第62話 魔王キ譚④

 森の奥で、闇の炎がほとばしる。

 貴族と兵士たちを、ローブ姿の僕がまとめて撃退したのだ。

 一応火力は加減したし治癒術師もいたようだから、これで尻尾巻いて逃げていくだろう。


 僕の超遠隔魔術に、羊角の魔族が背中をバシバシ叩いてきた。


「ガイデル、すげーじゃねーか! お前そんなことできたのか!」

「う、うむ……。召喚した闇ネズミで索敵してからの遠隔魔術だ。

 そうそう避けれるものではない。これで奴らも迂闊に攻めてこんだろう」


 こっちが有利な内に、貴族に交渉をもちかけたいところだが。

 デルタは瞳を輝かせながら村のみんなを鼓舞していた。


「これが……! これこそがっ、魔王ガイデルさまの実力なのです!

 ニンゲンどもに反逆するため爪を砥ぎつづけ……そして今日、隠していた力がふるわれたのでございます……!」

「「「おお~~~。ガイデル……ガイデルさますげー!」」」


 デルタ⁉ デルタさん⁉ ノリノリすぎやしませんか⁉

 村の人もなんだか影響受けてない⁉


 いかん。デルタは村人に指示を出して『魔王ガイデル祭壇』をつくりはじめているし、村人も従うことになんの疑問を持ってない。


 もしやこの子、根っからの扇動屋か⁉


 僕が戦々恐々していると、斥候が戻ってくる。


「ガイデルさまー、貴族たちを捕まえましたー」


 もう様付けされている……。

 自称魔王なだけで……世界に喧嘩を売りたいわけじゃないんですよ……。


 と、デルタが僕を見つめている。

 命令あらばヤりますよ。そんな瞳だ。


「魔王さま、いかがいたしましょう」


 人質にしたらなにをしでかすやら……。


「奴らを送りかえせ。無論、丁重に扱うのだぞ?」

「かしこまりました、魔王ガイデルさま」


 するとデルタは、斥候に耳打ちする。

 斥候は『まじ?』みたいな瞳を僕によこして、森の奥に駆けて行った。


「……デルタ、彼にはなんと告げたのだ?」

「はい。奴らの身ぐるみをすべて剥いだのち『無様で無価値なニンゲン』といった紙を貼りつけ、馬にくくりつけてから野に放つよう指示をだしました」


 デルタは丁重に扱いましたよと、微笑んでいる。

 めちゃくちゃ……言葉の裏を読んでくる……‼


 ※※※


 深夜の森。

 ボクは闇ネズミで索敵しながら村の人たちに指示をだし、【貴族連合】相手にひたすら奇襲をかけていた。


 激怒した貴族たちは連合を組み、僕たちの村に襲いかかってきたのだ。


 暗がりと地の利。

 そして徹底した奇襲戦。

 そのおかげで手練れの兵士相手でも戦えていたが、ジリジリと押されはじめていた。


 ぐうううううう……!

 戦力が足りなさすぎる……‼‼‼


 戦える魔族は数十名ばかり。

 女子供には罠で攪乱してもらっているが、ニンゲンの戦力は軽く1000人を超えている。

 くそう、田舎の魔族相手でも徹底しているなあ……!


「……っ」


 闇ネズミの索敵にひっかかったので遠隔魔術をつかったが、威力が弱い……!


 そろそろ魔素切れか……⁉

 自然魔術は僕には使えないし……自前の魔素では限界がある……!

 撤退を考えはじめていた僕に、ヴァヴァヴァルマーデッドがぽんっと手渡された。


「ほれ、いつか言っていた秘蔵のヴァヴァヴァルマーデッド」


 羊角の魔族だ。


「は? なにをこんなときに……」

「魔素が切れかけてんだろ? それで補充しな。

 もうちょっとで仲間が追加分を持ってくるからよ」


 羊角の魔族はそう言って、斧を抱えて森の奥にずんずんと向かって行く。


「お、おい、どこに行くのだ……⁉」

「時間稼ぎが必要だろー? なんのために俺がいるんだって」

「なんのためにって」


 ……なんのためにだろう。

 どうして戦っているのだろう。

 村の人たちはなぜ文句を言わず、僕に従っているのだろうか。


「お前が貴族に逆らってくれてさ。すげースカッとしたんだわ」

「え?」

「俺だけじゃねーぞ。みんなそうだ。

 不満を持っていても、逆らうための力がなかったからよ」


 お前にはその力がある。

 彼はそんな風に僕を見ていた。


「デルタ嬢ちゃん、魔王さまの側にいてやんな」

「かしこまりました……」


 デルタが別れを告げるように頭を下げると、彼は森の奥に消えて行く。


 おい、戻ってこいよ。

 なにをしているんだよ。

 みんなで平和にのほほんと暮らせればそれでいいじゃないか!


