第68話 混沌と可能性と君たちと④
『目覚めし10人を倒した? 君はそれで調子にのったわけか。
占ってやろう、君は僕たちには絶対に勝てない。
なぜかって? 僕たちは【次元の呼子】……君の未来なんて見通せるのさ』
と言ってきた三人組を倒して、ボクは研究所を歩いていた。
ボクというイレギュラーがあらわれたからか、研究所は厳戒態勢。
窓は分厚いシャッターが降りているし、通路はところどころ防火シャッターが降りている。
ホラーゲームの終盤展開みたいでワクワクするなー。
ただ、警備員はやってこない。
次元の呼子が倒されたら撤退するようにでも言われていたのかな。
「……アルマ、どこにいるんだろ」
彼女の部屋にはいなかった。
鼠たちに索敵をお願いしているが、ほとんどミコトちゃんについていったしな。
あ……見つけた。
職員用のリラクゼーション施設。
緑あふれた区画に彼女がいた。
アルマは以前と同じようにベンチに腰かけていた。
「みそら……さま」
アルマは静かに顔を向けてきた。
憂いを帯びた表情は変わりなく、彼女もドレス姿だった。
どうして、なんだろね……。
クスノさんに負けじと絶対着ているよね……。
ただまあさすがにウェディングドレスは用意できなかったのか、パーティー用の黒いドレスだ。
銀髪の彼女にはよく似合っている。
ドレスを着たからには、ボクと正面きって話してくれる気らしい。
彼女に苦笑しながら近づいた。
「アルマ、よく似合っているよ」
「……ありがとうございます」
「なんでドレス姿なの?」
「これはクスノさんたちに、はりあったわけではなく……。
荷造り中に出てきたものを、たまたま着ただけでございます……」
アルマはおすまし顔だ。
「部屋にパジャマが放置されていたからさ。慌てて着替えたのかと」
「みそらさま、みそらさま、みそらさま」
アルマは頬を染めて、ボクを指で突いてきた。
「ご、ごめん、悪かったよぅ」
「知っていてもそれは口にはしないものでございます」
アルマはひとしきりボクを突いたあと、寂しそうに見あげてきた。
魔王姿なわけだけど、きちんと
そんな彼女に、ボクは正直に告げた。
「アルマ、ボクには魔王ガイデルの記憶はないよ」
「……………そう、でございますか」
アルマはとても辛そうに目を伏せる。
「次元同位体として繋がったけれど、ボクに影響はほとんどなかった。
アルマのように感情がひっぱられることもない」
「…………ご存じでしたか」
「知り合いがちょっとね。今まで嘘を吐いていて、ごめん」
アルマは静かに首をふる。
「わたしが迫ったのが悪いのです……。みそらさまはなにも……」
「……それとね、デルタがどんな子だったのかも知っているよ」
アルマはバッと顔をあげた。
不思議そうに切なそうに、ボクを見つめてくる。
「記憶が……ないはずでは?」
「別次元のボク……ガイデルが、ボクに虚像をつかって話しにきたんだ。
そのとき記憶も見せてもらった」
「ほんとうに規格外でございますね……」
「そうだね。魔王誕生譚も見せてもらったし、封印された経緯も聞かされた。
デルタがどれだけ魔王を慕っていたのかは……知っているつもりだよ」
「……ええ、それはもう慕っておりました」
アルマはここではない誰かを想うように微笑んだ。
前世と呼ぶぐらいだ。少女の想いをとても大切にしている。
ガイデルたちと駆けた少女の記憶は、アルマの思い出でもあるのだろう。
アルマは微笑んでいたが、耐えきれなくなったようにポツリとつぶやく。
「みそらさま……。わたしは……いったい誰なのでしょうね……」
「デルタの記憶をもっているアルマだよ」
アルマは目をまばたかせた。
「そのままではございませんか……」
「ボクがガイデルに影響を受けた鴎外みそらであるようにさ。
ただそれだけだと思うよ」
ボクは屈んで、アルマと目線を合わす。
アルマは、ボクだけを見つめてくれた。
「デルタの感情は、ボクには共有できない。それは、アルマだけのものだ」
「……切り離すことはできません」
「うん、アルマはデルタの記憶を大切にしていいんだ。
ボクを魔王として導いてもいいんだよ」
「ですが……みそらさまに別次元の影響が……」
「ボクとガイデルは違うけど『根っこは同じだ』って言われたよ。
だから次元同位体として重なったんだと思う。
影響を受けても、ボク自身が変わるわけじゃない。それに……ちょっと影響あるほうが色んな混沌が知れて、楽しそうじゃん」
ボクは呑気にへらりと笑った。
「みそらさまはどうしていつもそう……」
アルマは困ったように微笑む。
まあ前世料理が好きになったが、ちょっとした異文化交流みたいなものだ。
過去や記憶がどうのこうのより、結局そこが一番大事なのだと思う。
ボクは闇に染まった空を見あげた。
暗黒が広がっていて、これからおとずれる
ボクやアルマや、知らない誰かの暗黒青春時代。クスノさんやミコトちゃんも、この暗黒の下で暴れているのだろうか。
「アルマ、ボクはトゴサカを暗黒に染めあげたよ」
「はい……配信をみておりました……」
「ボクたちのように標準世界で力を使うものがあらわれるようになってさ。
これから混沌の時代がおとずれるかもね」
「実に魔王らしくなられました……」
「ああ、ボクは魔王として君臨しようと思う」
「そうでございますか……」
アルマはどこか寂しそうに言った。
自分はもう必要がないと思っているのかも。
