第61話 魔王キ譚③

「偏屈ガイデルー、ちょっと畑の様子を見てくれやー」


 僕の名前を呼ぶ声がする。


 羊角の魔族が畑からこっちこいと手招きしていた。

 彼の紫色の肌は土で汚れていて、朝から精を出して働いていたようだ。


「貴様、魔界の貴公子に向かってなんたる物言いだ」

「自称だろ?」

「自称ではない! 我は本来なら魔王となる存在だったのだぞ!」

「はいはい。芝居がかった話し方なんかしなくても、村のみんなはお前が気のよい偏屈教師なのは知ってるって」

「探究者だ探究者! せめて根源魔術の探究者と呼べ!

 教師もお前らに頼まれて仕方なくやっておるだけだ……!

 まったく! なにがあったのか我に言うてみろ!」


 ほんとにもー、僕の【設定】にもうちょっと付き合ってくれてもいいのにさー。

 村の奴らめー、今に見ておれよー。


 いやまあ僕の恰好はどこにでいる村人だけども。


「どーも作物が元気ないみたいでよ」

「ふむ、どれ」


 僕はかがんで畑に指をいれる。

 地中に流れる魔素を探知してみた。


「……魔素の流れが悪いな。作物が育つための量が足りておらん」

「またか? 貧相すぎねーかこの土地」

「あとでまた魔素の原流を弄っておこう。

 多少はマシになるだろうが、大きく改善はせんぞ。ニンゲン用の作物を植えておけ」

「ニンゲン用か。腹の足しにはなるけどよぅ……」


 羊角の魔族は困ったように頭をかいた。


 魔素は、僕たち魔族が生きていくために必要なものだ。

 効率よく取りこむためにこうして農業をしているが、このあたりの土地は魔素が少なかった。


「しゃーねーか。ガイデル、調べてくれてありがとな。

 あとで秘蔵のヴァヴァヴァルマーデッドを持っていくからよ」

「いらぬ」

「いらないって……。お前、教師代も受けとってないんだろ?」

「ふんっ、我は血が滴る料理しか受けつけんのだ!

 教師をやっておるのも未来の配下を育てるため! 決して、お前たちのためではない!」


 ううー……秘蔵のヴァヴァヴァルマーデッド食べたいなー。

 でも今はどこも備蓄がきびしいし。


「……ぶははっ! ガイデルー。ガイデルー!」

「わ、我の背中を気安くバシバシ叩くでないわ!」

「この村のもんはみーんなお前のことが好きだからな!」

「はっ! お前らに好かれてもなんとも思わぬわ!

 せいぜい一生懸命に働いて飢えをしのぐがよい!」

「おー。そーさせてもらう。

 ……ただ、まあ、もう少しマシな土地に移住できたらなあ」


 羊角の魔族は村を見渡していた。


 ボロボロの家ばかりで、どこの畑もろくに作物が育っていない。

 貧相な土地なのはみんな知っているが、僕たちはここから移住することができなかった。


「…………仕方あるまい。我ら魔族は、女神サデリアの祝福をうけておらん。

 不浄なる存在は定められた大地で住むしかないのだ」

「わーってるけどよう」


 羊角の魔族は不服そうだ。


 気持ちはわかる。

 穢れをまとった魔族は、ニンゲンが定めた土地で、定められた数でしか住むことができない。勝手に移住などできるはずがなかった。

 ここが、どれだけ貧相な土地であっても。


 ……けれど、本当に僕たちは不浄な存在なのか?