 と、闇ネズミが貴族たちの情報を送ってきた。


 ――今宵の獣狩りは盛況だな。

 ――奴らも粘っていたようだが、ここまでのようだ。

 ――なかなかに楽しませてもらいましたな。ここからはいかに狩れるかが勝負ですぞ?


 ゲラゲラとした笑い声に、いびつな笑み。


 静かに、胸の炎がたぎっていく。


「……気に食わぬ気に食わぬ気に食わぬ」

「魔王さま……?」

「デルタ……我から片時も離れるなよ……」


 お前たちは狩られて当然だという顔が気に食わない。

 尊厳を踏みにじって当然だという顔が気に食わない。

 高貴な生まれを享受して当然……そんな顔が気に食わない!


 なにひとつ……気に食わないぞ……っ‼

 狩られる獣の恐怖……貴様たちにも味わわせてやる‼‼‼


獣の耳トゥ


 主言語はトゥ。

 裏言語で文字を結びつけていく。


獣の牙トゥ


 補助言語はクゥ。

 そうして繋げていくは根源的恐怖。


恐れよクゥ獣の目をトゥ恐れよクゥ極寒這いずる獣クゥトゥ飢えクゥを。飢えた獣はクゥ恐れをしらず。トゥ獣は臓腑トゥトゥに鉄が刺さろうともクゥトゥ飢えを満たすクゥトゥクゥ恐れは反転するクゥトゥ恐れはクゥ汝らの隣人となったトゥクゥ


 唱えよ!

 根源の魔術を‼‼‼


「――666の軍勢トゥ・ジェヴォーダン‼‼‼」


 僕の足元から、どぱーっと黒い影が溢れ出ていく。

 黒き狼たちの雄叫びがとどろいた。


 ※※※


 魔王御殿(奪った貴族の屋敷をデルタが改修した、それはそれはおどろおどろしい屋敷)の自室のベッドで、僕は身悶えていた。


 うぐおおおおおおおおおおお……‼‼

 術の反動で、身体がバラバラになりそうなほど痛いようう……‼‼‼


 こ、根源魔術……!

 あきらかに僕の魔素量を超えた術だった……!

 あんなもの放った時点で昏倒するか、干からびて死ぬぞ……?


 なのに僕は平気でいる。


 どこからあんな魔素をしぼりだせたんだ……?

 自前でも、自然元素でもない……。


 それに、僕の能力が全体的にあがっていた。


「…………ここではない世界の力を引きだした?」


 そんなことがありえるのか……?

