第63話 魔王キ譚⑤
聖地の礼拝堂にて、僕は根源魔術をとなえた。
「
教会の暗部を守っていた聖十字司祭が子供に変わる。
魔族たちの圧に負けてしまい、子供になった司祭は女神サデリア像の前で泣きながら懺悔した。
「女神の祝福なんてでっち上げですううううう!
マゾクをこわがったボクたちニンゲンの嘘ですううう!
穢れなんてありませーーーん!」
予想はしていた。
けれどこのときは魔王軍が連戦連勝でみんな浮足立っていて、僕も雰囲気にあてられていた。
一度、ゆっくりと落ち着く時間が必要だったかもしれない。
連戦するにつれて、魔王軍の空気は変わっていった。
――魔王さま、次なる戦場は⁉
――魔王さま、わたしめに葬送を!
――魔王さま、我らは死者となりて奴らの喉元を食いちぎってやります!
――魔王さま、敵の屍で砦をきずいてみせましょう!
『反逆』から『殲滅』へ。
長年溜めこんでいた種族の怒りは、殺意へと変わりつつあった。
軌道が変わりはじめた魔王軍。
僕という存在がいるかぎり、止まらないだろう。
いや僕がいなくなれば、より望まぬ方向に転がり落ちていくかもしれない。
完全に制御不能となる前に、僕はとある決心をする。
僕は信頼できる仲間と共に、住み慣れた魔王城を去る。
行き先は北方。
魔素があふれる危険な大陸だ。
そこで巨大な城を築きあげ、最恐の魔王として世界に君臨するつもりだった。
しかし魔王城を去る前に、エントランスで少女が引き止めた。
「魔王さま……! どうしてわたしを置いて行くのですか……⁉」
寝床に別れの手紙は置いてきたのだが、僕の最近の態度から気づいたらしい。
僕は仲間に視線をやる。
「×××、頼む」
「よいの?」
「ああ、頼む」
仲間は睡眠の魔術を少女にかける。
しかし少女は倒れない。
強烈な睡魔におそわれているだろうに、少女は涙目をこらえながら耐えていた。
「なぜですか……わたしが足手まといだからですか……」
「そんなわけないだろう。我をずっと支えてくれたぞ」
「でしたら……どうして……わたしだけを置いてけぼりなんて……」
放っておけば睡魔に抗おうと自分の手をナイフで突き刺しかねない子なので、というか実際にナイフを取り出していたので、僕は優しく告げる。
「君には幸せになってもらいたいからだよ。デルタ」
デルタは気が緩んだのか、コテンと寝こけてしまう。
僕は少女を抱きかかえ、従者にベッドへ運ぶようにお願いした。
「それじゃあ行こうか、みんな――」
※※※
――魔王の記憶からボクは目覚める。
マンションの自室に座っていた。
別次元のボク……ほとんどボクみたいな人格だったからめちゃ動揺するなあ……。
当の魔王は、本棚前で目を細めていた。
「ううむ、マンガか……実に興味深い……。
絵物語はあったが、この手の文化は発展せんかったからなあ。
もう少し先の時代であれば、我の世界でも誕生したであろうか?」
マンガに興味津々のご様子。
……暇してるのかなあー。
と、魔王はボクの視線に気づいた。
「おお、目覚めたようだな」
「……なかなかに衝撃的な事実で動揺してるよ。
……なにせ、魔王でもボクだったし」
「で、あろう? 我も驚いたものよ。
なにせ別次元の我でもたいして変わっておらんのだ」
芝居がかった口調はデフォルトなのか、慣れきっているみたいだ。
まあボクとちがってガチで魔王をやっていたわけだし。
「デルタと別れたあとはどうなったの?」
「む? そこで記憶が途切れたのか?
やはり完全に重なるわけではないのだな……」
魔王はぶつぶつと考えこんでいた。
「えーっと……?」
「ああ、すまぬ。別れたあとだがな、ニンゲンに負けて次元の狭間に封印されたぞ」
「へ???」
「我が根源魔術の使い手だったのもあり、怪我の功名ではあるが……次元の狭間に封印されたことで真髄をつかめた。
おかげでこうして別次元をのぞけるわけだ」
魔王は座りながら、あっけらかんに言った。
ああ、たまに声が聞こえるのはボクをのぞいていたのな……。
って、いやいやいや、次元の狭間に封印されたんですよね???
「な、なんで、そんなにさっぱりしてるの???」
「我はやりきったからな」
「……負けたのに?」
「あのままでは魔族とニンゲンで血みどろの歴史を築きそうだったのでな。
信頼できる仲間と共に、一芝居うったのだ。
ちょうど信頼できるニンゲンに出会えたことだしな。そやつも我と同じ考えを抱いておったのだよ」
魔王はどこか嬉しそうに言った。
「一芝居……? その信頼できる人たちとなにを……?」
「我は最恐の魔王として世界に君臨した。
その裏で信頼できるニンゲンと手を組み、魔族とニンゲンの橋渡しになるような将来有望な若者たちを見繕って、我を討伐するパーティーを組んでもらった」
それは……俗にいう勇者パーティーか?
