第69話 混沌と可能性と君たちと⑤
「やはりあらわれましたか……暗黒恐竜博士!」
ヴェロキラプトルがボクに噛みつこうとする。
な、なんで、なんで恐竜が⁉⁉⁉
博士が恐竜を甦らせたってこと⁉
このままではガブリンチョされかねいので、ボクは恐竜の腹を殴りつけた。
ドゴンッと鈍い音がして、ヴェロキラプトルが地面をこするようにふっ飛んでいき、動かなくなる。
「ヴェ、ヴェロ君……!」
甘城博士は悲しそうに叫んだ。
なんだ……?
殴った感触に生物の柔らかさがなかったぞ……?
ゴツゴツしたゴーレムのような……あ。
ヴェロキラプトルの腹部がむき出しになっていて、魔力回路がショートしていた。
「ゴーレムだったのか」
ボクがそう言うと、甘城博士は早口で語りはじめた。
「ゴ、ゴーレムじゃありませんが? そ、素体はゴーレムなだけでアルゴニズムは爬虫類……トカゲ因子をつかっていますが? そもそも人間だけが次元同位体が発現するなんておかしいの……。進化の実は人間だけのものじゃなくて恐竜にだって……。今はまだ疑似的な次元同位体だけれどいずれ――」
「あっ、はい」
つまり、恐竜のようなゴーレムを作ったのか?
なんでそんな危険な研究をしているんだ……。
デンジャラスな母親に、闇深い娘が叫ぶ。
「魔王さま、お気をつけください! 彼女は暗黒恐竜博士!
恐竜が世界を支配すべきと考える、危険思想の持ち主なのです!
大好きな恐竜映画にカオス理論がでてきたからだけで、科学の道に進んだめちゃくちゃな人なんです!」
わー……すごい裏話……。
「あの人は、いずれ魔王さまに立ちはだかると思っていました……!」
「ふ、ふふっ……アルマちゃん、ついにこのときがきたようだね……」
彼女。あの人。
やけに他人行儀な言い方をするなと思っていたけど、疎遠じゃなくてこれはもしや……。
「……アルマ、お母さんと喧嘩しているの?」
「喧嘩などではありません……!
あの人はことあるごとに魔王さまによる世界暗黒論を否定してきましたからね……! 倒すべき敵です!」
「アルマちゃん……世界は恐竜のものなんだよ……。いい加減諦めたまえ……」
ボクは眉間に指を押えたあと、アルマにたずねた。
「……アルマの父親はどう思っているんだ?」
「お父さんはどっちつかずですね。わたしも応援してくれるのですが」
「ア、アルマちゃんも私も応援するし、どっちの味方でもあるんだよねー……。
資金援助は嬉しいんだけどさ……」
母娘は不服そうに唇をとがらせた。
表情がそっくり……。
母娘の板挟みになりつつ、愛する家族のためにがんばる父親の姿が浮かんできた。
「アルマ、家族ともっと話そ??? それだけで色々解決するからさ!」
「魔王さま! トゥです!」
「博士は間違いなく君のお母さんなんだよ⁉⁉⁉」
「あの人はなにをしでかすかわからない怖さがあるんです!」
とことん母娘じゃないですか⁉
しかし二人はお互いを認められないといがみあっていた。
「カ、カオスを導く魔王の存在はありがたかったけれど……君たちはやりすぎたのだよ……」
「ほ、ほら、魔王さま! あの人、ぜったいなにかしでかす気ですよ!」
このままでは母娘喧嘩に巻きこまれる!
そう直感したボクは、アルマを連れてここから去ろうとしたのだが。
甘城博士が娘を挑発するようにつぶやいた。
「アルマちゃんが信じる最強と、わ、私が信じる最強。
はたしてどっちが最強なのかな……?」
アルマはぴくりと反応し、無言になった。
アルマ、アルマさん……?
