第66話 混沌と可能性と君たちと②
「なんだか大変なことになっているわね」
クスノさんがウェディングドレス姿であらわれた。
ドレスはベルライン型でスカート丈が短く、動きやすいものだ。金髪でスタイルが抜群によいクスノさんにはとても似合っているとは思う。
けれど、どうして???
どうしてウェディングドレス…………?????
次元結界内にあらわれたクスノさんに、特殊部隊もひどく狼狽している。
ボクは内心怖れながらクスノさんにたずねた。
「ふんっ、貴様は花嫁姿でなにをしているのだ」
「……ブライダル業界で、ダンジョン内での結婚式企画が立ちあがったのよ。
それで、教会をとおしてモデルのお仕事が回ってきたわけ。
今日は朝からその撮影。断わるわけにはいかなくてね」
冒険者として有名で、教会関係者。
さらにはスタイルが超よくて、美人のクスノさんに依頼がきたわけか。
よかった……そこはまだ納得できる理由で……。
「クハハ、なるほど! よく似合っているではないか!」
「魔王に褒められても嬉しくないわ」
「それで今まで撮影か?」
「そ。休憩中にスマホを見ていたら、魔王が標準世界で魔術をつかうわ。トゴサカが夜になるわ。すぐ近くに魔王がいるわ。さらにはだんだんと人が消えていくわ。
……ねえ、これはどういう騒ぎ?」
クスノさんはボクらを見据えた。
クスノさんは突然、次元結界内に取りこまれたようだ。
元々ボクの影響を受けていたみたいだが……それでもイレギュラーな事態なようで、ギザ歯の子の目が泳ぎまくっていた。
「う、うちらは、対断層次元化現象特殊部隊なの~」
「特殊部隊?」
「そ、そうそう~。騒動を起こした悪い魔王をやっつけにきたわけ~」
「
クスノさんがそうつぶやくと、白い箒のような
クスノさんはパシッと受け止め、「やっぱり力が使えるようね」とひとりごちたあと、特殊部隊にレーザーをぶっぱなした。
どーかんと地面が爆発する。
4~6人ほど昏倒させたクスノさんは、目つきを鋭くさせた。
「聞くけど……どうして彼らはあたしにも銃口を向けているの?」
ギザ歯の子は顔をひきつらせながら部下に詰めよった。
「ちょ、ちょっと……⁉ あの子、S1程度なはずじゃ……⁉」
「わ、わかりません! 魔王の影響でしょうか……ぶへあっ⁉」
部下は狙撃されて、真横にふっ飛んでいった。
カタカタふるえていたギザ歯の子に、クスノさんは告げる。
「あたし、嘘や隠しごとが嫌いなの」
「う、嘘なんて……うちらは本当に正規の部隊でして~……」
「見たこともない装備に、見たこともない部隊。
さらには標準世界でも力を使えるようにしたみたいだけど。
正規部隊にしては、隠しごとが多すぎるわね」
クスノさんは怖いぐらい淡々と言った。
「ほ、ほら、うちら特殊部隊なわけでして~……」
「あたしたちの周りにダンキョーがあらわれてから、ずっと考えていたの。
あたし……ううん、断層次元化現象で一般の人には知らされていないことが、いっぱいあるんじゃないかって」
「え、えっとぅ~……」
「別次元があるのなら、そこに別次元の自分がいるかもしれないわよね」
冴えている……。
「そ、そのぅ~……」
「別次元の可能性が繋がってきているのなら、もしかして標準世界の自分に影響を与えるかもしれない。そんな不確定要素だらけの人たちを、管理する組織がいるかもしれないわよね」
冴えている……。
「で、ですから……」
「あたしね、自分の闇はうっすらと気づいていた。
でもあんなのあたしじゃない。絶対にありえないと思っていた。
だから貴方たちのような存在で確信したわ」
クスノさんはぐわっと目を見開く。
「この闇は……別世界のあたしが影響を与えているのね‼‼‼」
冴えて……いや⁉⁉⁉
ギザ歯の子もメカクレの子も、特殊部隊もガタガタとふるえている。
「ふふっ、図星のようね」
クスノさんはやっぱりみたいな顔でいたが、ボクもガタガタとふるえていた。
クスノさんの幼なじみ設定。
次元同位体のせいで影響を受けているのだと思った。
だけど次元同位体フォルダには、彼女の名前はどこにもなかった。
ボクは目が痛くなるほどフォルダを探したし、赤沢先輩にも『あ、あのあのあの……! あの子の名前がフォルダにないんですが⁉⁉⁉』とたずねもしたのだが、先輩はものすごく残念そうに首を横にふるだけだった。
ニョキニョキ生えてきた幼なじみ設定も。
闇な部分も。
天然ものなのだ。
それを知っているからこそ特殊部隊の人たちはガタガタとふるえているのだろうし、ボクだって恐怖で金縛り状態だ。
叛逆を冠する魔王であっても、クスノさんにだけは逆らいたくない。
絶対に、反逆なんてしたくなかった……。
この場を完全に支配したクスノさん。
彼女を味方にすれば分があると思ったのか、ギザ歯の子が告げ口する。
「ま、魔王の正体は、鴎外みそら君だよ~!」
あっっっっっ、ちくしょう‼‼‼
最強の手札を切ってきやがったな⁉⁉⁉
死を覚悟したボクだが、クスノさんは鼻で笑う。
「はっ、魔王がみそら君なわけないじゃないの」
「い、いやいやいや~、よくみなって~~~」
「嘘が嫌いって言ったわよね?」
クスノさんのひとにらみで、ギザ歯の子は黙ってしまう。
よ、よかったあああああ……!
クスノさん一度思いこんだら、なかなか修正できない子でよかったああああ……! だからこうなっている気もするけど、よかったああ!
