負けヒロインずハーレムにおまかせっ! ~ラブコメ終わりの美少女たちはそれでも幸せを掴みたい~

庵才くまたろう

序章

第1話 はじまりのブロークン・ハート

 人生ってのは本当に思い通りにいかないことばかりだ。


 それは、俺こと屋凪緑郎やなぎろくろうの面白みのない人生だって例外じゃない。


 学年末テストのヤマが外れたこととか、二か月後に開催される好きなアーティストのライブの抽選に漏れたこととか、行きつけにしてた喫茶店が突然閉店になったこととか、直近で言えば――突然クラスメイトの失恋現場に遭遇してしまったこととか。


「うわ、案の定降ってきやがった……」


 春先の雨は冷たい。暦の上では三月も終わりかけとはいえ、未だに最低気温が一桁になる日だって時折ある。もしかして行って帰ってくるまでは余裕なんじゃないか、なんて呑気な気持ちで傘も持たずに出かけてしまった日には、そんな寒さも相まって雨がこれでもかというほど体にみた。


 天気予報じゃ夕方はまだ雨は降らないらしい、なんて油断が俺の手にスマホと財布だけを握らせてスーパーへと向かわせることになったのだが、生憎と朝からどんよりと鈍色に染まっていた空がそんな慢心をしっかりと咎めてきたのである。


 最初はまぁこれぐらいならと思えた雨粒も、自宅までの道半ばといったところでシャワーのような勢いに変わってしまう。右手に握った買い物袋の底の方にはうっすらと水がたまり始めているぐらいだ。


「はぁ……思い通りにいかないなぁ」


 人生ってのは本当に思い通りにいかないことばかりだ。せめて家に帰るまでの間ぐらいは天気も持ってくれればいいものを。


 思春期男子特有のそんなアンニュイな気持ちを抱えながらようやく自宅付近の公園へとたどり着いたときだった。


「こんなところでなにしてんのさっ!」


 不意に雨音に混じって女の子の悲痛な叫びが聞こえてくる。


 咄嗟に足を止めて周囲を見渡すも、ついぞ俺にはそんな親し気に声をかけてくるような女の子の知り合いがこの高校生活一年目で出来なかったことを思い出して落ち込んだ。


 軽い世間話程度なら交わせる同性の友人はできた。だけど異性となるとまた話は別だ。


 俺もアニメや漫画のような眩しい青春が送りたい。そう思ったのもつかの間、いつの間にか俺の高校生活も一年生の春休みへと突入してしまっていたのである。


 それにしてもじゃあさっきの声は誰にかけられたものなのだろう。そんな好奇心が僅かに聴覚を鋭敏にした直後、まるで俺の心を見透かしたかのように同じ女の子の声が続けざまに言葉を放つ。


「あの子はずっと待ってるってのにっ!」


 そんな彼女の声に応えるように聞こえてくるのは今にも消えてしまいそうな若い男の声だ。


「俺にはもうあいつにしてやれることなんてないんだよ……」


 こんなところで痴話喧嘩かよ、なんて最初は呆れかえってしまったものの、その後に湧き出す好奇心にあっさり敗北して俺は公園の方を覗き込む。


「そんなことないっ! アンタとあの子が過ごした時間は、そう簡単に諦めていいようなもんじゃないでしょ!?」

「でも、俺はもう何も……」


 三月になったとはいえこの時期の昼はまだ短い。更にはこの空模様も相まって二人の姿ははっきりとは見えない。何やら二人の声に聞き馴染みがあるような気が一瞬したが、きっと俺の気のせいという奴だろう。


奏太そうたが行かないと、誰が香澄かすみを迎えに行ってやれるの。あの子はいまも、ずっと助けを待ってるんだよ?」

「だけど、香澄はもう俺とは顔なんて合わせたくないって……」

「そんなの会いたいってのを素直に言えないだけじゃんっ! 分かれよっ!」


 いや、そんなこと言われても分かるわけないだろ。事情は良く知らないが俺は思わず暗がりで顔の見えないその男子に同情した。


「あんたはそうやってまた逃げるの? 自分の気持ちからも、香澄の気持ちからも、そして――っ!」


 何かを言い淀んだ直後に、少女は思い切り男が腰を下ろすベンチへと蹴りを入れた。あのベンチ、先週町内会の工藤さんが丁寧にペンキを塗りなおしていたばかりなのに。


「……ごめん、俺が間違ってた」


 数瞬の静寂の後、不意に男子生徒がベンチから立ち上がった。


「分かればよろしい」


 ホントに分かったのかよ、と思わず突っ込みそうになってしまったが、どうやら彼らには彼らなりの事情と圧縮言語が存在しているらしい。


「……まだ間に合うかな」

「間に合うに決まってるじゃん。だって香澄の気持ちはずっと変わってないんだから」

「……ありがとう、瑞姫みずき


 いやぁ全く持っていい背中だ。後ろ姿しか見えないけれど、まるで覚悟の決まったその顔が後頭部からでも透けて見えるようだ。男の背中ってのはこうじゃなきゃな、うん。


「いってこい、奏太そうた

「行ってくる」


 自分の気持ちに向き合う決心がついたのか、彼はそれだけを言い残すと公園の入り口へと駆け出していく。幸いにして俺は入り口とは離れた位置に身を隠していたため彼にバレることはなさそうだ。


 人生ってのは本当に思い通りにいかないことばかりだ、なんて先ほどは嘆いたが、それは人生ってのは思わぬ状況に出会えるものだと言い換えても過言じゃない。


 いやぁ、まさかたまたま買い物に出かけた帰りにこんなに面白いものがみられるとは。状況は全く理解できないとはいえ、まるでラブコメのワンシーンのようだったではないか。


「さて、真希姉まきねぇも今日はちゃんと帰ってくるらしいし、晩御飯の準備しとかないとな……」


 夕食のメニューは決まってはいるが、そんなことよりも帰宅後はまずは雨で濡れてしまった体を温めるところからだ。


 そう思って再びの帰路へと着こうとしたその時だった。


「……屋凪やなぎ君?」


 不意に俺の名前を呼び掛けたその声は、先ほど公園内で随分と面白い場面を演じて見せた片割れの女の子と同じものだった。


「あ、えっと……」


 頭の中で何かが急速に結びついていく感覚が走る。


 油断した。


 どうして俺は気づかなかったのだろう。聞き覚えがあるどころの話じゃない。俺は二人の声を、ほぼ毎日のように同じ場所で聞き続けてきたじゃないか。更には名前だ。奏太に香澄、そんな名前に俺は心当たりしかなく、そしてもう一人――


「ど、どうも、佐倉さくらさん」


 そこにはなんとも言えない表情でこちらを睨みつけるクラスメイトの姿があったのである。

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