第60話 魔王キ譚②

 ボクによく似た魔王ボクが立っている。

 見慣れたボクの部屋にあらわれた非日常な存在に、さっきまでの怒りを忘れて、呆けてしまった。


「言っておくが、我は虚像だ。お前とかなり深く重なったようなのでな。

 術をつかい、別次元より語りかけておる」


 魔王はボクを落ち着かせるように言った。

 ゆったりとした口調に冷静になってくる。


 魔王をよくよく観察してみれば、肌はうっすらと青白い。

 頭の角は本物みたいだし、衣装やアクセサリーは年季がはいっていた。


 人外のボク……それも、年上みたいだ。

 20後半ぐらい? あるいは30代か。


 わー、お茶しながら話したいなー。

 あ、でも虚像なんだっけ?


 って、違う‼‼‼

 魔王がボクに語りかけてきたときの反応はちゃんと考えていただろう……!


「くっ……この身体はボクのものだ……!

 悪しき存在には渡さないぞ……!」


 危ないところだった……!

 美味しいイベントをみすみすふいにするところだった……!

 必死に抗っているフリをしなければ……!


「ボクはボクだ! 絶対に魔王なんかに身体を渡さない……!」

「身体などいらぬぞ」

「え? ボクの身体……いらないの……?」

「見ているだけで十分楽しめておるのでな」

「世界を暗黒に染めあげるんじゃ……?

 じょ、条件次第だけど……ちょ、ちょっーーーとぐらい身体を貸していいかも……?」

「世界を暗黒に染めあげてどうするのだ」


 魔王は『そんなの大変そうじゃん』みたいな瞳でいた。


 ……なんか、ボクみたいな反応をするな。

 いや別次元のボクだけど。

 別次元で魔王やっているのならもっと魔王らしくさあ。


「なんでボクの前にあらわれてきたのさ……」

「面白いことになっているでな。より混沌に導こうと思ってのことよ」

「おおっ! 魔王っぽい!」

「うむ、我は魔王ガイデルである」


 魔王は得意げにうなずいた。

 ボクはそんな魔王をもちあげる。


「さすが魔王さまー、次元の壁を気軽に越えてくるー」

「あー……その手の反応は勘弁してもらいたいのだが……」


 魔王はどこかゲンナリして言った。

 まるで『さすまお。さすまお』と称賛されるのは飽き飽きしているよう。


 ……なんだかボクみたいな反応をするな。

 いや別次元のボクなんだけどな。


 っとー、闇に抗う感じを出しておかなきゃ。

 せっかく、もう一人の闇な自分があらわれたんだ。

 もったいないもったいない。


「魔王……! お前が別次元のボクだなんて認めない……!

 より混沌に導くだなんて……ボクにいったいなにをするつもりなんだ⁉ 

 そこんところ具体的に!」

「なーに、我の記憶を見せてやろうと思ってな」

「魔王の記憶……だと?」


 なにそれ見たい。

 ものっそい見たい‼‼‼


 見たいのだけれど……ホイホイ飛びついたら美味しいイベントが台無しになる!


「記憶……⁉ ま、まさか、ボクとの融合を進める気か⁉」


 ボクはちらちらと魔王の顔を見つめる。

 魔王はふうむと顎に手を置いたあと、不敵に微笑んだ。


「クククッ……どうであろうな?」


 あれ?

 ボクに合わせてきた?

 もしかして、魔王さま案外ノリがいい?

 

 ……ここはクスノさんムーブを試してみよう。


「魔王! お前の記憶なんて全然見たくないけれど……!

 無理やり記憶を見せてくるのであれば、ボクに抵抗する手段はない……!

 悔しい……! ボクに力がないのが悔しい!」

「クハハハハッ!

 脆弱なニンゲンよ! 我が混沌に染まるがいいわ!」


 魔王はそう言って、人差し指を妖しく光らせてきた。


 光に触れたらよいのだと思い、ボクは率先して頭をさしだす。

 魔王の指先がボクの額に触れて、そして、ぺかーっと強く光りだした。


「貴様の魂に、痛みと共に記憶を刻みこんでやろう‼‼‼」

「うわああああああああああああああああ!」


 ぜんぜん痛くないーーーーー!

 むしろ心地いいーーーーーー!


「ちなみに後遺症は特にないぞ!」

「なんてことだあああああああ!」


 そうしてボクは魔王の手によって、深い記憶の渦にひきずりこまれていく――

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