第67話 混沌と可能性と君たちと③
「仮面少女MO⁉⁉⁉」
ミコトちゃんはウェディングドレスを着ていた。
少女はボクを抱えながら魔糸を操作し、ビルとビルの隙間をどんどんスイングしていく。プリンセスラインのドレススカートが綺麗になびいていた。
魔糸操作も身体能力も向上している。
クスノさんと同じように、レベルアップしているんだ。
でもなんでウェディングドレス???
作りは雑だけれど魔糸製だろうか。……ホントなんで???
ボクたちの空中移動を、トゴサカ市民が見あげていた。
「魔王さまと仮面少女MOちゃんだ⁉ なんでウェディングドレス⁉⁉⁉」
「アレ大丈夫なのか⁉⁉⁉ ビルを糸で移動するアレ⁉」
「動きそのものは大丈夫だろ⁉」
なにかの心配をしているようだ。
っと、スパイダーなにがし的なシチューエションを楽しんでうっかりしていたが、クスノちゃんはスキル【正体隠し】を持っていない。
正体がバレないよう衣装に付与しなければ。
「正体隠しにスキルポイントをふったから大丈夫だよー」
「……ふったのか?」
スキルポイントは人によって上限値が決まっているのに。
「ステータスとスキルポイントが急に上昇したの。
これは絶対に魔王さまがなにかしたんだって急いでやってきたら、怪しい人たちがいたわけだねー」
「それで、我が困っていたから助けてくれたのか」
「魔王さまの配下だからねー。
魔糸でウェディングドレスを作って、あーやって糸で引っぱったわけ。
アルマおねーさんのところに行くんでしょ?」
「ああ……っ、頼むっ!」
ボクは風を全身に受けながら、研究所の方角をまっすぐに見つめた。
……うん???
ウェディングドレスを作る意味なくない???
クスノさんの花嫁姿に感化されとしても、今着る必要はないよな???
ボクがそうたずねる前に、敵意を察知する。
「
闇のシャボン玉を前方に十数個ほど展開。
ボクたちが魔糸スイングでとおりすぎていくと、シャボン玉がはじけてなにかが燃えた。
魔王ポイント……マイナス50点!
せっかくかっこいい技だったのに、名前ぇ……!
いやそれよりも今の攻撃だ。
投擲物がどこからかふっ飛んできたが、敵の位置がわからないぞ。
「敵さん、同じ力を持っているみたいだねー」
「トラベラーってことか⁉⁉⁉」
「妙な気配は感じていたけれど、ずっとマークしてみたい」
ミコトちゃんは魔糸でビル街をスイングしながら答えた。
たしかに、ビルの屋上やフロアをワープしている者がいる。
国お抱えのトラベラーがいてもおかしくはないか……。
しかし次元を移動しながらの攻撃は対処しづらいな。
「まおーさま! 視覚を共有して!」
「わかったっ‼‼‼」
影の鼠を召喚し、視界を共有した瞬間だった。
ミコトちゃんが叫ぶ。
「あっ⁉ ダメっ――」
突如あらわれた次元の裂け目に、思いっきり突入する。
そうして飛びだした先は――夕暮れの和室だった。
ミコトちゃんが大急ぎで魔糸を操作し、衝撃をやわらげる。
畳になんとか着地したボクは玄関扉をあけたが、そこには夕暮れの空しか広がっていなかった。
ボクたちは、六畳一間の部屋にとりのこされてしまった。
「ど、どういことだ……?
こんなダンジョン見たことないぞ? 出口もないし……」
「ここ……次元のほころびだね」
ミコトちゃんが仮面を外して、悔しそうに唇を噛んだ。
「えっとね、人によってはスポットとか言うけど……。
ようはダンジョンのなりそこないだよ」
「そんなものが……」
「普通の人は滅多に迷いこまないからね。
トラベラーと一部の人しかしらないよ」
「普通の人が迷いこんだらどうなるんだ?」
「放っておけば消滅する空間だから、そのうち標準世界に放りだされるよ。
そんなに時間はかからないと思うけど……うまく誘導されちゃったね」
つまり一時的に隔離するにはもってこいの空間か。
無為に時間をすごしたくないのだがと考えていたボクに、ミコトちゃんが微笑みかける。
「頑張れば外にでれるよー?」
「でれるのか⁉」
「その前に……みそらおにーさん。
ちょうどいいし、正座しよっか」
なんで? どうして?
