第6話 B

 もういいよ、なんて言わせてしまった。


 きょーこの声はずっと暗くて心の沈み方がそのまま出ているみたいに聞こえてくる。ただ、それを埋めてくれるのがくーちゃんだってことがまだ救いかな。


 私があげたピンクのクマのぬいぐるみ。


 背の小さいきょーこは私を抱きしめようとしても上手くいかない。でも私は抱きしめて欲しい。

そういう理由があって、私の代わりにすることで間接的に愛情を感じられるようにしたんだ。


「もう3年も経つんだね。くーちゃんをあげてから」


「……」


 返事はないか。


 静かな空間であのときのことを思い出す。なにかきょーこが求めているものを見つけられるかも。



 ◇◇◇◇◇◇



 3年前11月24日


「これ、きょーこにプレゼント」


 誕生日、数日前から私が他の子をわしわしするのを見て私もしたい!って意気込んだけど、胸に顔がうずくまるだけだったんだよね。


 手が回らなくてそれでぷくって頬膨らませてたのが懐かしい。


「ありがと! すごく嬉しい!」


 満開の笑顔で飛びついてくるきょーこ。案の定、胸に埋まっちゃってるけどそれがまた一段と可愛いかった……。


「きょーこぬいぐるみ好きでしょ」


「それは加菜ちゃんも同じでしょ」


「まあ、そうなんだけど。とりあえず、これを寝るときとか寂しいなってときに抱きしめてあげてよ」


「うん、他の子よりも大事にする。加菜ちゃんとお揃いのは買ってきたけど、プレゼントは初めてだから」


 そういってぎゅーっとくーちゃんを抱きしめて頭に顔を埋める姿は今でも忘れていない。


 それから半年たったくらいだっけ。お母さんと喧嘩したって私の家にくーちゃんを持って泊まりに来たの。


「きょーこママが子供っぽいのを卒業しなさいって言ったの?」


「そうなの! 勉強を頑張るためにぬいぐるみばっかりの部屋を綺麗にしなさいって」


 お義母さんの言う通りきょーこは幼いところがあるけど、見た目と愛嬌とで凄く可愛いから矯正してほしくなかった。でも、将来のために、私が一緒に反抗したって思われたくもなかった。


「じゃあさ、そのくーちゃんだけ残そう? べつに捨てなさいって言ってたわけじゃないでしょ? だから他の子は押入れで寝てもらって、勉強を頑張れたら起きてもらおうよ」


「……くーちゃんだけ?」


「くーちゃんじゃなくてもいいよ。きょーこの一番のお気に入りの子をそうしてあげたらいいよ。勉強は私も一緒に頑張るから」


「……わかった。じゃあ、くーちゃんにする。加菜ちゃんがくれたものだから」


 渋々って感じ。ただそれよりも、私からもらったって理由で一番になっているのが凄く嬉しかった。


「そんなに好きになってくれたんだ」


 ちょっと期待して聞いてみた。


「うん。だって、私、加菜ちゃんにわしわしされないし、することできないし、でも、くーちゃんはいっぱい抱きつくことができるから。心も身体もぽわって温かくなるんだよ。加菜ちゃんだって思ったらもっと好きになっちゃってた」


 照れくささなんてみせない愛に満ちた優しい表情を見て、私は改めて誓った。絶対にきょーこを離さない。いつかは同棲してふたりで幸せな日々を送るんだって。


 だから……今訪れている最大級のピンチをくぐり抜ける。


 それでこの扉を開けてくれたら思いっきり抱きしめるんだ。感じたことのないきょーこの温もりを知るために。

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