第4話 【聖女】の息子
俺、オスカー・フォン・シュバルツが生まれた日、深淵の森から魔物があふれ出た。
それをおさめるために【聖女】が身命を賭して強固な結界を張った。
その【聖女】の名はセリス・グリーンヒル・シュバルツ、俺の母様だ。
母様は死ななかったが、生命を維持する活動ができなくなるほど神力を枯渇してしまった母様の体は石になり、その石像は俺と父様の大切なものだ。
俺の父様、シュバルツ国王でもあるロシュフォール・フォン・シュバルツは俺の尊敬と憧れの人物である。
父様は公明正大な政治をする偉大な国王というだけではなく、数年前に最強の神獣である神竜と契約した世界最強の騎士だ。
最高だ。
本当にこの時点でもう最高なのに、父様は父親としても最高である。
普通の王族ならば育児は乳母に任せきるのに、父様は俺とよく一緒にいてくれる。
国で一番忙しい人なのに、一緒に遊んでくれたし、勉強を見てくれることもある。
母様がいないことが寂しく、恋しいといって乳母を困らせた日の夜は父様が一晩中そばにいてくれた。
泣く俺の背中を優しく叩いて、母様の話をいろいろしてくれた。
父様の話してくれる母様の話が好きだ。
父様の話の中の母様は【聖女】ではなく、普通の女の子で、慈悲深い王妃様で、俺が生まれるのを楽しみにしている最高の母親だった。
母様が石になって時間が経ったのに、父様はいまでも母様を一途に想っている。
俺が母様の子じゃなければ父様に愛されなかった、と意味不明のヤキモチを俺がやくほどに、父様は母様だけを愛している。
因みに、「母様の子じゃなければ」という質問に対しては否定されていない。
「まあ、いいか」と受け入れられるほどに成長したからいいけれどね、「お前はセリスがのこしてくれた大事な息子だ」と優しく髪を撫でてくれた父様の手は嘘じゃないのだし。
父様にとっては俺も母様もどっちも一番で、少しだけ違う形で一番愛してくれている。
それでも父様は王なので、見合いの話がたくさん来る。
深淵の森に一番近いといっても国力は豊かで、息子の俺から見ても文句のないイケメンで、国中の騎士が敵わないからおそらく世界で一番強い男だ。
あちこちの王族や貴族が送ってくる見合い用絵姿で父様の書斎には山脈ができ、夜会に出席すれば未婚既婚問わずほとんどの女性の憧れの眼差しを独占している。
―妻はまだ生きている―
父様はそう言って全ての見合い話を絵姿を一度も見ることなく断り、夜会で積極的にくる令嬢たちを歯牙にもかけない。
それでもめげずに「側妃でもいい」「愛妾でもいい」と言いながら女性たちは父様に突撃し、その結果、月に一回くらいの割合で父様の寝室から裸の女性がつまみ出されている。
裸の女性を叩き出ているのに父様は無表情。
最初の頃は近衛騎士たちも驚いていたと聞くが、いまでは慣れた様子でマントを彼女たちに巻き付けての平然と連行している。
女性が裸でいれば普通驚くのに、父様も近衛たちも本当にスゴイと思う。
「母様以外には見向きもしない父様は格好いいからさ、俺も、我がままだけれど父様には再婚しないで欲しいんだよね」
いま俺の目の前には石像になった母様がいる。
ここは父様の部屋の隣にある母様の部屋で、この部屋には父様の許可が出た者しか入れず、それ以外が入ろうものなら父様は激怒して厳しい罰を下す。
自分の寝室に無断で侵入した女性は無罪放免なのに、すごい差だと思う。
噂では父様に愛される母様がいけないという謎理論で石像を盗もうとした令嬢がいて、その令嬢は深淵の森のふちにある田舎町に連行されたらしい。
深窓の令嬢、侯爵家だったかな、らしいのに、侍女一人つけることも許されなかったとか。
「俺が物心ついた頃にはそんなチャレンジャーはいなくなっていたけれどね。ねえ、母様。ここは俺と父様の大切な秘密基地……ううん、秘密の花園なんだ」
母様の周りには今日も俺と父様が贈った花であふれている。
***
「殿下、招待者全て庭園に集まりました」
父様の側近である侍従長のハディルが俺を呼びにきた。
今日は王家主催で貴族の子どもを集めてお茶会が開かれる日で、このお茶会は俺が三歳の頃から季節に一回開かれる定例行事だ。
その趣旨は俺の友人作り。
俺は一人っ子だし、父様も一人っ子なので従兄弟もいないから、周囲は大人ばかりという俺の養育環境を心配した父様がこのような茶会を提案したわけだが、周囲は勝手に側近や婚約者を決める為のものだと思っていたらしい。
これについては父様が「子どものことなのだから大人が手出しするな」と一喝したことで、側近とか婚約者などと考えずに気軽な交流ができている。