そんなことはたずねたなかった。
ミコトちゃんの笑顔から圧を感じる。
混沌娘たちを相手してきて培った経験から、逆らってはダメだと察した。
ボクは魔王演技をやめて、素直に正座になる。
「うん、はい……。ど、どうしたの?」
ボクが居住まいを正すと、ミコトちゃんが正面に座る。
夕焼けの六畳一間で、ボクたちは円テーブルを挟んで向かい合った。
「みそらおにーさん。ミコトはとても怒っています」
「え?」
「なんでか、わかりますか?」
クスノさんとモデルハウスに行く件はまだバレていないはず。
ど、どうしてだ……?
冷や汗を流しているボクに、ミコトちゃんがクスクスと微笑む。
「ほーら、はやく答えないとここから出られないよー?
ミコトとずーっと甘々生活を送ることになるねー」
「……ミコトちゃんはそんなことしないよ」
「えー、どうだろー。わかんないよー?」
「アルマを慕っているじゃないか」
ボクがそう言うと、ミコトちゃんは唇をきつく結んでモゴモゴと動かした。
心の深い部分を刺されたとき、少女はこんな反応をする。
「……そーゆーところほんとズルいんだから」
ミコトちゃんは仕方なそうにため息を吐き、すごく不満そうにボクを見つめた。
「魔王の力を標準世界でつかうとき、どーしてミコトを呼ばなかったの?」
「それは……」
「黒森の生徒会長さんは手伝ってたみたいだね。
ミコトのトラベラー能力があれば、おにーさん色々助かったよね? ねえ、なんで?」
「ミコトちゃんを関わらせるわけにはいかないよ」
ミコトちゃんは『言うと思った』と目を細めた。
「一番大切な人が世界を相手にがんばろうってときに……。
なーんにも教えてくれず、置いていかれた人の気持ちを考えて欲しいな」
「……」
「みそらおにーさんの考えはわかるよ。
でも、それでも、おにーさんの力になりたかったよ?
みそらおにーさんが大切だからこそ、あのゲリラ配信にミコトはすごく怒ったし、すっごく悲しかった。
人によってはもっともっと怒るかもしれないねー」
ガイデルさんガイデルさん…………。
貴方、もしかして近々大変なことになるかもしれないですよ…………。
アルマがミコトちゃんに妙に甘い理由、なんとなくわかった気がした。
ボクが反省したのが伝わったのか、ミコトちゃんは優しげに微笑んだ。
「みそらおにーさん、
「ああ、それはもちろ……ん????」
ボクは言葉の意味をすぐに察した。
ミコトちゃんが求める言葉は【ミコトちゃんに相談せず二度と無茶をしない】じゃない。
二度と側から離れられないような、具体的な形があるよね。
そんな関係性を誓おうよと、少女は瞳で強く訴えてきた。
どうして少女がウェディングドレスを作ったのかわかってしまう。
隔絶された空間。
逃げ場なんてなかった…………。
「みそらおにーさん。さあ、早く誓って?」
「ミ、ミ、ミコトちゃんは……小学生なわけでしてっ???」
ミコトちゃんの笑みに、冷や汗がだらだらと流れていく。
「それじゃあ聞くけどさ。ミコトが小学生だからって以外で不満はある?」
小学生以外の不満?
ミコトちゃんに不満……不満……。
器量が良い。
気持ちを汲んでくれるし、こうやって叱ってもくれる。
ボクをふりまわすが甘えたいのはわかるし、同棲というかほとんど家族同然の付き合いだから、ミコトちゃんと母さんの仲は超良好だ。なんなら、最近は料理を教わっているので腕がメキメキと上達している。
今でも怖いぐらい綺麗な子だ。
将来それはもう美人になるだろう。
突然幼なじみだと言い張ってくるわけでもないし……。
あれ……? あれ…………?