すると彼女は真顔でステータス画面をひらき、ポチポチと操作をはじめる。
そして、配信をはじめた。
『……アルマちゃん? 闇おひさー』
『アルマちゃん今さ大変なことになって……って、魔王さまいるじゃん⁉』
『消えたと思った魔王さまがいるぞ! 拡散拡散!』
『そこどこー??? 恐竜パジャマの人がいるんだけどー???』
ボクがいるとわかるなり、再生数とコメント数がもりもりとあがっていく。
アルマはタイミングを見計らって、高らかに叫んだ。
「なんということでしょう……! 世界を暗黒に染めあげし魔王さまに感応して、悪しき存在が目覚めようとしています……!」
甘城博士も便上するように叫んだ。
「な、なんていうことだ……! 魔王の巨大なる力に反応して、太古の封印が解かれようとしている……! ……ポチリ、と」
地面が大きく振動している。
木々が次々に横滑りしていき、地面が大きく割れて、ズゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッとなにかが昇ってくる音がした。
母娘の瞳はキラキラしている。
特にアルマは超信頼した眼差しをボクに向けてきた。
配信がはじまったからには、もう魔王になりきるしかない。
「クククッ……我への挑戦者があらわれたようだな……!」
ちくしょう‼‼‼
ろくでもない母娘喧嘩に巻きこまれた……‼‼‼
どうかしょうもないものであってくれ……‼‼‼
『恐竜……?』
『まじでまじでまじで⁉⁉⁉』
『ティラノッッ、サウルスだあああああああああああああああ‼‼‼』
全長約20メートル。
太い尻尾をばしばし地面に叩きながら、大型肉食恐竜ティラノサウルス(ゴーレム)が搬入エレベーターよりあらわれて、「アガオオオオオオオオオオオッ!」と叫んだ。
大声量に空気がゆれる。
ボクは魂が昇天しかけていた。
甘城博士は、アルマそっくりの恍惚の表情でいた。
「も、もちろん、羽毛のないティラノだよ!
羽毛はないほうが素敵だからね……!」
なにがもちろんだよ⁉⁉⁉
この母娘はホントさあ‼‼
『魔王さまVS恐竜⁉⁉⁉⁉』
『やっべええーー今日はいったいなんなんだ⁉ 終末の日⁉』
『あっちも面白いことになっているが、こっちも面白いぞ!』
あっち?
配信コメントを詳しく見ようとしたが、ティラノサウルスがボクを敵と見定めたようで、顔を近づけて鼻息をもらす。マジ本物みたい……。
「ふんっ……トカゲごときが、我にクサイ息をかけるでないわ」
ひいいいいっ……ゴーレムとわかっていても怖いよう……。
え、ええい、ボクは以前にも合体ゴーレムと戦ったんだ!
恐竜ぐらいがなにさ……ってぇ⁉⁉⁉
「ギャオオオンッ!」
すんごい速さで尻尾が迫る。
ボクは両腕ガードしたが衝撃を受けとめきれず、そのまま空中にふっ飛ばされた。
『合体ロボットと張りあった魔王さまが⁉⁉⁉』
『あの恐竜のパワーすごすぎんか⁉⁉⁉』
しまった……!
アルマの母親が作ったゴーレムだぞ!
全力で趣味を注ぎこんだに決まっているじゃないか!
だ、だけど近接戦を避ければいいだけだ!
しょせん大きなトカゲだろ!
ボクは空中から闇の炎を放とうとしたのだが。
「むっ……⁉」
ティラノサウルスの小さな前足がボクに向けられる。
そしてドバシュウッーーーっと、右前足が飛来してきた。
「いっけええーー! ロ、ロケットパンチだよおおおーーーー!」
『ロケットパンチだああああああああ⁉⁉⁉』
甘城博士はリスナーと一緒に盛りあがっている。
ロケットパンチをまともに食らい、ボクは地面に叩きつられてクレーターが発生する。
ワイヤー有線式だったようで、ロケットパンチはしゅるしゅると戻っていった。
それアリなのかよ……⁉⁉⁉
そっちがその気ならこっちもトゥを……!