 ボクが考えこんでいると、羊角の魔族が心配そうに声をかけてきた。


「どーした? ガイデル」

「……なんでもない。気にするな」

「おう? ああ、そうだ。子供が一人、村に移住してきたんだわ。

 村のみんなでも様子を見るが、ガイデルも気にかけてやってくれ」

「はあー? 魔界の貴公子たる我がなんで子供の面倒など!」

「子供に好かれやすいじゃないか」


 信頼の眼差しを向けてくるし。

 はいはいそれとなく気にかけますよーと、不満げな顔で応えてやった。


「……気が向けばな」

「おう! しっかり面倒みてくれるのはわかっているぜ!」


 ホントこの村の奴らはさー。


 ぶーたれながら、村はずれの自宅に帰ってくる。

 森に建てられた丸太づくりの家が、ボクの魔術工房だ。


 まあ生活感丸出しの小屋で、魔術工房だと言い張っているだけだが。


「く……茶葉が切れておる……。あとで摘んでおかねばな」


 お茶を飲みながら考えたかったが仕方ない。

 ボクはコップの水を呑みながら、テーブルいっぱいに紙を広げる。


 紙には、根源魔術の式が描かれていた。


 自前の魔素をつかった魔術でも、自然元素をつかった魔術でもない。

 まったく別の要因から発現される根源魔術。


 歴史でも使い手が稀であり、その原理はいまだ解明されていなかった。


「666、か」


 術式の起動にこの数字をもちいたら、魔術の値が安定したんだよなー。


 666。

 女神サデリアが怖れた数字だ。


 呪われた数字として文献に記述され、ニンゲンたちに忌み嫌われている数字がなぜか根源魔術にピタリとはまる。

 根源魔術そのものが魔族のための術かと考えたけど……。


「ニンゲンの使い手も過去に存在するのだしな……」


 おそらく数値ではない。

 数字そのものに要因がある。


 だが数字は、民族や文化によって意味が変わる。

 魔族にとって幸運の数字は1であるが、ニンゲンにとっては5だ。

 666の数字は、見る角度によって意味合いを変えるだろう。


 ……もっと根源的なものだろうか。


 種族問わず、各神話には巨人が常にあらわれる。

 遠く離れた種族であるのにかかわらず、まるでみんなで示し合わせたように巨人伝説は語り継がれていた。


 普遍的な概念・物語というものは存在する。

 それと同じように、666に普遍的な意味があるのだとしたら?


 そして、だ。


「トゥ」


 術式にもちいる言語は、最小数であるほうが良い反応を示した。

 魔術を唱えるための言語を組みあわせた『呪文』ではなく、一言語のみの組み合わせがなぜだか具合がいい。補助言語をもちいるときもそうだ。


 それがトゥ。

 トゥなあ……。

 言葉に意味はない。意味はないはずだけど……。


 僕が知らないだけで意味があるのだとしたら?

 なにかしらの感情が込められているのだとしたら?

 僕の知らない世界では、普遍的な意味を持つのだとしたら……?


 666。トゥ。

 そこにさらなる根源的な意味を持たせ、繋げることができればあるいは……。


「……新魔術が作れる、か?」


 まー、作ったところでなにかするわけでもなし。

 魔族の探究者なんて、ニンゲンにとって厄介者でしかないだろう。

 こっそり趣味で楽しむぐらいだなー。


「――――きったねぇんだよ、マゾクがー!」

「――くたばっちまえー!」


 ? なんだ?

 森の奥から子供の声が聞こえてくるぞ。


 窓から外をのぞいてみれば、魔族の小さな女の子が、ニンゲンのガキどもに追いかけ回されていた。


 おいおい……石まで投げてるじゃないか……。


「はああ……わざわざ魔族の土地にきておいて」


 僕はローブを羽織って、小走りで向かう。


 大樹の前では、魔族の小さな女の子が地面にふるえていた。

 今まさに、ニンゲンのガキどもに木の枝で殴られようとしている。


 まったく、やっかいごとには関わりたくないのだけど。


「貴様ら、なにをしておる‼」


 僕は、魔族の小さな女の子をかばうように立つ。

 ニンゲンのガキどもは腹立つ顔でにらんできた。


「あーん? なんだてめー? 魔族のおっさんがでしゃばんじゃねーぞ!」

「不浄なイキモノがー。けがれがうつるだろー」


 おっさん呼ばわりされるほど年を食ってないわい。

 かわいげのないガキどもだよ。

 存分に怖がってもらおうか。


「ふんっ……我は魔王! 魔王ガイデルである! 貴様ら人類の頂点に立つべき支配者よ!」


 あーんと顔をしかめたガキどもの尻に、僕は闇の炎を灯してやる。


「ひっ⁉」

「し、尻が燃えてる⁉⁉」

「み、水水水ーーーー⁉⁉⁉」

「お尻が燃えてるよううう!」


 ニンゲンのガキどもは涙目で逃げていく。

 火力は最低限にしぼっているが、追加でビビらせておくか。


「そぅれ、闇の炎だ」


 ガキどもの上空で、闇の炎をどどーん、どどごーんっ、どばばーんっ、と盛大にはじけさせておく。

 ニンゲンのガキどもはぎゃーぎゃーと泣きながら逃げていった。


「ここらは我が領域! 我が支配地である!

 ニンゲンどもが迂闊に立ち入ってよい場所ではないのだ!

