第56話 地味男子、己を知る

 甘城ヒカリ博士の研究室に、ボクはお呼ばれされた。

 研究室、といっても住居も兼用しているようでキッチンのある部屋だ。


 部屋は思っていたより綺麗にされていて、棚に動物の骨が飾られている。

 魔物の骨かと思ったが、恐竜のぬいぐるみが大小揃っているところを見るに、恐竜の骨かもしれない。


 なにかの式が書きこまれた黒板前で、ボクたちは向かい合って座っていた。

 甘城博士は不健康そうな外見だが、若く見える。

 アルマのお母さんというより、年の離れたお姉さんといった容姿だ。


 そんな甘城博士がボクにたずねてくる。


「お、驚いたよね……?」

「は、はあ……まあ……」


 突然、研究室に連れてこられたわけだし。


「私……私生活は無頓着な人に見られがちなのか、部屋が汚いと思われているの……。

 こ、こんなに綺麗な部屋とは思わなかったでしょう」

「そこですか?」

「お手伝いさんが優秀なんだ」

「自分で掃除をやってないじゃないですか……」


 なんで得意げなんだろう。

 恰好からして変わっている人だけれど、とボクは恐竜パジャマを見る。


「こ、このパジャマが不思議?」

「不思議というか、妙といいますか」

「昼夜関係ない生活だからね……。

 い、いつでも寝られるようにパジャマを普段から着ているんだ……。

 そ、素材がいいから……毛布代わりになるんだよ」


 恐竜パジャマである必要性は???


 うーん、会話が微妙にズレてくるような。

 話しているとなんだか混乱してくる。

 本題にさくっと入ろう。


「それで甘城博士はボクになんの用件が?」

「? 私自身からは特にないよ」

「……あの、それじゃあなんで呼んだんですかね」

「研究所……それと、各上層部の総意を伝えるため。

 わ、私は、次元同位体との接触を基本的に許されてないからね。

 ちょ、ちょうどいい機会だし……会ってみたかったんだ」


 ただ会ってみたかっただけで、特に用はないってことか。


 ちょっと、掴みきれないところがある人だなあ。

 アルマ本人もマイペース人間なのに、変人やマイペースな人たちへの対応がやけに上手い理由がわかった気がする……。


「それで……その、総意ってのはなんなんです?」

「か、簡単に言えば次元君から手をひくことになった……。残念なことに」


 次元君。ボクのことか。

 しかしずいぶんとあっさりとしているな。


「今までさんざん監視していたのに、ボクを野放しですか?」

「の、野放しじゃないよ……。

 標準世界への影響を考えて、そうせざるを得ないと判断されただけ。残念なことに」

「……影響を考えるなら、余計におかしくないです?

 別世界の自分と繋がった人間を放置するわけですよ?」

「もったいないよね?

 標準世界で力を使っただけじゃなく、他の人間にも影響を及ぼしたのにね……。

 まだまだ検証しがいがあるのにー……。まあ、この研究所も国から援助してもらっている立場だから。残念なことに」


 残念なことにをめちゃ強調してくる。

 甘城博士個人としては不服なんだな。


 この決定が信用できなくて、ボクからつっこんで聞いてみる。


「力のトリガーのことはわかっているんですよね?」

「そ、そこだよ……」

「そこって? トリガーがなにか問題が?」

「ううん、次元君の性格だね……」


 甘城博士は気怠そうに言った。


「じ、次元君。君の人物評に目をとおさせてもらったが……『現実的で平穏を望む。社会に過度な期待や失望もせず、地に足をつけた考え方を好む』だと……。

 い、今のように力の危険性を自覚しつつたずねてきたし……まさにだね」

「それは……」

「き、君にとって魔王は、なりきりプレイでしかなかったわけだ」


 そりゃあまあ、魔王なりきりは趣味だ。

 国や社会相手にどーこーする気はない。


「じ、次元君一人では、社会を混乱に陥れることはしない」

「……そういう風に、ボクは判断されたんです?」

「そ、そうだ……。過激な思想を持っているわけでもなく、カルト団体に傾倒しているわけでもない……。

 変身願望は強くはあるが、あくまで趣味の範囲。

 ……どこにでもいる普通の男の子なわけだ」


 だからボクを放置しても状況は悪化しない。

 そう考えたようだけど……。


「ストレスなく過ごすなんてムリだと思いますけれど」

「次元君のトリガー……『怒りと反逆』のことだよね……。も、問題ないよ」

「問題ないって、さすがに呑気すぎません? ……ボクのことですけども」

「よ……よほど追いつめなければ、発現しないことはわかっている……。

 そ、それに、私が今からリスクを詳しく伝えるからね……。ざ、残念なことに」


 リスクの詳細?