父様は俺に優しいが、誰かに迷惑をかけたり、俺が命に危険があることをすると怒る。
父様が怒ると神竜が父様の背後でとぐろを巻くイメージが浮かび、涙がとまらないくらい怖い。
子どもなら誰でもやるだろうが、「親のいないときに」でいけないことを俺もやったこともある。
そのときは先に発見したハディルに静かに怒られたのだが、その威圧感が……父様が「さすがに、もう」と口をはさむくらい怖かった。
「ご友人のお一人が婚約したそうですね」
「今回は婚約者を連れてこないみたいだから、次回からはそのご令嬢にも招待状を送るように手配しておいて」
快諾したハディルの目が俺をジッと見る……ごめんね、俺はまだだよ。
友だちに婚約者持ちが増えつつあり、本来ならば一番先に決まっていないといけない王族の俺に婚約者がいないのは些か問題なのかもしれない。
誰も何も言わないことをいいことに決めかねているのが俺の現状。
「母様みたいな人がいればいいんだけれど」
「カールトン侯爵家の所縁に年齢のあう令嬢がいればよかったですね」
母様はカールトン侯爵家のご令嬢で、俺のお爺様であるカールトン侯爵の母親と王太后宮にいるひいおばあ様が姉妹だった縁で、幼い頃の父様はよくカールトン侯爵家に遊びに行っていたらしい。
カールトン侯爵家は「侯爵」という高位貴族の地位におごらず、勤勉なご先祖様たちによって、各世代で一人くらいやらかしても揺るぐことのない盤石な地盤と莫大な資産がある。
父様によれば「他人にあまり興味を持たない家系」。
母様が王家に嫁ぐと聞いたときも、親戚一同「へえ、そう、おめでとう」のたった三言ですませた猛者の集まりだとか。
そんなカールトン侯爵家だから、王城の醜聞なんて興味はなく、醜聞の渦中にいる王子がきても「いらっしゃい、よくきたね」ですませていたとか。
あの父様が、信じられないけれど周囲の嘲笑で泣いたときも、侯爵たちは「殿下は殿下ですから、殿下がバカをやらなければ気にしません」と言って終わりにしたらしい。
カールトン侯爵家に遊びに行くことで精神を安定させる父様を見て、ひいおばあ様は母様を父様の婚約者にしようとした。
本来ならば王太后の推薦がある侯爵令嬢が王子の婚約者になることに何の問題はないはずだったが、当時の王宮は王たちの不祥事で王家の権威が失墜していた。
多くの貴族が派閥を作って争い、そんな中で勝利の近道は『王太子の婚約者の家』になることだったので多くの貴族が父様と母様の婚約を認めなかった。
その結果、母様は他の婚約者候補のご令嬢たちと一緒に王子妃教育を受けることになったのだが、ひいおばあ様は諦めなかった。
母様の根性に期待して王子妃教育をかなり厳しく設定し、その結果、八割のご令嬢が一年も経たずに辞退を申し出た。
残り二割は一年はもったが、父様が十六歳になるときには母様しか残っていなかったらしい。
これについては誰に感心してよいのか分からない……母様かな。
母様はそんなスゴイ人なんだけれど、父様は母様のそんなところはあまり好きではないみたい。
俺がこの話をするといつも、「お前の母様は昔から意志が強くて頑固なんだ」と悲しそうに笑って、俺の髪に触るんだ。
父様は俺の髪に触るのが好きだ。
いまの母様は無色の石だから分からないけれど、俺の髪は父様と同じ黒だけど、このふわふわした髪は母様によく似ているらしい。
父様と母様、大好きな二人の特徴が混じったこの髪が俺は好きだ。
因みに、父様みたいなツンツンと硬い髪で、母様みたいなミルクティ色の髪もいいなと思ったこともある。
「ハディル、母様が父様の婚約者になったのって妃教育で母様しか残らなかったから?それとも【聖女】だったから?」
「微妙なところですねえ。妃教育の終わりと聖女の鑑定がほぼ同時期だったので、どちらが決め手になったのかは」
シュバルツ王国では十六歳の子ども全員が鑑定を受ける儀式がある。
こうやって神力を持つ子ども、神獣と契約した子どもを探して、場合によっては国で保護するのだ。
この儀式で母様が【聖女】だと分かった。
前の【聖女】との間隔が短くて騒ぎが起きたが、「理由は分からずとも【聖女】がいるのは事実だから受け入れるしかない」というカールトン侯爵の発言でその場はおさまったらしい。
カールトンのお爺様はカッコイイ。
「鑑定だけどさ、自分が神獣と契約したかどうか分からないなんてあるの?契約って双方の意思みたいのが必要なんでしょう?」
「神獣は気まぐれですからね。「や~ん、可愛い♡」でほぼ無我の赤子と契約しちゃったケースが結構ありますよ」
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