第6話 かいこ

 この町に着いてから3日間。

今のところ収穫は無く、情報収集をしつつ日銭を稼いでいる。


 今日はアトリエ〜ル併設の酒場で雇って貰っているのだが、どうやら俺は料理ができるらしい。

 記憶と知識は別物らしく、直前までほとんど思い出せなかった鍋の振り方も、今ではご覧の通り…得意げに振るも誰も見ていない。


 それもそのはず、宿泊客以外にも町の住人や商人、異世界ならでは!と言ったような風貌の冒険者も来店していた。テキパキと接客をこなすエトラもさすがだが、思わぬ才覚を見せたのがナルだ。

 ナル本人も『耳が良くなったかもしれない』とは言っていたが想像以上の精度で、先程から止まない客の喧騒の中、店員を呼ぶ声や注文を聴き逃さないのである。

しかも音のする位置も見えていないはずなのに精確に言い当てている。

 疲れていないかと聞いたところ

「私ショートクタイシになれてますよ!!!」

と喜んでいた。

 この3日間少し元気が無さそうに見えていたので少し安心だ。


 客足が落ち着いてきて少し経ってから、賃金を渡される。その袋の重さに驚き息を呑む。

「言ってたよりも多… 」

人差し指を口へ向けられ言葉を飲み込む。

 店主でありエトラの母、アリアさんは微笑みながらウインクをして

「色くらいつけさせとくれよ!あんたらさえ良ければこのまま雇われてくれないかってくらいさ!本当にありがとね!」

大口を開けて笑う。

「なんなら、ナルちゃん!あんたうちの子になるかい!?」

 ナルは困ったように笑ったかと思った次の瞬間には目を潤ませて、口の端を小さく噛み、肩を震わせていた。

「〜っ!!すみません、あれ?なんで…」

こぼれ出した涙を拭うナルをアリアさんが抱き寄せる。

「すまないねぇ、『元の世界』の話は聞いてたけど、そうだよねぇ、不安になるのも仕方ないよ」

力強く頭を撫でるアリアさんに

「ありがとうございます、少し楽になりました」

涙ぐむ少女はニコリとかたえくぼを浮かべる。


「ナル、アリアさん、提案があるんだが」

抱き合う体制のまま二人がこちらを向く。

「正直に言って俺はこの世界について知らなすぎる、そんな中あるかも分からない【帰り方】を探すのはきっと難しい」

深く呼吸をして、再びナルの顔を見る

「衛兵の仕事を手伝った時、この世界には魔獣も多数いると聞いた、君のことを守れるかどうかも分からない…だから、もし良ければナルはここで待っていてくれないか?アリアさんも、もし迷惑でなければ…」

「そりゃまぁ、別に迷惑じゃないどころかむしろ歓迎だけれどね、それを決めるのはアタシでもアンタでもないよ」

アリアさんはナルの背中を優しく叩いた


「私は…もし迷惑じゃないなら、足でまといでは無いなら……シイナさんと旅がしたいです」

拗ねたように頬を膨らませて続ける

「それに、もしシイナさんが守ってくれないならそれでもいいです!1人になっても私は私で【とっても危ない1人旅】をしちゃいますからね!」

そこまで言われてしまっては仕方がない。

思わず笑みを零しながら

「すまない、余計なお世話だったな、もう言わない」

「本当ですよ、お部屋の時と言いシイナさんは気にしすぎです!」

まだ頬を膨らませたままだが、僅か口元は緩んでいるように見えた。

 そして、その様子をどこか懐かしいと思っている自分が居た。


「だがまぁ、手がかりも見つかっていないしな…この3日間、あの兵士の言っていた【物知り婆さん】についても分からないままだ」

 『そうですね』と頷くナル。

「おや、アンタら【レナ婆さん】のことを探してたのかい?アタシに聞いてくれりゃすぐだったのに!」

 『アッハッハ』と豪快に笑うアリア

「「知っているんですか!?」」

__灯台下暗し

 そういえばここは街の人々が集まる宿屋で、台所であった。


 日が傾き始める頃、ナルと2人で丘陵公園を目指して歩いている。

 訪れた祭りの日ほどでは無いが、人の往来は多い、先導するためにも手を引いて歩くことになる訳だが…未だ少し慣れない。

もっとも、ナル本人は気にも留めていない様子で、歩く際に声を掛けると、手を握りやすいよう広げてくれるようになった。


石畳の上を他愛ない会話を交えながら進む。

「どんな方でしょうね、レナお婆さん」


アリアさん曰く

「夕方頃になると公園のベンチで絵を描いてるはずだよ。たまにうちに来てはその絵を置いて行くんだけれど、まぁ普段何してるかまでは知らないんだけどね」

との事だ。


 公園までの階段を登りきり、見晴らしのいいベンチに腰掛けると、背後から嗄れた声をかけられる。

「おぉ、アンタら!祭りの後もここにいた子らだね!よかったらしばらくそのまんまにしててくれないかい!」

絵を描いていたそうだ、振り返り『構いませんよ』と伝える

「…って、あなた!あの時の婆さんじゃないか!」

 その声の正体は、祭りの日、キャンパスと顔料を譲ってくれた老婆だった。

 黒いローブに、首からは鎖に繋いだ花細工の指輪をぶら下げている。

その風貌はまるで、絵本などに出てくる魔女のようだった。

「おやアンタ、あの時の子かい」

老婆は手を止めることなく話し始める。

「あの時の絵は?ちゃんと描ききれたかい?」

「えぇ、おかげさまで 楽しかったです」


「そりゃよかったよ」

老婆が立ち上がり絵を手渡される

「あまりにもいい光景だったからね、勝手にモデルにして悪かったよ、大したもんじゃあ無いけれど、贈らせてはくれないかい?」

颯爽と去ろうとする老婆

「あの!物知り婆さん……【レナお婆さん】って、もしかして貴方ですか?」

それをナルが止めた。


「おや、私になんか用だったのかい?」



_____________

冒険者ギルド内、クエストボード 掲載物より

【色の洞窟】

近辺にてコボルトの痕跡の目撃情報有り。

観光客が増えるこの時期だからこそ

STOPモンスター被害


近年魔獣や魔物の活性化が報告されています、警戒してクエストに挑んでください


△ ▼ △ ▼△ ▼ △ ▼

とてもスローテンポな更新で申し訳ありません、家戸あずです。


こんなぼくの作品を読んでくださる

稀有な存在がいると聞いて頑張ってみてます

変わらず不定期更新続けていきますので


感想や考察など

コメント欄で自由にしてください

次話:【環】

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