「……でも、ボク一人じゃどーもダメなんだ。しまらないというかさ」
「それは……どういう……?」
魔活をしていても気合がぜんぜん入らない。
ボクという存在は君がいないと魔王になれない。
そんな言葉が思い浮かんだけれど、アルマの素直な表情を前にして、ボクは素直になることにした。
「アルマがいないとさ、ボクが寂しいんだ」
「わたしが……?」
アルマが心底驚いたようにボクを見つめる。
かなり予想外な言葉だったようだ。
「みそらさまが寂しい……?」
「うん、アルマがいないとすごく寂しい」
「わ、わたしも……わたしも……」
アルマはこぼれるように口にする。
「みそらさまがいないと……すごく…………寂しいです………」
「同じだね」
「はい……同じですね……。
魔王さま……魔王、鴎外みそらさま……」
アルマは心のわだかまりが溶けていくように静かに微笑んだ。
それから、アルマはなにか思い出したようにあたわたと手を動かした。
彼女の珍しい反応に、ボクはちょっと呆ける。
なにごとかと待っていたら、アルマは赤面したまま小箱をとりだした。
震える手でゆっくりと小箱をあけてきて、ためらいがちに言う。
「こ、これはですね……世界が暗黒に染まったときのために用意していたものでございまして……。
じ、自分用ですよ? あくまで自分用です……」
指輪だ。
アルマが好きそうな血のように赤い宝石がついている。
「トゴサカが暗黒に染まったので慌てて取りだして……。
だ、出す気はなかったのですが……その……」
「その?」
「み、みそらさまに……はめていただけると、繋がりを感じられるようで……。
す、すごく安心する……の、ですが……」
アルマは顔面茹でダコにみたいになり、黙ってしまう。
彼女の熱がボクにも伝わってきて、ボクまで頬が熱くなった。
そんな彼女がどうしようもなく愛おしくて、指輪を手にする。
「うん」
左手に優しく触れた。その手はわずかにふるえている。
アルマと久々に触れて、彼女との思い出がゆっくりと呼び起こされていく――
『わたしとみそらさま……魔王さまは、前世で恋仲だったのですよ』
『今世ではご縁がなかったということで……。
みそらさまと運命を共にいたしましょう』
『イヤでございます』
『世界は暗黒に染まるときがきたのです』
そんな風に思い出して……。
『聖ヴァレンシア学園の全生徒と、魔王さまとの全面戦争を!』
『かならずや首飾りを魔王さまのもとへ、持ちかえりましょう……!』
『英雄色を好むといいますし、第三・第四夫人の出現は覚悟しておりました。
ですが小学生はいただけません』
『解釈、違いでございます……!
わたしが許しても……魔王さまは決してお許しになりません……!』
思い出して……。
とっても怪しい機械でスマホを探り当てたこともあったよね……。
そういえばアドレスを教えてないのにメッセージを送ってきたな……。
大鎌をもって、クローゼットに隠れていたことも……。
現代社会の闇を思いっきり利用していた気がする……。
ちょくちょく瞳のハイライトが消えるし……。
『これより、
『ボヤヤヤアー、でございます』
『みそらさま、来世でお会いしましょう』
『こちらは淫気を祓う、妖刀マカポケでございます』
…………。
………それは、それとしてじゃないか?
アルマがデルタの記憶や感情を受信しちゃうのだとしても、それと関係ないところで闇深い案件がいっぱいなかったか???
アルマとデルタはちがう存在だ。それはわかる。
わかるからこそ、アルマはもっと別に闇深いところがない????
「みそらさま……?」
アルマが呼びかけてくる。
指輪をはめなければどうなるのか。このあふれんばかりの感情が止められたらどうなるのか。
そう瞳で語りかけてくる。
………………………………。
アルマがいないと寂しい。嘘じゃない。
だ、だけど、しかし…………。
う、う、うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!
ボクは勇気をふりしぼりまくり、左手の薬指に指輪をはめた。
「みそらさま……」
アルマは愛おしそうに指輪をながめ、それから慈しむように触れていた。
そう、これでいい。これでよかったんだ。
明日は明日の風がふく。
未来のことは明日のボクに任せよう‼
ボクがそう未来に逃避していたときだった。
「っ⁉」
殺気を感じて、立ちあがる。
リザードマンがボクに襲いかかってきた。
ボクは慌てて両手で受けとめる。
「リザードマン⁉ どこからだ⁉」
リザードマンが獰猛な牙でガシガシとボクを噛もうとしている。
強い……⁉ かなりのパワーだ‼
SSSランクのパワーでもそう感じるってーことは、ただのモンスターじゃないな⁉
ボクが戸惑っていると、恐竜パジャマを着た人物が暗がりからあらわれる。
「ダ、ダメだよ……。せ、世界を暗黒に染めあげたら恐竜が生存できないじゃないか……。
この世界は恐竜が支配するべきなんだ……」
甘城ヒカリ博士だ⁉⁉⁉
母親の登場に、娘が敵意をあらわになんかノリノリで叫ぶ。
「やはりあらわれましたね……暗黒恐竜博士!」
暗黒恐竜博士⁉⁉⁉
なにそれぇ……あっ⁉⁉⁉
ボクに襲いかかってるリザードマン! リザードマンじゃない!
こいつ、小型肉食恐竜のヴェロキラプトルだ⁉⁉⁉
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