 我の気分がよいので今日は見逃すが、次はないと思え!」


 これだけビビらせておけば、二度と魔族の土地に近寄ろうとは思わないだろう。

 僕がぱんぱんと手をはらっていると、強い視線を感じた。


「魔王……ガイデル、さま?」


 魔族の小さな女の子がボクをじーーーっと見つめている。

 角はとても禍々しい。将来は立派な魔族になりそうな子だ。


 見たことのない顔だな。

 ああ、そういえば子供が一人移住してくるんだっけ?


「うむ、我は魔王ガイデルである。怪我はないか?」

「……ございません」

「ならばよかった。さあ、今日はもう家に帰って大人しくしておれ。

 嫌なことがあってもぐっすりと寝れば、次の日には忘れておるぞ」


 僕はそう言って去ろうとしたのだが。

 ぐわしっ、とローブを掴まれた。


「魔王さま……」

「な、なんだ。どうしたのだ……?」


 少女はめちゃくちゃ強い眼差しで僕を見つめてくる。


 な、なんかこの子……妙に圧が強いというか……。

 迫力が………………。


「わたしはデルタともうします……」

「おお、そうか。デルタな? うむ。覚えたぞ」

「魔王さまに名を覚えてもらうなど、おそれおおいです……」


 デルタは、うっとりした表情で僕を見つめている。


 …………今すぐここから離れたほうがいい気がする。

 僕の生存本能がそう訴えてきていた。

 しかしデルタは掴んだローブを離してくれない。


「魔王さま……。あなたさまの支配地に足を踏みいれて申し訳ありません……」

「そ、そんなことは気にせずとよいぞ」

「ですが……」

「貴様はもう我が配下なのだ。配下なれば、我が領域にやってきても当然だ」

「わたしが魔王さまの配下……。よいのでしょうか……わたしなんかが……」

「い、今は支配地はここだけであるが、我はいずれ世界を手中におさめる。

 そうなれば配下も世界の支配者になるのだぞ。

 少女よ、我の配下であれば常に堂々としておれ」


 ボクがそこまで言うと、デルタはようやくローブを離してくれた。


「かしこまりました、魔王さま……」


 デルタは恭しく頭を下げる。

 なんだか取り返しのつかないことをしでかした気もするが、今はこの少女から離れたくて、僕は颯爽とかっこうをつけておいた。


「うむ! いずれ世界を暗黒に染めあげようぞ!」


 ※※※


 数日後。

 村の集会所に、僕と村人たちは集まっていた。


 村人たちの表情は誰も彼も暗い。


「ニンゲンの貴族が監査にくるってどういことだよ⁉」

「……なんでも、村に魔王なるものが潜伏している可能性がありだとよ」

「んなわけねーだろ! 絶対言いがかりをつけて土地を奪っていくぞ⁉」

「またかよ……。どうしてあいつらは……」

「土地を奪われなかったとしても……無理難題をふっかけてくるだろうな……」


 怒りや悲哀や諦めやら、負の感情が渦巻いている。


 先日の件が、ニンゲンのご貴族さまに伝わったらしい。

 子供の戯言だろうにやけに対応が早いのは、どうやら以前からこの土地に目をつけていたみたいだ。


 魔族にとっては貧相でも、ニンゲンにとっては実りの大地なときがある。

 魔族が開墾した土地をニンゲンが横からかっさらっていく。よくある話だ。

 そうして追いだされた先がマトモな土地とは限らない。


 ……僕が出ていけば、どうにか土地は奪われずにすむかな。

 僕がそう考えていると、小さな女の子の声が集会所でひびく。


「落ち着いてください」


 デルタだ。

 デルタはみんなの注目を集めながら立っている。


 そんな少女に、村長がたずねた。


「デルタ? どうしたのじゃ……?」

「土地が奪われることはありません」

「そんなのわからぬじゃろう……」

「貴族には『クタバレ、ニンゲンどもめ』と手紙をかえしておきました」

「ふぇっ⁉⁉⁉ デルタ⁉ なにをやっているんじゃ⁉」

「どうか慌てずに。なにも心配することはありません」


 面食らっている村人たちに、大口あけた僕。

 デルタだけが堂々とした態度でいて、たいへん心酔しきった表情で告げてきた。


「なぜならこの村には、魔王ガイデルさまがいらっしゃいます……!」


 僕に視線がいっせいに集まる。


 え??????????

 僕???????????????????????

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