九死に一生を得たボクに、クスノさんが視線をよこす。
ひいいい……なんでしょうか⁉⁉⁉
「どうした、園井田クスノ」
「魔王。この騒動は、アルマのため?」
存外の質問に、ちょっと面食らいながら素直に答える。
「……アルマのような者たちのためだ」
「そう」
クスノさんはわずかに目を伏せて、なにか考えこんでいる様子。
状況がよくないと思ったのか、ギザ歯の子は叫んだ。
「ちょ、ちょっとちょっとなにを考えているの⁉⁉⁉
世界を混沌に導きたいの⁉⁉⁉
魔王はあなたにとって敵でしょう⁉⁉⁉」
当然の質問を、クスノさんはさらりと答える。
「敵に決まっているじゃない」
「だ、だったら⁉⁉⁉」
「でもね、ただの悪魔じゃないのはなんとなくわかる。
よからぬことを考えているみたいだし、たくらみは暴いてやるつもりだわ」
「今がそのときだよ~~~⁉⁉⁉」
「……アルマが、ずっと思い悩んでいるようだったのよ」
ギザ歯の子は目を大きくさせて、硬直してしまう。
そんな彼女に、クスノさんはニッと微笑みながら銃口を向けた。
「アルマはね……あたしのお友だちなの」
彼女がそう宣言したと同時に、喧噪がだんだんと大きくなる。
消えていた人たちが、トゴサカ駅前に戻ってきたのだ。
周囲は大勢の人たちであふれかえる。
特殊部隊はどうしたことかと取り乱して、ギザ歯の子はあたわたしていた。
「ど、どうして⁉⁉⁉ き、機械が壊れたの⁉⁉⁉」
ボクは教えてやる。
「我の魔術が、空を暗黒にするだけと思ったのか?」
「えっ……?」
「術の効果範囲でならば【ダンジョン内と同じように力が使える】のだ。
その次元結界とやらを上書きするには時間がかかったようだがな」
魔王騒動に集まっていた人たちが、ステータス画面をひらいて大騒ぎしていた。
「オレもステータス画面をひらけるぞ⁉⁉⁉」
「魔術やスキルが使える⁉ な、なんでっ⁉」
「魔王さまの術のおかげってこと⁉⁉ すっげえええええええ⁉⁉⁉」
「あ‼ 魔王さまとクスノちゃんがいる‼」
「どうしてウェディングドレス???? こわっ」
「ってーか、この武装集団なに???」
クスノさんが次元結界内に入ってきたのは、術の影響を強く受けたからかなあ。
以前から魔王の影響を受けていたみたいだし……。
「う、うちらの結界で数百メートルなのに……。
数十キロ以上なんて……」
ギザ歯の子は呆然と立ち尽くしていたが、周囲の怪しむ視線に我に返る。
「み、みなさん、落ち着いてください!
これは魔王の力なんかじゃなく、機械の暴走によるもので……!
すぐに事態は沈静化します……!」
そう抵抗していたのだが。
「クスノちゃんが銃口を向けているなら悪者だぜ!」
「クスノちゃんの敵ならだいたい悪い奴!」
「いきなりあらわれた武装集団なんてあやしすぎるわ!」
「いっけええええ! クスノちゃん! いつも
「園井田先輩‼ 執行してください!」
観客がやんややんやと騒ぎはじめる。
ヴァレンシアの生徒だけじゃなく、黒森の生徒も楽しそうに応援していた。
ボクが『だとさ』と視線を送ると、クスノさんはこそばゆそうに微笑む。
「あたしは、クスノ……園井田クスノ!
聖ヴァレンシア学園の執行長として、トゴサカで暗躍する特殊部隊を執行するわ……!」
彼女は、自分はこうなのだと高らかに存在証明した。
よかった、クスノさんがみんなを巻きこんで良い流れになった。
あとはこの調子でどんどん白日のもとに……っ⁉
ぞわりと、悪寒がはしった。
あ。ダメだ。
クスノさんがちょっと疑惑の眼差しでボクを見ている。
魔王が【鴎外みそら】だって、疑いはじめていた。
ここで状況を混沌化させるわけには……。
ど、どうすれば意識をそらせる……???
友だちや家族の絆はさんざん使ってきた……もう効果は期待できない。
……。
………………。
……………………花嫁姿のクスノさん、か。
…………う、うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!
腹をくくれええええええええええええええええええええええ!
ボクは高層ビルから飛び降りたときよりもずっとずっと勇気をだす。
ステータス画面をひらいて、彼女のアドレスにメッセージを送った。
『トゴサカがいきなり夜になってびっくりしたよね。
今さ、クスノさんをちょっと離れた場所から見ているよ。
……ウェディングドレス、とっても似合っている。
素敵な花嫁姿で思い出したけど、モデルハウスが駅前にできたみたいだね。
今度一緒に見に行こうよ。あ、深い意味はないから』
なるべく、嘘は吐かずに。
着信音に気づいたか、クスノさんがステータス画面をひらく。
頬をゆるませ、とーっても幸せそうにボクに叫んだ。
「魔王‼ ここはあたしに任せなさい! やることがあるんでしょう⁉」
「うむ! うむ! 任せるぞ‼」
ボクは逃げるように、その場を去ろうとする。
しかしギャラリーがボクに詰めよってきて、道をふさがれてしまった。
しまったっ、さすがに人が集まりすぎたか!
そう二の足踏んでいたボクは、糸で思いっきりひっぱられる。
「仮面少女MO⁉⁉⁉」
ビルとビルの隙間を魔糸で爽快にスイングする、スパイダー仮面少女MO。
もとい、ミコトちゃんは――ウェディングドレスを着ていた。
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