第7話 叶わぬ想いのその先へ
クラス替え後のメンバーを確認した後の始業式なんて大抵ろくなイベントなんて起きないもんだ。
やたらと床の堅い体育館でかったるい話を聞かされて、それから新しい担任の連絡事項を教室で聞き流し、昼過ぎには一人虚しく駅前に飯でも食いにと学校を去る。
だけどそんな馴染みのある始業式に未体験のゾーンが襲ってきたのは、帰りのホームルームが終わり学生鞄片手に席を後にしようとしたそんな時だった。
「どこへ行こうというのかね
聞き覚えのある声がしたかと思えば、誰かが俺の視界を塞ぐように目の前の椅子へと陣取った。前の席の間島という男は爽やかな青春の一幕を部活に捧げるようなタイプだったらしく、ホームルームが終わった瞬間に射出されるかのように教室を飛び出していった。
そんな間島が先ほどまで温めていた席に腰を下ろした人物こそ、朝っぱらから何やら随分とややこしそうな協力を俺へと頼み込んできたその人である。
「
「屋凪君はこんなに可愛い女の子のお願いを聞いてくれないんだね……ぐすぐすっ」
いやまぁ、佐倉さんが可愛い女の子は否定のしようがない事実だ。だけどそれとこれとはまた話が別だろ。だって明らかに面倒ごとの臭いがするじゃないか。
「ぐすぐす……」
それにしてもなんというか……嘘泣きが下手過ぎないか。
「そんなことより滝川達はどうしたんだよ、カラオケに誘われてたんじゃないのか?」
「なに、盗み聴き? 屋凪君ったらエッチなんだからぁ」
「しかたないだろ……聞こえてきたんだから」
始業式を終えて教室へと戻る道すがらにたまたま聞こえてきただけだ。いわゆる不可抗力という奴で目が無意識に佐倉さんを追いかけていたとかそんなことは一切ない。
「いやね、確かに誘われてはいたんだけどさ……」
そういって佐倉さんは気まずそうに視線を窓の外へと逸らした。
「考えてみ? 奏太と香澄がいる場所に私がどんな顔で居ればいいっての。いやね、他にも数人誘われてはいたよ? 決して三人って訳じゃないよ? でもさ……だけどもだけどじゃない?」
「あー……まぁ……」
「ってことよ」
それは確かに何というか佐倉さんの心境を思えば辛い。誰が好き好んで惚れた男が別の女の子と仲良くしているのを見に行かなきゃならんのか。しかもカラオケときたもんだ。もし二人でデュエットなんて歌われてみろ。俺だったら今すぐその場でゲロ吐いて気絶しかねないぞ。
「…………行かなくて正解だったと思う」
「そう言ってくれてうれしい限りです」
そんなことよりも今の話で一つ気になったことがあった。
「滝川ってさ、佐倉さんにちゃんと柊木さんと付き合ってるって言ったの?」
「…………屋凪君ちで晩御飯ご馳走になった日があったじゃん。あの夜に連絡来てた。ってかそんなことわざわざ連絡しなくてもわかるわっ! 私が何のためにあの日あいつを送り出したと思ってるんだ」
「どうどう……落ち着いて」
「ごめん、取り乱した」
まぁ、気持ちは分らんでもない。佐倉さんは滝川の気持ちが柊木さんにあるのを分かっていたみたいだし、その様子じゃ柊木さんも満更じゃなかったことを知っていたのだろう。
だからこそ、あの日佐倉さんは滝川の背中を押したのだ。
「じゃあ滝川は逆に佐倉さんの気持ちを……」
「恋人が出来てすぐに自分のことを好きだった女をカラオケに誘うような男よ? 気づいてると思う?」
不覚にも今の佐倉さんの言葉で妙に安心感を覚えてしまった。ラブコメの主人公はやっぱりこうでないとな。
「ってことで奏太のことは放っておいて、本題に入ろうよ」
「本題……。あぁ、朝のあれ、やっぱり俺の聞き間違いなんかじゃなかったのか」
結局あの後すぐに始業のチャイムが鳴ってしまい、佐倉さんに詳細を訪ねるタイミングをすっかりと見失ってしまっていた。