 ボクが表情をこわばらせていると、甘城博士は黒板の式を眺めた。

 なにか期待していたような表情でいたが、退屈そうにため息を吐く。


「次元君の力ね。標準世界で使えば……他の人に影響を与えるよ」

「え……?」

「き、君と同じように、標準世界で力を使える者があらわれる。

 君のお母さんを研究所に泊めていたのは、そ、その調査のためでもある……。

 園井田クスノ、八蜘蛛ミコトにも影響がでたようだね……」


 ボクが標準世界で力をつかえば、ボクのように力をつかえるものがあらわれる。


 ……それは、どうなるのだろう。


 標準世界で力をつかえば楽しいかもしれない。

 超能力や、異能や、ファンタジーな能力が、現実のものになるんだ。

 ダンジョンに潜らなくても非日常な毎日がおとずれる。


 でもそれは、混沌カオスのおとずれでもある。


 人知を超えた力をもった者が、社会にどんな影響を及ぼす?

 世界はどう変革してしまう???

 そうなったとき、ボクに責任が負えるのか?????


「――リスクをきちんと認識できたようだね」


 甘城博士はボクを見透かしたように言った。

 なにか反論しようとも思ったけど、ボクは納得できてしまう。


「……ボクに二度と力を使うなと?」

「そ、そこまでは言わないよ……。

 な、長い人生だ。なにかあるかもしれないしね……。

 ただ、使わざるをえないときは……うまく立ち回って欲しい。そ、それが総意だよ」


 ボクの性格なら、リスクを伝えれば十分理解してくれる。

 そう判断したわけか。


 今まで監視してきた人たちが、ボクをいまさらフリーってのもどうにもおさまりが悪いが……。 


「じ、次元君が思うほど、この世界はヤワじゃないよ……」


 甘城博士はどこかつまらなそうに言った。


「いつ・どこで・どうやって枝分かれしたかわからない別次元の可能性……。

 か、かけ離れた次元の点が重なりあえば、新たなカオスの誕生であるはずなのに……。

 けっきょく、大きな変化はおとずれなかった……」

「それ、ボクのことです?」


 甘城博士はこくんとうなずく。


「わ、私は……人類が断層次元収束化現象をコントロールできるとは思っていないよ……」

「? 昔は危なかったらしいですけど……今は安定していますよね?」

「そう世界が修正したんだと考えている」

「世界が……?」


 要領を得ないボクに、甘城博士は告げる。


「あ、数多の可能性が繋がろうとも……この世界に歪みはおとずれていない……。

 否、虚数や矛盾を解消する形でダンジョンの法則が成り立ち、次元同位体という存在があらわれたのだろうね……。はあ……これじゃあ恐竜の時代がぜんぜんやってこないなあ……」

「最後なんて言いました?」


 甘城博士はなにも言ってませーんと首をふった。


 ……どうにも、アルマの母親なだけあってちょこちょこあやしい面があるというか、混沌勢のオーラを感じる。


「じ、次元君が派手に力を使わなければ大丈夫……」

「……」

「君が君であろうとすれば……魔王とは繋がらない。

 君が魔王として、世界を変えるなんてことはありえないさ……」

「……ボクがボクらしく」

「お、おめでとう、日常への回帰だね……」


 甘城博士はパチパチと乾いた拍手したあと、黒板の式を眺めた。

 もう、それしか興味がないように。


 この人にとって世界はここだけ。それで十分。そんな顔だ。

 孤独とはまた違う……アルマが距離を置いている原因がちょっとだけわかった気がする。


 はあ……ボクの状況はわかったし、理解もした。

 あとはアルマのことか。


「あの……甘城博士。アルマ……アルマさんのことなんですが」

「あ。そうそう。あの子、遠くに引っ越すことになったから……」

「はっ⁉⁉⁉」

「?」


 ボクの反応に、甘城博士は首をわずかにかたげた。

 

「それ最初に言ってくださいよ⁉⁉⁉」

「優先度高めだった……?」

「激高ですよ⁉⁉⁉ なんでそーなったんですか⁉」

「……総意で? 強制力はないし、あの子にきちんと確認はとったよ……。引っ越すけどいいかって。

 本人もいいって……」


 娘が遠くに引っ越すのに、甘城博士はさして問題なさそうだ。

 母娘の距離はかなりひらいているみたいだな……。


「……アルマさんは今どこにいるんです?」

「次元君が来るとわかって、どこかに行ったよ……」


 ぐ……っ、徹底して会わないつもりか……!

 仕方ない……この手は使いたくなかったが……!


「アルマ!」


 部屋いっぱいに響くように叫ぶ。


「ボク! ミコトちゃんの婚姻届に名前を書いちゃったから‼‼‼」


 いつのまにやら、ボクは婚姻届に名前を書いていたらしい。

 小学生がニコニコと見せびらかしきた婚姻届にはボクの名前が書かれていて、心臓が止まりかけたものだが、さらなる恐怖を味わうはめになる。


 ボクの首筋に、大鎌の刃が押し当てられていた。


「ご説明いただけますか……? みそらさま……」


 大きな恐竜のぬいぐるみが、ボクを背後から脅してきた。

 どうやらぬいぐるみになって聞き耳を立てていたらしい。


 さすがアルマだ。

 ボクの想像の斜め上のことをやってくる!


 そんなボクたちのいつもどおりのやりとりを、甘城博士は興味深そうに見つめていた。


「わーぉ……カオスだー……」

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