第6事件「札遊戯 虚偽 禍福」


「なぁ、おでこにトランプつけて数が大きいのが勝ちってやつしよう」


 野本が六家にひっそりと、唐突に提案してきた。いや、唐突ではないのかもしれない。なぜなら今日の天気は雨。

 運動場で遊ぶことができない今、室内での遊びは限られているのだ。


「いいよ、やろう」


「その勝負、この名探偵しちずん、りずんも参加させてもらおう!」


「いいぜ。何人か集まった方が楽しいからな」


「俺もやる~!」


 中島もどこからともなく現れて、六家・野本・七寸・中島の四人でインディアンポーカーをする運びとなった。


「ジョーカーの次は2が強いからな。あとは1、13、12って下がっていくから」


 軽くルールを説明されたが、これは周りの会話を元に、己の額の数字を予測し、戦う単純明快なゲームだ。


「りずんが負けるはずないのだーガハハハハ!」


 小学生の少女には似つかわしくない哄笑。それほど自信があるゲームだったようだが、


「それって負ける人が言うやつだろ、七寸。この野本宗次がやっつけてやる」


 売られた喧嘩は買う主義の野本が威勢よく言った。


――面白くなってきたな!


「それじゃ、1回戦、よーいスタート」


 勢いよく額にカードをつける四人。お互いに額のカードを瞬時に見渡す。


「野本、絶対変えた方がいい」


「うん、さすがにそれはそう」


 中島と六家が最初に言い放つ。これはブラフの可能性が高い。相手が強いカードを持っているからこそ、相手にカードを変えさせて弱体化させる狙いがあるのだ。


「さすがにその手には乗らない。けっこう強めのカードってことだな! じゃあ、俺はぜっったいに、変えない!!」


 強い意志をみせつける野本。だが、その意志を崩しにかかる者がいた。


「くく、じゃあ、この勝負、このあたしが勝つってことだけど、いいのかな?」


 七寸だ。自分の額のカードが何かも分からないにもかかわらず、自信に満ち溢れた声音だった。


「七寸はさ、その程度で勝てると思ってるのが笑えるぜ」


 野本はある意味ヒントとも言える言動をしてしまった。


「今、その程度で勝てると、言ったな?」


「と言うことは……だ。あたしのカードは強くもなく、弱くもないカードだ。先にワソト君、中島君が野本君のカードのことを言ったことからも分かる。あたしのカードは真ん中ぐらいの強さのカードってこと」


「つまり、6や7くらいの中級クラスのカードだ」


 そう言って4の数字が書かれたカードを額に当てて七寸は言った。そうだ、このゲームの敗者を六家と中島は七寸だと判断して、強いカードの持ち主野本に対して発言をしただけなのだ。


 だから、七寸の推理は全く当たっていない!!


「まあ、いいさ、後で吠え面をかくのは七寸だ」


 野本はさすがに4には勝てると踏んでカードを変えようとはしなかった。


 この場に3を持つ人間がいない限り、敗者は七寸に決まる。六家のカードは8、中島のカードは10だ。そして野本は13。


 この中で運がなかったのが七寸。その事実に気が付くことができない限り、彼女の勝利はない。


「おいおい、誰もカードを変えないのか? それで勝てると思ってるのか?」


 野本が揺さぶりをかける。この状況で一番優位に立っていることが分かっているからこその成せるわざである。


「助手、あたしのカードは野本君に勝てるだろうか……」


 懇願の眼差しをありったけ向ける七寸。


「それは、言えないな」


――すまない、これはゲームなんだ。そんな目でこちらを見られたとしても、七寸にカードを変更されてしまうと自分が負ける可能性につながる。だからこそ、真実を伝えることはできない。


「むぅ……助手のいじわる」


 むすっとした表情で頬を膨らませる七寸。悪いとは思いつつも、やはり自分よりもおそらく格下のカードを持つ人間のカードを変えさせるわけにはいかないのだ。


「…………」


 七寸は露骨に悩みだした。ここで六家が何か発言していたら結果は変わっていたのかもしれない。だが、七寸の気持ちはカードを変えることに傾いてしまった。


「あたし、変えるよ。カード」


 そう言って額から4の書かれたカードを下ろした。


「うげっ。絶対負けてたじゃん」


「変えてよかったー」


 机に置かれた4の数字を見て、自身の鈍感さを少し恥ずかしく思った七寸。


「よし、これでオッケーでしょ」


 そう言って新たなカードを額に当てようとする七寸。野本、六家、中島の中に緊張が走った。次は自分が下位になるかもしれない。少なからずその思いはあったからだ。


――だが……


「じゃあ、これで勝負ってことでいいな?」


 最終確認をとる野本。他の3人は黙って頷いた。七寸以外からは心なしか早く勝負を決めようという雰囲気が漂っていた。


「ちょ、まっ……」


 七寸がその空気に気が付くのが少し遅かった。


「はははははははっは!」


 三人は一斉に笑い出した。


「もういっかい引いて3ってヤバいでしょ!」


「さすがに運がなさすぎ」


 七寸が引いたカードは最弱である3のカード。名探偵はこうしてあえなく散ったのだった。


――キーンコーンカーンコーン。


 チャイムが鳴り、次の授業が始まった。

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