 だが身体を引き裂くような反動と共に、なにかが重なったような感覚がある。

 まるで、もう一人の僕を次々に上乗せしているような……。


 根源魔術の真髄に触れていると、扉がノックされた。


「魔王さま、デルタでございます」

「うむ。入れ」


 僕はなにごともなかったように少女を入室させる。

 不安にさせたくなかった。


「魔王さま、お身体の調子はいかがでしょうか……?」

「ただの疲労だったようだ。一晩寝たらすぐに良くなったぞ」


 デルタは安心したように微笑む。

 それからツツツと僕の側に近寄って、ちょこんと椅子に座った。

 その手には報告書がまとまっていたので、僕は上半身を起こす。


「デルタ、状況は?」

「遠方の集落と連絡がとれました。ぜひとも参加したいと。

 様子を見ていた集落も、軍に参加すると確約してくれました」

「腹をくくったようだな」


 まあ、腹をくくったのは僕もですが。

 僕が思っていたよりずっとずっと魔族は不満を抱えていた。

 だから僕たちに戦える力があるとわかれば、こうして続々と集まってくるだろう。


 魔族連合軍の立ちあげだ。


 ニンゲンたちに比べれば規模は小さいが、これで嫌でも注目せざるを得ないだろう。

 ……この世界すべての者の問題にしてやる。


「はい。すべては魔王さまの名のもとに」

「うむ???」


 デルタの言葉がひっかかったので、報告書を一枚拝借する。

 報告書によると、魔王ガイデルの名のもとに他魔族へ招集をかけていた。


「デ、デルタ……こ、これ……これぇ⁉⁉⁉」

「魔王さまの名が轟きまくっておりますね」


 デルタはニコニコと微笑んでいる。


 いやいやいや⁉ 

 これじゃあ僕の御旗のもとに集った軍になるわけで⁉

 魔王軍になっちゃうじゃないか⁉⁉⁉


「――魔王さま。失礼いたします」


 仲間が部屋に入ってきて、僕とデルタを見るなり申し訳なさそうにする。


「失礼。奥方様とお過ごし中でしたか……ごゆるりと」

「うむ???」


 仲間が静かに扉を閉める。

 僕は説明を求める視線をデルタにやれば、少女は頬を染めていた。


「奥方? デルタ……どういうことだ……?」

「魔王さまはわたしと片時も離れたくないと……。

 しかし魔王さまは多忙の身。わたしだけが独占するわけにはいきません。

 ですので、せめてもと籍をいれておきました」


 どおりで! 

 仲間が生温かい視線で見ていたわけだよ⁉⁉⁉


 ※※※


 荒野に斃れた仲間たち。

 魔王軍はニンゲンに比べれば戦力が足りていない。

 魔王ガイデルさえ対処すれば他はどうとでもなると、聖騎士団が手薄の戦線を攻めてきたのだ。


「……気に食わぬ気に食わぬ気に食わぬ!」


 ニンゲンの聖騎士団に向かい、僕は叫ぶ。


 両者が力尽きるまで戦ったのなら納得できよう。

 だが奴らは力があるのにかかわらず魔素切れを狙い、防戦一方の仲間をなぶった。


 斃されて当然といった、その顔が気に食わない。

 裁かれて当然と決めつけた、その顔が気に食わない。

 仲間を弱者とあざ笑った、その顔が気に食わない……!


死者の髪トゥ


 根源から仲間たちが語りかけてくる。


死者の爪トゥ


 まだ我らは戦える。

 まだ我らは戦えたのだ、と。


死者を弔うはトゥトゥ尊厳の為クゥ死者を葬るはトゥトゥ離別の為トゥ彼岸の境界はクゥ死者の為にあらずトゥトゥ恐れを抱く者トゥトゥの為にあると知れトゥクゥクゥ恐れは反転するクゥトゥ恐れはクゥ汝らの隣人となったトゥクゥ


 唱えよ!

 根源の魔術を!


666の葬送トゥ・テジィウィジー‼‼‼」


 仲間たちが再び起きあがる。

 さあ、共に戦おう!


 ※※※


 魔王城(奪った城をデルタが改修した、それはそれはおどろおどろしい城)のテラスで、僕は見わたす限りの魔族から大歓声を浴びていた。


「まおうっさま! まおうっさま!」

「魔王ガイデルさまーーーー! あなた様の導きと共にーーーー!」

「まおうっさま! まおうっさま!」


 彼らの歓声に、デルタ仕立ての魔王衣装でいた僕は高笑いで応えてやった。


「クハハハハハハハハッ!」


 どうして? いったいなんでこんなことに???

 いやまあ反逆すると腹はくくったけども、全世界を巻きこんだ大反逆がしたかったわけじゃ……。


「見て! 魔王さまのいつもの高笑いよ!」

「この前も聖騎士団を返り討ちしたからな!」

「さすが魔王さまだ!」

「さすまおー! さすまおー!」


 もう笑うしかない……。


 僕の側では、デルタが後方正妻面でたたずんでいる。

 純粋すぎる少女の強烈な扇動力が、僕の根源魔術と組み合わさったことでとんでもない事態が起きてしまった。


 なにが怖いって、デルタはすべて僕の力で成し遂げたと思っているんですよ……。


「魔王さまの隣の少女はいったい誰なのだ?」

「知らぬのか? 魔王さまの奥方である、デルタさまだ」

「え⁉ だ、だってあんな少女……」

「魔王さまは自由恋愛推奨なのだよ……!」


 そんな雑談が、闇ネズミをとおして聞こえてきた。


 してないよ???

 節度あるお付き合い推奨派だよ???


 けれど正妻を否定すると、デルタがどこからか包丁を持ってくるし……。


 なんかね、僕が外交に向かうと、相手さんが気を遣うように小さな女の子を控えさせるんだ……。

 ふふっ、ふふふふふふ……。


「クハハハハハハハハハハハハハハハ!」


 僕はもう、笑うしかなかった。

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