第6話 騒めく新学期
春は出会いと別れの季節である、なんてよく言うが、別れる先輩もいなければ後輩ができる予定もない俺にとっては別にこの季節に何か特別な思い入れがあるわけじゃない。
強いて言うならばこれからだんだんと暖かくなっていく気候がありがたいぐらいだろうか。
とかくこうして俺は無事に高校二年生へと進学し、また地味で代り映えのない一年を迎えることになったのである。
新しいクラス分けは二年生の教室が立ち並ぶ廊下の入り口に張り出されていた。昇降口からすぐ左手の階段を二つ登って更に右へ。
そこそこの人だかりの後方から自分の名前をようやく見つけると、俺は新しくこの一年を過ごすこととなった2年C組の教室へと向かう。
「お、屋凪も一緒か」
「おはよう、竹下」
黒縁メガネの似合ういかにも秀才そうな見た目のこの男は、去年俺の所属した1年B組のクラス委員を務めた男である。
それ以外にもあたりを見回せばちらほらと見知った顔が未だ空席の多い教室の席を埋めていた。
「早いな、お前も新学期が楽しみだった質か?」
「俺がそんな性格じゃないの、分かってるだろ?」
「あはは、それはそうだったなっ!」
勉強はもちろんのこと人付き合いだって簡単にこなして見せる。俺とは比べ物にならないほどに人間のできているこの男のことを、俺は好ましく思っている。
そんな奴とまた同じクラスになれたのなら、期待が1割、不安が9割で新学期を迎えることになった俺としては願ったりかなったりだ。
それから少しずつ教室の空席も埋まっていき、そろそろ朝のホームルームのために新担任がやってくるのではといった時だった。
「よう、滝川」
竹下のそんな声が不意に教室の一角で聞こえた。知った顔はいても積極的にコミュニケーションを取る方ではない俺はぼんやりと外を眺めて時間をつぶしていたのだが、その名前が耳に飛び込んできたせいか、反射的にそちらを振り向いてしまった。
「なんだ、委員長も一緒か」
「委員長は去年で卒業したんだよ。それと――」
教室の角から現れたその姿に、どこか雑然と騒がしかった教室の視線が一気に惹きつけられるのが肌で分かった。
腰まで伸びた亜麻色の髪と、新雪を思わせるかのような白い肌が特徴の美少女。
彼女が教室に現れた瞬間、近くの名前も知らない男子が小さく机の下で握りこぶしを作るのが分かった。確かに俺たちの学年でも一番と言われる可愛さをもつ彼女と同じクラスなら嬉しいのも納得だ。
だが彼女は決してお前に振り向くことはない。なぜならば、去年よりもやたらと滝川との距離が近いことが、彼と彼女の関係を俺には如実に示しているからだ。
まぁ、これもどこかの誰かさんのタレコミがあったおかげなんだが。
「そういえば……」
滝川も一緒ならばもしかして、と俺は無意識のうちに教室の中に彼女の姿を探した。
春休みの日の出来事は、俺の中で今でも鮮明に記憶されている。面白かったと言えば本人には悪いかもしれないが、あんな出来事なかなか人生で経験できるもんじゃない。それに――俺はあの日、上手く彼女を慰めてやれなかったことがずっと心残りだったのだ。
「……なんてな」
仲良く言葉を交わしながら席へと向かう滝川と柊木さんをどこかもやもやとした気持ちで横目で見ていたそんな時だった。
「やーなーぎーくーんっ!」
聞き覚えのある声が俺の名前を呼んだかと思えば、唐突に机の上にこちらも見覚えのある紙袋が勢いよく乗せられた。
「っ!? さ、佐倉さんっ!?」
彼女の声は良く通る。それは例え滝川と柊木さんの意味深な距離感に騒めく教室でも例外じゃない。
あの二人に集まっていた注目がその声で一気に集まる。が、そんな周囲を全く気にすることなく、紙袋の向こう側の彼女はこちらに満面の笑みを浮かべている。
「いやぁ良かったよ今年もおんなじクラスでっ! 探すのめんどくさいなぁってちょっと思ってたんだ」
「え、あ、あぁ……そういえば漫画貸しっぱなしだったんだっけ」
だとしてもわざわざこのタイミングじゃなくていいじゃないか。まるで滝川と柊木さんが眼中にないみたいに――
「それにしても返信の一つぐらい寄越してくれてもよくないかな?」
「え、返信!?」
「そうっ! 他の人にあんだけの長文でメッセ送ったの初めてなんだからっ!」
まさかと思い咄嗟に携帯を開くと、ちょうど4日前に佐倉さんから何やらひたすらに長ったらしいメッセージが送られてきていたのに気づく。
「……はぁ……真希さんも言ってたけど、本当にこういうところだけはなんというかあれなんだね」
なんだそれ知らないぞ。真希姉と一体どんな会話したんだ。
「……ごめん、今度からはマメに確認する」
「そーしてね」
去年は全くと言っていいほどクラスでは目立たなかった俺と、逆に教室では太陽のように輝いていた佐倉さん。対極ともいっていいほどの二人が会話をしているもんだから、俺たちは自然と教室中の視線を集めている。
必然、佐倉さんへと向けられた俺の視線の端の方では、あの滝川が驚いた表情で佐倉さんを見つめていた。
「それはともかくっ! 屋凪君には協力してもらいたいの!」
そんな周囲の視線を振り切るように、佐倉さんは俺の机に身を乗り出してこちらに迫ってくる。いったいこれ以上なんだってんだ。
「えっと、一体何を協力すれば……?」
「それは……」
愛嬌たっぷりの顔にそれ以上の真剣さを詰め込んで、佐倉さんは意を決して口を開いた。
「負けヒロインを幸せにする活動、通称SMS同好会の結成だよっ!」
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