第59話 魔王キ譚①

 箱の中身はタブレット端末だった。


 メモ用紙も一緒に入っていて、端末の廃棄方法が書いてある。

 メモ用紙とメッセージカードは水に溶けるらしくて、『洗面台で流してね』とのことだ。


「……先輩?」


 ただごとじゃなさそうな気配。

 メッセージに書かれていた『ココア分』ってのは、貸し借りがどーだの言っていたやつかな。


 ちょいと深呼吸してから、姿勢を正す。

 そして、タブレット端末に指をふれた。


 スリープ設定だったようですぐに画面が明るくなる。


「これ……ボクか」


 フォルダ内にはボクの画像がたくさんある。動画もだ。

 ボクの行動範囲や選択しやすいルートについてのレポートがあった。 


 ほとんどは魔王なりきり時のファイルばかりだけど。

 昔の魔王衣装のモノもあるな。


 中学時代、手探りで魔王なりきりを遊んでいた姿がこうも赤裸々に監視されてるのは……かなり恥ずかしい……。


 まあ、レポートについては至極真面目だ。

 あっちはあくまで仕事としてやっている感に羞恥はうすれた。


 ボクが遊んでいた場所はセーフティ値が低いダンジョンなので、万が一を考えての増員要請を何度もしていたようだ。

 ボクの力があがるにつれて監視体制を強化したみたいだな。


「うーん……監視ファイルをボク自身の手で破棄しろってこと……?」


 よくわからん。

 統括報告書とやらにも目をとおしてみる。


「ボクが666シリーズを取ったぐらいの頃に、最重要監視対象に切りかえたみたいだ……。

 ステータスはボクが【正体隠し】をとった時点で記述を諦めた、と……。

 ああ、それでもSランク越えと断定されているや。……かなり危険視されたみたいだな」


 苦労して監視してきたからねぎらえー、とか?

 ないか。

 赤沢先輩、妙に律儀なところあったし。


 こんなものを渡されてどーすればいいのかと、統括報告書の備考に目をとおす。



【備考】

 次元同位体【特S】※該当ランクなしのため暫定

 最重要監視対象。

 監視・接触には細心の注意を払うように。



 そのわりには、赤沢先輩はうかつに接触してきたよなー。

 なにか意図があったのかなと考えながら、はたと気づく。


 次元同位体【特S】?


「…………特S?」


 特Sは、該当ランクなしだったための暫定らしい。

 ということは、他にもランクがあるってことだ。

 CとかBとかAランクとか?


「…………」


 ボクはタブレットを操作して、フォルダの階層を切りかえる。


 には――ボク以外の名前フォルダが、ずらりと表示されていた。


 えっと、2人、10人、30人。


「100人近くいる……?」


 赤沢先輩がボクに渡してきたタブレット端末。

 自分が思っているよりずっとアブナイ物だと察する。


 すぅーーーーはぁーーーーーーと大きく深呼吸した。

 動揺していた思考がクリアになる。


「…………ボクとアルマ以外にも、そりゃあいるか」


 ボクへの対処や監視体制は慣れているようだった。

 あたかも他の次元同位体で慣れているように。


 2人いるなら、他にもいる。

 他の次元同位体の可能性はちょっぴり考えたけども、ここまでとは思わなかったぞ……?


 ボクを重要監視対象にしたのは次元同位体だからじゃなくて、次元同位体の中でも特に変わった反応をしていたからか。


「見切りもするか……」


 ボクをすんなり見切ったのも、他にも次元同位体がいるからか。

 固執しなくてもいいわけだ。


「そういえば……甘城博士は『次元同位体との接触は基本的に許されていない』とか言っていたな……。ボクやアルマ以外のことも含めてか……。だから基本的にだなんて……」


 頭をがりがりと掻きながら、ボクはタブレットを操作した。


 聖ヴァレンシア学園の女子が画面に表示される。

 礼拝堂で懸命に祈っている姿ばかりだ。



【備考】

 次元同位体【E】

 別次元の自分を無意識的に感知。

 女神と誤認。発展性はなし。



 女神と信じて一生懸命に祈っている女子が、そう評価されていた。


 次は、黒森アカイック学校の男子だ。

 海賊みたいな恰好でダンジョン攻略している。



【備考】

 次元同位体【D】

 別次元の世界が、夢をとおして知覚。

 新世界が自分を呼んでいると誤認。発展性はなし。



 ここではないどこかを探している男子が、そう評価されていた。


 ボクは次元同位体なかまたちのフォルダを調べる。

 ランクはEやDが多かったけれど……彼らは別次元の自分と繋がっていることがわからずに誤認している。


 程度はある。

 けれど、みんな、どこか寂しげだ。


 ぽつんと一人でいる彼らは、ここにはいない誰かを信じ、ここではない世界を夢みた表情でいる。

 自分が何者かもわからず、周りと馴染めない日常がタブレット端末に収められていた。


 静かに、胸の炎がたぎっていく。


「…………次元同位体の存在を明かさないのは、リスクがあるからだよな」


 ボクは自分に言い聞かせるようにつぶやいた。


 未知の現象だ。

 こんな風に、きっちりと管理しなければいけないのだろう。


 ボクは目を細めながら、派手な髪色をした女子のフォルダを調べる。



【備考】

 次元同位体【B】

 標準世界と近似値世界の記憶・情報を保持。

 上層部判断により、接触のち情報提供者として次元断層第二研究所にて勤務。



「………………」


 胸の炎が燃えあがっていく。


 赤沢先輩がどうしてこの情報をボクに渡したのか、なんとなく察してきた。

 たしかにこれは、ボクには必要な情報だ。


「…………有益かどうか、選んでいるじゃあないか」


 ボクは唾棄するように言った。


 ボクをずっと監視していたくせに接触してこなかったのは、便利で使える人間かどうかも探っていたな……?

 トリガーが『怒りと反逆』とわかり、管理しづらいと見切りをつけたわけか。


 リスクに関してはボクも理解できるし、納得はした。


 だけど自分が次元同位体ともわからず、孤独を感じている人たちは放置か…………?

 彼らが便利で使える人間かどうかは、上が決めるってか……?


 血がたぎるように熱くて、目がチカチカする。

 痛いぐらいに拳を固めた。


「フェアじゃないだろうが……‼‼‼‼‼‼‼‼‼」

「――うむ。我もそう思うぞ」


 違和感。

 動画越しに聞いたような自分の声。

 いつもは重なって聞こえる声が、ボクの背後から聞こえた。


 ボクは慌ててふりかえる。

 姿


「よう、ボク。ようやく会えたな」


 魔王は不敵に微笑んでいた。

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