ぜんぜん不満がないぞ????
クスノさん直後だからか???
「みそらおにーさん、小学生がなにさ。だよ」
「いやいやいやいやいや⁉⁉⁉」
「それ以外で不満はないでしょ?」
うっ…………ミコトちゃんは早熟した子だ。
メンタルも落ち着いている。
このメンタルが落ち着いているのが一番強い。ほんとうにつよい。
だったらなにも問題はないのか……???
小学生なんてささいな問題に思え……いやいや!
冷静になれ! ダメ! 小学生!
どうにか常識を保っていたボクに、ミコトちゃんは優しく告げてきた。
「みそらおにーさん、聞いて欲しいの。ミコトの十条――」
1:お嫁さんが小学生だからこそ長く付き合えるのです
2:ミコトを信じてください。それだけで幸せです
3:小学生でも高校生でも愛に変わりはありません
4:怒っているときは理由があります
5:ミコトにたくさん話しかけてください。おにーさんの笑顔が大好きです
6:ミコトを放置しないで。おにーさんのほうが圧倒的に強いですが、それでも次元にほころびに迷わせることぐらいはできます
7:小学生は中学生から電車が大人料金です。すぐ大人です
8:お嫁さんと小学生の頃から付き合える。こんなにも幸せなことはありません
9:おにーさんにも社会的立場があるのはわかります。ですが魔王ならそんなもの壊せばいいと思います
10:ミコトはずっとおにーさんを愛しています
ずぞぞぞぞっ……と、ミコトちゃんの足元から蜘蛛の糸が伸びてきた気がした。
絶対に離さない。絶対に逃すわけがない。
そんな感情が笑顔の裏から伝わってくる。
……。
…………6。6か。
次元のほころびに迷わせることができるかあ……。
……敵の仕組んだ罠じゃなくて、この空間、ミコトちゃんの罠だったかあ。
タイミングよすぎたもんなあ……。
……ミコトちゃんが成長すればそれはもう魔王を越える、大魔王になるのかも。
相手が子供だからって言い訳はもう使えそうにない。
それなら……それならば……。
「今度さ、旅行にでも行こうか」
笑顔で、ちょっと具体的なデートプランを立てた。
ミコトちゃんはニパッと笑う。
「いいねー、旅行ー。交通費はミコトの能力で浮くからお安くすむよー。
ミコトの冒険者実績なら良いお宿に泊まれると思うー。
温泉付きのお部屋に泊まりたいねー」
ミコトちゃんは納得したのか、糸をひっぱる仕草をする。
ドンガラガッシャーンッと、糸でぐるぐる巻きになった人が六畳一間に転がってきた。
例のトラベラー、片手間に退治したらしい。
……絶対に母さんを誘い、保護者同伴の家族旅行にしなければ!
ミコトちゃんは満足そうに立ちあがり、トントンと空間を叩く仕草をする。
次元の裂け目がパカリとひらいた。
裂け目の先がうっすらと見える。
次元断層研究所近くのビルだ!
「みそらおにーさん、ちゅー太郎たちを貸して欲しいなー」
「う、うん、いいけど、どうするの?」
「魔王さまの配下なわけですから、世界を混沌にみちびきます。
アルマおねーさんのことよろしくねー」
ミコトちゃんは仮面をかぶり、頼りになる配下に戻った。
…………うん……うんっ!
今は前だけを見よう!
旅行は……母さんがいるから大丈夫……!
頼りにしているよ、母さん!!!!
ボクはちゅー太郎たちを再召喚してから次元の裂け目に突入して、ビルの屋上に立つ。
同時に着信音が鳴った。
ステータス画面をひらくと、母さんからのメッセージだ。
『みそら君、みそら君! 空が真っ暗になったと思ったら、おかーさんね、悪魔の翼と尻尾が生えてきちゃったの⁉
あとね、なんだかすごくえっちな服装になっていて……サキュバスってやつ?
欲求不満……てやつなのかなぁ?』
……。
……メッセージは見なかったことにし、ステータス画面は閉じてと。一応鼠は送っておこう。
――アルマ、君がイヤだと言っても会いに行くよ。
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