というか出来レースなんじゃあ、それ。
ボクの視線に、魔王はニッと笑う。
「手加減はしておらんぞ」
「しなきゃ魔王に勝てないんじゃ?」
「種族の橋渡しになる存在でなければいかぬからな。
我とて生半可なことはせんよ。
まあ、伝説の武具やら成長魔具やらを洞窟に配置したり、いきなり強い魔物をけしかけることはせんかったがなー。いやあ拘った拘った」
あー、そこはめちゃ楽しんだんだろうなー。
ってのが、ボクに似ているだけにわかってしまう……。
「それで最後は……次元の狭間に封印?」
「うむ、腐りきった貴族や教会の連中はあらかたいなくなったしな。
以後の統治は楽になっただろう」
あらかた消したであろう原因が、さらりと言った。
そこのあたりボクであるけど、やっぱり違う道を歩んだ魔王なんだな。
「どうしたのだ?」
「……や、似ているようでやっぱりボクとは違うんだなって。
ボクにはそんなたいそれたこと絶対できそうにないや」
「お前も我と同じ立場ならやるさ」
「……断言するね?」
「ああ。仲間ハズレになるのを覚悟しながら、いじめられっ子を助けたお前ならばな」
……ボクの記憶ものぞいたのか。
小学生の頃、まあそんなことがあったんだよな。
「……ボクもしっかり反逆はしたよ?
おかげで誰もボクと遊んでくれなくなったけど」
「クハハッ! だろうな!」
魔王はなにが面白いのか笑った。
それから悪だくみを思いついたように指さしてくる。
「我とお前は違う。
だがな、けっきょくのところ我らは根からそうなのだ」
なんとなく、魔王がどうして記憶を見せてきたのかわかってきた。
ボクが力をつかえば標準世界でどんな影響を及ぼすのか、リスクを考えていたけれど……。
なんだ、
ボクはさっぱりとした気持ちで魔王にたずねた。
「それを伝えるために、わざわざ別次元のボクに会いに来たわけ?」
「ま、暇しておるでな」
「そりゃまあ封印されたら暇でしょーけど」
「それに可能性の
我は混沌の魔王ぞ? 世界を混沌に導かずしてどうするのだ」
魔王は不敵に笑って見せる。
ボクよりずっとずっと年季の入った邪悪そうな笑みだった。
うん、腹はくくれたぞ。
……あと気になることは。
「デルタとは……けっきょく」
「別れてから会ってはおらぬ。今もなにをしているのかわからぬよ」
そう答えた魔王は寂しげだ。
あれだけ振りまわされても魔王の側にはデルタが必要なのだろうなと、ボクは苦笑する。
ボクは赤沢先輩に渡されたタブレット端末を操作する。
甘城アルマのフォルダはすぐに見つかった。
【備考】
次元同位体【A】
別次元の記憶以外にも、感情を感知。
意識がひっぱられて前世と言述しているが、研究者は『意識の混同はない』と判断。
※特S同位体の鴎外みそらと同世界。
アルマ……デルタの感情をも感知していたのか。
魔王と別れた少女がなにを想い、なにを感じていたのかわからないけれど……。
アルマは少女の記憶を大切にしているようだった。
ふと、視線を感じる。
魔王が難しそうに眉根をひそめ、それはもう心配そうな表情でいた。
「……ボクの前に姿をあらわしたのは、コレも理由?」
「まあな。我とお前は違うように、デルタと彼女もまた違うのだろう。
だが根は同じだ。我はな、あやつに弱いのだ」
魔王は優しげに微笑んでいる。
ボクもこんな風にアルマの前で笑っていたりするのだろうか。
「心配しないでよ」
「うむ?」
「ボクも同じだよ」
「……うむ。であろうな」
ボクたちは困ったように苦笑した。
それから魔王はうーんと背伸びしたあと、立ちあがる。
すると、スーッと姿が消えはじめていた。
「さて、我はそろそろ去るか」
「……もう会えないの?」
「ん? たまに会いにくるぞ?
できれば、我がマンガを読めるように工夫してくれると助かる。
虚像ゆえ、こちらの世界に干渉できそうになくてなー」
次元の狭間はよほど暇らしい。
いやまあ暇そうだけども、封印されているのに呑気だなあ。
「わかったよ。そーしておく」
「ありがたい。ああ……そうだ、言い忘れておったわ」
消えかけの魔王がなにか告げようとしている。
「なに?」
「彼女はデルタではないが、それでも根は同じだろうな」
「うん」
「ならばおそらく、まだ二段階の変身をのこしておるぞ」
なにが⁉⁉⁉
どんな⁉⁉⁉
精神的になのか物理的なのかたずねる前に、魔王は完全に姿を消してしまう。
「うぉい‼‼‼ 不安になるようなことを言って消えるなよ⁉⁉⁉」
『クハハハッ! 精々がんばるがよいわー! ニンゲンー!』
ボクの頭に語りかけ、そうして
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