あたしは探偵よ!」


 探偵であることと、お化けが怖くないことの関連性は全くないが、それほど動揺しているということらしい。


「じゃあ、ますます退治する必要があるな。このままじゃみんな怖くてクリスさんのいるトイレに行けないだろうし……」


「い、い、い、今から、い、い、い、行ってやらないことも……なくもなくも、ないって言うか……」


 声が上ずる七寸。相当怖くなってきたらしいが、後には退けないこともなんとなく感じているようだった。


「H校舎……二階の女子トイレ……二個目のドアを2回叩いて……20秒待つ。そうしたら、クリスさんは現れる……」


 ここまで言われて六家はたしかにこの噂を耳にしたことがあると気が付いた。どうやらこれは誰かが考えたものだが、この学校なら誰もが知る怪談であることに違いなかった。


「どうだ、探偵として、白黒はっきりさせに行くか?」


「いや、探偵の仕事じゃない。幽霊退治はお寺の人とかの仕事……」


「ま、そうだな。今回は調査しないでおこう」


 この七不思議に関しては元となる話があってそれのリメイクというか、改編というかの類だ。実際に何かが起こったわけではないがこの2の繰り返しで口承されていったのだろう。



 きっと今までも数多くの児童が2階のトイレのドアを叩いてきたに違いない。だがそれは、全く無意味な行為であり、何ら科学的根拠に基づいているわけではないのだ。


 これが小学生らしい巷説といえる。このようなまやかしを解き明かすことなど、プロの探偵にだってできはしない。なぜならこれは子どもたちの戯言にすぎないのだから。


「さ、りずん。外に出てみんなとおにごっこでもしよう」


「うん」


 二人はそう言って、運動場に出て行った。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る