しかしティラノサウルスがそんな隙を与えないとばかりに尻尾を立てる。
そして鱗がぱかぱかとひらいて、十数もの誘導ミサイルが放たれてきた。
「ミサイル……⁉ 炎よ……っ!」
技名を考える暇すらなくて、ボクは闇の炎ですべて迎撃する。
どうにか撃退できたが、遠近対応型の恐竜ってなんだよ‼‼‼
「や、やっぱり……恐竜こそが最強なんだ……!」
甘城博士は涙を流しながら、わたしがかんがえたさいきょうティラノに大喜び。
もうめちゃくちゃだよ……‼‼‼
あの人、アルマの母親すぎるよ‼‼‼‼‼‼
押されていたボクに、リスナーが動揺している。
『バ、バカな……あの魔王さまが……』
『恐竜ごときに押されるなど……』
『ミサイル放ってくる恐竜はもう仕方なくね?』
『おのれ貴様! 恐竜同好会なるものか!』
そんなリスナーたちを、アルマがいさめた。
「みなさま、魔王さまが負けるはずがありません。
だって魔王さまは……新たな力を得たのですから……!」
アルマは頬を染めながら、左手の薬指にはめられた指輪を見せつけた。
『指輪……? え? え? ほんとに?』
『アルマちゃんおめでとーーーーーー!』
『ご婚約おめでとーーーーーーーーー!』
え…………?
左手の薬指ってそんな意味があったの……?
人差し指じゃなかったっけ……?
そ、そんなつもりはなくて……。
ただ、強い繋がりができたらよいと思って……。
「愛の力を得た、最強の魔王さまは……!
最強を超えて、無敵となったのでございます……!」
アルマは煽りに煽り、コメントは大盛りあがり。
甘城博士も「恐竜か、愛の力を得た魔王か……。ど、どっちが強いのか勝負だね……!」と、煽ってくる。
ボクは否定しようとしたが。
「ですよね……魔王さま……?」
アルマの瞳が点滅している……。
ボクが否定しようとしたのを勘付いたようだ。
そんなボクたちの婚約発表を邪魔するように、ティラノサウルスが突貫してくる。
『魔王さま!』
『魔王さま! 今こそ愛の力です!』
「愛の力でございますよ……っ!」
ここで撃退したら愛の力で倒したことになってしまう……!
アルマのことは嫌いじゃない。嫌いなわけがない。
だけど配信としてのこってしまう。
そんなの後々大変なことになるのが目に見えていた。
「アギャオオオオオオオオン!」
バカンッ、とティラノサウルスに呑みこまれる。
このまま胎児に戻りたい気がちょびりとあったが……。
いや、ボクは魔王になると決めたんだ‼‼‼
「――ふんっ! 我が負けるはずなかろうが!」
ティラノサウルスの内部をつき破って、ボクは飛びだした。
拳に炎をまとわせて、体内から貫通したのだ。
内部をメタメタにされたティラノサウルスが、アガガガッと壊れた機械音声で叫び、よろよろと動いてずずーんっと地に伏せてしまう。
駆動が急激に停止していく音が聞こえた。
「これが、愛の力でございます……‼‼‼」
アルマはそれはもう嬉しそうな表情で完全勝利を告げた。
リスナーたちも盛りあがり、ただ一人、甘城博士だけが悲痛な面持ちでうなだれた。
「そんな……最強ティラノサウルスが……。
こんなにもあっさりと……。
や、やっぱり口から光線機能はつけるべきだったか……」
物言わぬ恐竜に心痛めていたようだが、すぐに立ちなおってボクをにらんでくる。
「こ、これで勝ったと思わないことだね……!
きっと第二第三の最強恐竜が、魔王に立ちふさがるよ……!」
どっちが魔王なんだか……。
ここで諭そうとしても無駄だろうし、ボクは元々そのつもりでいた。
ちょっと順番はズレたが、自分の覚悟をみんなの前で示そう。
「かまわぬ」
「え……?」
「かまわぬといったのだ」
みんなの前で666をつかったとき……ううん、それより前からとっくに覚悟は決めていた。
ボクは、魔王になるって。
「我に挑戦したければいくらでも挑め。
我を倒したければ何度でも付き合おう」
アルマや、甘城博士だけじゃない、ここにはいない誰かに伝わるように。
知らない
「我は混沌の魔王……! 混沌を愛するものだ!