彼女はクラス内外に友人が多い。必然、新学期ともなれば男女問わず大勢の人が佐倉さんへと声をかける。そんな中俺があんな突拍子もない発言の確認を取るためにわざわざ佐倉さんを訪ねるなんて、きっと多くの反感を買ってしまうに違いない。
そういった訳で俺は今の今まで佐倉さんにあの発言の意図を聞きそびれてしまっていたのだ。
「負けヒロインを幸せにする活動……だっけ?」
「うん、私それのおかげで気づいたんだよね」
そういって佐倉さんが指さしたのは彼女に今朝返してもらったばかりの紙袋だ。
中に入っているのは漫画の単行本が15冊。俺の気に入っている作品の一つで、春休みに佐倉さんへと貸したものだ。
「これのおかげって……どういうこと?」
「幼馴染ちゃんがさ……なんというか、かわいそうで」
そういえば佐倉さんは作中の幼馴染にやたらと共感してたっけか。
「あの子みたいな存在を負けヒロインっていうんでしょ、真希さんが教えてくれた」
「そういえばそんな話もしてたな」
「きっとさ、他の漫画にも似たような立場の子がいっぱい出てくるんだよね。私がよく見るドラマなんかにもいるもん」
複数のヒロインが出てくる物語では誰かしらがその役割を背負う宿命となる。佐倉さんの言う通り漫画の世界の話だけではない。小説やドラマ、お芝居だって例外じゃない。
誰かを想う誰かが複数いる限り、その想いが叶わない誰かが現れるのは必然だ。
「それってさ、現実でも一緒じゃんって思ったんだ」
佐倉さんの想いが叶わなかったように、きっと今同じ時間を生きている誰かだって似たような苦しみを抱えている。佐倉さんはきっとそんなことを言いたいんだと思った。
「負けヒロインのその先ってさ、お話では描かれないでしょ?」
「…………確かに」
「ハッピーエンドの傍らで負けヒロインたちが何をしてるかなんてお話には関係ないしね」
それもそうだ。その物語が主人公とメインヒロインの物語である以上、彼女たち負けヒロインに当たるスポットライトは必然的に小さいものとなっていく。
「なんか理不尽だと思わない?」
「……何がさ」
「いや、メインヒロインだけが幸せになるのって、とっても理不尽だーって思ったわけ」
「負けヒロインが幸せじゃないって勝手に決めつけるのはどうなんだよ」
「そうっ! そこだよっ!」
いや、そんな某裁判ゲームみたいな勢いで指をさされましても。
「…………好きな人ってさ、世界なんだよ」
「急に哲学的なこと言い出したな」
「……まぁ聞いてよ。好きってさ、好きになる前も、好きでい続ける時も、好きだった後も……全部全部含めて好きって感情なんだよね。その人を中心に世界が回ってるかのような錯覚さえ覚えちゃうわけ。でも失恋ってさ、そんな世界から自分だけぽーんと弾き出されたかのような喪失感を味あわせられるんだよね。そんなの、幸せなわけないじゃん」
そう語る佐倉さんの横顔は、教室を包み込む春の陽気とは裏腹に今もまだあの雨の日に取り残されたままだ。
「私はさ、自分と似たような境遇の誰かに私と同じ気持ちでいて欲しくないんだ」
だけど佐倉さんはずぶ濡れになりながらも、それでも雨の中を進み続けることを選ぼうとしている。
「あの時は私みたいだって言ったけど、屋凪君に貸してもらった漫画の幼馴染は私なんかとは比べ物にならないぐらいにすごい子だった。私さ、あの子みたいになりたいんだ。悔しくても、悲しくても、それでも好きだった人のために精一杯笑えるような、前向きな女の子。だから――」
「はぁ……分かったよ。俺なんかができる範囲のことであれば、だけどな」
そんな彼女の頭上に青空が広がることを、俺もどうしても願いたくなった。
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