第2話 雨と負け犬
「はぁ……なんでこんなことになっちゃったんだろう」
すらりと伸びた健康的な四肢をブランコから投げ出しながら、俺のクラスメイトこと
事の発端は20分ほど前。
凡作ラブコメディの終盤かよとでも突っ込みたくなるようなワンシーンに偶然遭遇した俺は、自販機の下で100円玉でも拾ったかのような満足感で家までの道を帰ろうとしていた。
しかしそこを偶然こちらも帰宅途中の彼女に見つかってしまい、何を思ったか無言のまま鬼の形相を浮かべる彼女にブランコまで引きずられて行ったのである。
それから今まで、相も変わらず止む気配を一切見せない雨に二人で打たれつつ沈黙の時間を過ごすことになったのであった。
「えっと……屋凪君は、見た?」
この場合はどう答えればいいんだろうか。
動揺する心をどうにか落ち着かせながら必死に脳内ボキャブラリーを目いっぱいに漁ってみるものの、どうやら俺の面白みのない16年の人生にはそもそもそんな言葉しまってすらいないらしい。
「あー……まぁ」
そんな俺がどうにかこうにか引っ張り出した言葉は、こうなんというか、なんとも日本人らしい一言だった。
「俺の名前覚えててくれたんだ」
「クラスメイトの名前ぐらい覚えてるよ」
「そ、それはどうも……」
先ほど俺は自分の人生を面白みのない、と例えた。これはまぁそこそこに俺なりにカッコつけた表現で、もっと分かりやすく言うならば学校での俺は地味で目立たない奴ということだ。
それに比べて今隣に座っている彼女はいわゆる陽キャと呼ばれるようなタイプで、クラスでも明るくて人気者だ。佐倉さんは肩口で揺れる柔らかな髪に年相応に整った愛嬌のある顔、更には思春期男子には少々刺激的な体つきでクラス内外にファンも多い。
そんな彼女が俺のことを認知してくれているのはなんとも言えない気恥ずかしさがある。
「ずっと好きだったんだ……」
そんなことより、どうして俺はそんな彼女に正座した足の上に石を乗せられる拷問並の重い話を聞かされているんだろうか。
「奏太とはね、幼稚園の頃からの幼馴染なの」
佐倉さんが言っているのは先ほど彼女の目の前から去っていった男のことだ。本名を
俺も入学直後になかなかクラスに馴染めなかった頃に何回か声をかけてもらったことがあった。地味で目立たない俺なんかにも分け隔てなく接してくれて嬉しかったことを覚えている。
「クラスの友達からもまるで夫婦みたいだねってからかわれたりしてさ、それが恥ずかしくもあり嬉しくもあったりして」
実際俺も二人は付き合ってるもんだと思っていた。教室ではよく言葉を交わしているし、彼女が手作りの弁当を滝川へと渡しているシーンも目にしたことがある。
「でも、ずっと一緒に居て分かったの。奏太は香澄のことが好きなんだって……」
次に出てきたのはこちらも同じクラスの
彼女はいわゆる転校生だ。しかも一年生の6月というよくわからない時期の転校生。腰まで伸びた亜麻色の髪と色白の肌が特徴の美少女。薄幸の佳人。そんな言葉がこれほどまで似合う少女はきっと世界中のどこを探したって彼女以外に見つからないだろう。
そんな彼女に心を奪われてしまったのは、どうやら滝川も例外じゃなかったらしい。
確かに柊木さんの美しさは圧巻の一言だ。もし彼女がラノベやコミックの表紙を飾っていた日には表紙買い間違いなし、売上ランキング年間一位の座だって盤石だ。
俺だって憂鬱そうに微笑む彼女の心に何度心を奪われたことか。柊木さんが寂しげに笑うたびに、俺の中の男の子が奮起しろって騒がしい。まぁ、ただの地味で根暗なオタク野郎にはエベレストの山頂よりも高い場所に咲いている花に違いないのだが。
「……聞いてる?」
柊木さんのことを考えていると、不意に訝し気な表情の佐倉さんが至近距離で俺の顔を覗き込んできた。
先ほどはああ言ったものの、だからと言って佐倉さんの可愛さが減ってしまったわけじゃない。俺みたいな陰キャには佐倉さんだって十二分に高嶺の花なのだ。
「き、聞いてます……よ?」
「なんで疑問形なの」
だからこそより一層この状況が理解できない。
「屋凪君もやっぱり香澄みたいな女の子の方がいいんだ……」
「いやえっと、その、あの……」
いや本当に、どこの出版社でもいいから『サルでも分かる美少女との受け答え辞典』を今すぐ出版してほしい。でもあれか、もし今後発売されたとして俺なんかがそこで得た知識を使う場面が再び来るとは到底思えないな。
「はぁ……ホント、自分に嫌気が差しちゃう」
重い。話がひたすらに重い。まさか身近にそんな拗れたラブコメディが転がってるだなんて思ってもいなかった。
「……ごめんね、屋凪君はたまたま通りかかっただけなのにさ」
「いや、別に……。それで佐倉さんの気が済むなら」
さっきから佐倉さんは本当に落ち込んでる。一方的に愚痴を吐いて、一方的に傷ついて、一方的に悲しんでる。いきなりなんなんだと思いながらも、だけどそんな彼女にかける言葉が何一つ浮かばない俺にこそお前はなんなんだと突き付けてやりたい気分だ。
「……くしゅんっ」
そんな時だった。先ほどよりはだいぶ小降りになってはいるけれど、三月の雨は相変わらず彼女の体を冷やし続けていた。屋根もない屋外でひたすらに気の向くままに口を開き続けていたのだ。
佐倉さんの口から可愛らしいくしゃみが一つこぼれ出た。
「悪い、場所を変えようとか気の一つも遣えなくてっ!」
「いや、いいよ。屋凪君を捕まえたのは私だし……」
そうは言ったもののこのまま彼女を雨に打たせ続けるのもどうなんだ。だけどこの近くに体を休められるような場所はないし……こんな時に身を寄せられるようなファストフード店やカフェは生憎とこの近くにはない。
なんか名案はないか。そう考えた挙句にどうにか俺の口をついた言葉は――
「えっと…………俺の住んでるマンションこの近くなんだけど…………寄ってく?」
思えば、そんな失恋直後の女性にかける言葉とは到底思えないその言葉がこそが、俺こと
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