第57話 ずいぶん遠回りした二人

 研究所には職員用リラクゼーション施設がいくつがあるようで、森林浴に適した区画があった。


 木々が埋められた緑あふれる区画で、ボクはベンチに座る。

 隣には恐竜のぬいぐるみを着た、アルマが座っていた。


 今は頭部を脱いで、ツンとした表情でいる。


「小学5年生、11歳とのご結婚おめでとうございます」

「具体的に言うのやめよ…………?」

「ミコトさんは器量良しでございます。みそらさまのよき伴侶となるでしょう」

「婚姻は無効だって」


 年齢もあるけど、ボクがボンヤリしていた状態だったし。


 アルマにそれを伝えたのだが、彼女は不満そうだ。いやボクの誘導にみすみすひっかかった自分が許せないのだろう。


 だからか脇腹をツンツンと突いてくる。


「みそらさま、みそらさま、みそらさま」

「脇腹を突かないでって……いやもう好きにしてください」

「好きにして……よいのですか?」

「マジゴメン」


 アルマに好きにさせたら本当にどうなるかわからない。

 ボクが速攻で謝ると、アルマは片頬をふくらませていた。


「……はあ、元気そうで安心したよ」

「みそらさまは、すこし頬が瘦せたような……。

 きちんと食事をとられていますか? 

 みそらさまは油断なされるとすぐに体調を崩しますので」

「大丈夫大丈夫。快調そのもの。

 今だってヴァヴァヴァルマーデッドが食べたいぐらいだし」

「本当でございますかっ?」

「うん。だからまた今度作ってよ」

「それはもちろん……っ。

 いえ、そうですか……そこまで影響が……」


 アルマは嬉しそうに微笑み、すぐに申し訳なさそうな表情になった。

 以前なら喜んで前世料理を作ってきそうなのに、どこか一歩引いている。


 ボクが探るような視線をしたからか、アルマはちょっと眉根をひそめた。


「……みそらさまのメッセージに返信せず、申し訳ありませんでした」

「かまわないよ」

「かまわない、ですか………みそらさまはどうしていつも」

「それよりもアルマのことを教えてほしい」


 アルマがためらいがちに瞳を伏せる。黙るつもりだ。

 なので先手を打つ。


「ボクたちが次元同位体だって、いつから知っていたの?」


 アルマは口を閉じようとしたが、ボクの視線を前に逃げられないと察したようで、静かに告げてきた。


「出会ったときからでございます」

「……最初からなんだ」

「私自身は幼い頃より知っておりました。

 ただ、別次元のわたしの記憶があるだけで、わたしに特別な力があるわけではありません」


 記憶?