我が引き起こした混沌も……配下が引き起こした混沌も、すべて我のものである!」
責任をとるだとか管理するだとか、そんなことじゃない。
もっともっと単純なことで、ボクはこれから起きるであろう大変な出来事にぜんぶ関わる気でいた。
「いっさいがっさいすべて、我がっ、呑みこんでくれるわ!」
ボクの覚悟に、甘城博士は素直に感心した表情でいた。
「す、すごいね……。私も混沌を愛するけど、そこまでの覚悟はないよ……」
「うむ。我は魔王であるからな」
「配下のやらかしも責任をとるってことだよね……。す、すごいなあ……」
「うむ?」
引っかる物言い。
アルマはボクに心酔しきった表情で何度もうなずいているし、リスナーも『すごいなあ』『配下のやらかしも魔王さまが責任とるんだ』『やっぱり懐が深いなあ』と妙に感心している。
「アルマ……。配下の様子は……?」
「はい、今繋げましょう」
アルマは笑顔でステータス画面を操作して、クスノさんの様子を見せてきた。
トゴサカ駅前の大通りは、炎が壁のように燃え盛っていた。
観客たちは異様な熱気に包まれながら叫んでいる。
『ギルティクスノ!』『ギルティクスノ!』『ギルティクスノ!』
『
クスノさんは炎を背に、かっこよくポーズを決めていた。
大激戦だったようで、特殊部隊の人たちが通りに転がっている。
ギザ歯の子は息も絶え絶えだった。
『じ、次元結界が……す、すうひゃくおくえんの機械がぁ……』
トラックが炎上している。
あ……激戦中に機械が壊れちゃったんだ……。
ボクも壊す気でいたけれど、修理できる範囲で壊すつもりで全壊させる気なんて……。
…………でも、ボクがまっさきに壊すって言っちゃったよね。
次画面に切り替わる。
ミコトちゃんだ。
ビルの狭間では、なんだか偉そうな人たちが糸でぐるぐる巻きにされ、宙吊りになっていた。
『わ、わかった! 今まで隠していたことは市民に公表する!
だから許してくれ!』
『まだあるでしょー? そこんところ全力で叫ぼうねー?』
『ト、トゴサカで小学生との結婚も検討する!
自由恋愛を推すから、た、たすけてくれーーーーーーー!』
…………ミコトちゃん、トゴサカ上層部の人たちに目をつけていたんだ。
そういえばボクの敵であるわけだしね……。
狙うよね、あの子。ボクの敵なら。
これ……ボクが自由恋愛を推したことになるのかな……。
どうしよう……いまさら自己責任なんて言えないし……。
どうしよう…………。
ふと、アルマの視線を感じる。
彼女は『これからいかがされますか』と目で訴えてきていた。
伝わる。
昔とちがって、目でなにを言わんとするのかがわかる。
そう、あの頃のボクたちとは違うんだ……!
アルマお願いだ、ちょっとボクの発言を軌道修正しておくれ!
アルマからなら配下の忠言としてうまーく軌道修正できるから!
ボクはじーーーっと彼女を見つめる。
伝われえええええええええええええ!
アルマは、こくんとうなずいた。
伝わったああああああああああああ!
アルマは指輪を見せつけながら高らかに叫ぶ。
「――これが、これこそが魔王さまが望んだ世界!
魔王さまが描く世界でございます……!
混沌の者たちよ! 今、世界に反逆するときがおとずれました……!」
あ……。
「すべては魔王さまのもとに……‼‼‼」
『すべては魔王さまのもとに』
『すべては魔王さまのもとに』
『すべては魔王さまのもとに』
アルマはあふれんばかりの愛情を瞳にこめて、ボクを見つめている。
「さすがは魔王さまでございます」
もはや、言い逃れはできない。
ボクは自然と笑みがこぼれた。
「クハハ……」
笑うしかない。
笑うしかないのだ。
「フハハハハ……」
やけくそでもなんでも笑うしかない。
明日を吹き飛ばすぐらい、笑うしかなかったのだ。
「フハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!」
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