 ボクには、別次元の記憶なんてないぞ。


 たまに声が聞こえるぐらいだけど……。それとも、なにかしらの影響を受けていたのかな。

 前世料理が突然好きになったみたいに。


「アルマはその記憶が色濃いから『前世』と言ったの?」

「さようでございます」


 アルマは涼しげに答えた。


「みそらさま、わたしは別世界の記憶を映画のように思い出すことができます。

 そのため、別世界のわたしの影響を受けやすいのです」

「……遠くに引っ越すのもそれが理由?」

「最近は、別世界のわたしに意識が引っぱられ過ぎましたから……。

 トゴサカを離れ、遠い地で自分を見つめなおすことにしました。

 まったく、厄介な記憶です」


 アルマはいつもと変わりなく淡々としている。


 別世界の記憶にひっぱられすぎたから『前世』と口にしていた。

 そう言いたいらしいが。


「嘘だね」


 彼女の長いまつ毛が凛とゆれる。


「わたしは嘘など吐いておりません」

「アルマはその記憶をとても大事にしているよね?」

「……わたしのことなどわからないでしょう」

「わかる。ずっと見ていたし」


 アルマは息を吞む。


「だから嘘を吐いたのだって、アルマの顔を見ればわかるよ」


 アルマは口をぱくぱくと動かして、それから唇をきつく結ぶ。

 嬉しいような歯がゆいような複雑な表情でいたのだが。


 ぬっと、ぬいぐるみの頭部をかぶった。


「…………どうして、ぬいぐるみの頭をかぶったわけ?」

「急にかぶりたくなったのでございます」

「いやいやいや⁉ 

 どー考えても顔を見られないようにするためじゃん⁉

 嘘バレバレすぎるって!」

「みそらさまはわたしを嘘吐きにしたいようでございますね。ひどい人です」


 顔を隠したアルマは、ここぞとばかりに言い返してきた。


「ず、ずるいぞ⁉ 顔隠しはルール違反っ! 卑怯だからな⁉」

「そんなルールはありませんし、ルールであれば破るだけです」

「顔をだして話そ⁉ 顔をだしてさあ!」

「イヤでございます」

「イヤって……前々から思っていたけれど、魔王ボクにまあまあ反逆するよね……? 

 を通してくるよね……?」

「それはそれです。それはそれ」

「おのれえ……顔が見えないからと……!」


 ボクは頭部を脱がそうとしたが、アルマはイヤイヤと顔をふった。


 あまつさえ「手籠めにする気ですか……? 小学生では飽き足らなく」とまで言ってきたので、ボクはもう腹をくくることにした。


 ベンチから立ちあがり、アルマの前に立つ。

 どうしたのかと固まっていた彼女に告げる。


「アルマ、ボクに聞きたいことはない?」

「聞きたい……ことでございますか?」

「なんでも正直に答えるよ」


 怖かったとはいえ、ボクは魔王だと彼女に嘘を吐いた。

 前世の記憶があるとずっと演じつづけてきた。


 ボクには別次元の記憶なんて欠片もない。

 前世なんてこれっぽっちも信じていなかった。

 もし今アルマが思い悩んでいるのがそれが原因で……ボクと会うのを避けていたのだとしたら、もう正直に答えよう。


 この身がどうなろうと、だ。


「アルマがそうやって一人でいるのは……ボクが耐えられそうにないよ」


 ボクは表情がわからない彼女を見つめる。

 アルマはしばし躊躇していたのだが。


「…………みそらさま」


 立ちあがった彼女が、ボクに向かってくる。

 トン、とボクの胸に衝撃があった。


 さ、刺された⁉⁉⁉

 ついに出刃包丁がボクの胸に突き刺さったか……⁉⁉⁉

 うっ……ミコトちゃんの『だから言ったじゃない。いつか女の子に刺されるよ』って幻聴が聞こえてくる……‼‼‼


 いったいボクはどこで選択を間違えたんだ……!

 って……………………いや、痛くはないな。


「……みそらさま」


 ぬいぐるみの柔らかい手が、ボクの胸に添えられていた。


「アルマ……?」

「みそらさま……みそらさま……」


 アルマは愛おしそうにボクの名前を告げてくる。

 ボクにすべてをあずけるように身体を寄せてきて、抱きしめて欲しそうに密着してきた。


 取り乱したくなったけれど……。密着してもなおこの世界に一人とりのこされたような彼女を、ボクは優しく抱きしめる。


「…………ん」


 アルマの安心したような吐息が聞こえた。


 ボクの頬は熱いし、耳が痛いほど脈打っている。

 ぬいぐるみの頭部を外して、彼女の顔をどうしようもなく見たかったけれど、このままでいた。


「ズルイです……卑怯です……」

「……ボクはなんで責められているわけ?」

「なぜでしょうね……。

 みそらさま……いつか女の子に刺されないようお気をつけくださいね……?」

「ミコトちゃんにもそれ言われたよ……」

「ふふっ……。ですが……けれど……こんなにも優しいみそらさまだからこそ……。わたしには一人になる時間が必要なのです……」


 アルマは決意をあらたにするように言った。

 引っ越しをやめる気はないようだ。


 ……そんなに決意が固いのなら、ボクがとやかく言うわけにはいかないのかな。


「みそらさま……魔王軍はあなたのものでございます」

「アルマと一緒に育ててきたんだけど?」

「いいえ……あなたを慕い……あなたを求め……あなたに惹かれた者たちの居場所でございます……。

 魔活をつづけるかは、みそらさまのご意思にお任せしますが……。

 どうか、そのことを忘れないでくださいませ……」

「アルマの居場所でもあることを忘れないで」

「……かしこまりました、魔王さま」


 アルマは忠実なる配下であるのを思い出したようにそう告げたが、ボクからしばらく離れようとはしなかった。

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