第54話 地味男子、魔王軍解散を考える

 魔活を終えて、いつものようにファミレスに集合する。

 コンビニのアルバイトを辞めて(というか店が閉鎖した)暇になったので、彼女たちと過ごす時間は増えていた。


 もうすぐ夜なので、少し早めの晩ご飯をとることに。


「アルマ、期間限定のグラタンだって」


 食の細いアルマだが、好物になると美味しそうにモクモク食べる。

 その姿を見るのは、結構好きだ。


 が、クスノさんとミコトちゃんのキョトン顔しか見られなかった。


「みそらおにーさん……。アルマおねーさんは、ここにいないよ?」

「大丈夫? また疲れてるの?」


 心配そうに顔をのぞきこんできたクスノさんに、ボクは首をふる。


「だ、大丈夫。疲れてはいないよ。……いつも側にいたから、つい」

「あー。あの子、みそら君の家にも押しかけるものねー」


 クスノさんもだよ?


 そう言いたいが、クスノさんはボクの幼馴染ポジションを手に入れてしまった。

 ツッコミをいれたところで、幼馴染として当然の権利を主張されてしまう。


「……そういえばクスノさんは、アルマのお母さんが甘城博士だってのは知ってたの?」

「もちろん。あの子とは因縁関係だったわけだし、知っていたわ」

「アルマの前世発言は……なにかの実験だったとか考えなかった?」


 クスノさんは少し難しそうな表情をする。


「なにかの実験……? 娘を使って研究所がなにか企んでいたってこと?」

「う、うん……ボクの考えすぎかもしれないけれど……」

「ないわ」


 クスノさんは言いきった。


「即答だね」

「……あの子はご両親と距離を置いていたようだしね。

 母親は研究で忙しくて、父親はトゴサカ開発局のお偉いさん。色々あったと思うわ」


 これ以上は家庭の事情ねと、クスノさんは言った。


 アルマの父親、トゴサカ開発局のお偉いさんだったんだ。

 やっぱり、娘の状態を知らないってことはないと思う。

 なにかしらの意図があって放置していたと考えるのは邪推かなあ。


 放置といえば、今日の魔活もだ。

 ボクが魔王らしくいることは問題ないのか、どの組織からも口出しされないんだよな。


 ……そもそも、魔活はアルマが望んだこと。

 彼女が望むならつづけたいが、もし必要なくなったと言ってきたら?


 魔王なりきりはボクの趣味だけど、世界に名前を轟かせたいとか、世界を暗黒に染めあげるとかそういったガチ思想はない。


 ボク自身は、なりきりプレイを一人で細々とつづければそれでいい。

 なのだけど……うーん……。


 ボクは深く考えこんでしまう。


「みそらおにーさん? ミコト、メニュー見ていい?

 ……反応がない。ただのミコトのお婿さんのようだ」

「魔王もみそら君もボンヤリしているわねー」

「……よーし。みそらおにーさん、ここにお名前を書いてねー」

「ミコト……それ、婚姻届?」

「そーだよー。こんなときのために持ち歩いてるのー」

「どんなときのためよ……」

「うんうん、そこそこー。そこにお名前を書くのー。

 ミコトが手を添えてあげるからー。はーい、上手に書けたねー」

「相手の意思がない状態での契約は、無効扱いになるわよ?」

「つまりー、意思があったと認めさせればいいんだよねー? 

 あ、クスノおねーさんも書いておく? 予備分あるよー」

「んー、念のため……」


 とっー、ボンヤリしすぎたー。

 なにかに名前を書いていたような???


「ごめんごめん、ボンヤリしすぎていた。なんの話?」


 ボクが二人に視線をやると、アハハと示し合わせたように笑っている。

 ボク、なんかやっちゃいました……?


 気になるが答えてくれる気はなさそうだ。

 だったらちょっと、他のことをたずねてみようかな。


「あのさ、二人共。もし……もしさ。魔王が世界を暗黒に染めあげるのをやめて、隠居すると言いだしたらどうする?」


 ボクの問いかけに、二人は瞳をパチクリさせた。

 ボクが魔王であることを知っているミコトちゃんは、質問の意図をよくわかったようで、さらりと答える。


「魔王さまが軍を解散しても特に変わらないかなー。

 ミコト、みそらおにーさんが心配でついてきただけだから」


 ミコトちゃんは、ボクがどんな選択をしても変わらずいてくれるらしい。


 だったらクスノさんはどうだろう。

 彼女の目的は魔王の正体を暴くことだったが、ボクが魔活をやめてしまえば魔王と会う機会はなくなってしまう。


「あたしは……いつもの生活に戻るだけかな」


 クスノさんは冷静に告げた。


「いつものって、聖ヴァレンシア学園執行部の日常?」

「それもあるけれど……。あたしは元々この日本には、神職者がダンジョン化現象にどう向き合うべきか学ぶためにきたわけだから、学業に専念すると思う」

「……それは魔王を見逃すってこと?」


 すこしイヤな言い方になるが、たしかめておきたかった。


「彼が何者か結局わからないままなのは悔しいけれど……。

 このままアルマも戻ってこなくて、魔王がなにもせず去るのなら……追わないわ」


 クスノさんも、この魔活はアルマが核になっていたと感じていたようだ。


 魔王を信奉する人が増えてきたけれど……。

 事態がふくれあがっていく前に……魔王軍の解散を考えていいのかも。


 ボクはそう考えていたのだが。


「……クスノさん?」

「? どうしたの、みそらくん」


 どうしたのって、手がふるえてない???

 なにかを我慢するような……禁断症状がでているような……。


 ま、まさか……。

 魔活の終わりを考えてしまい、耐えられなくなったとか⁉⁉⁉


「あら……? どうして、あたしの手がふるえているの……?」


 クスノさんも動揺しているようだ。

 そんなクスノさんの手を、ミコトちゃんがにぎりしめる。


「クスノおねーさん……立ちなおろう?」

「ミコト? 立ちなおるってなに???」

「クスノおねーさんにはお世話になっているもん。

 力にならせて……? ね? 

 もし魔活が終わっても……ミコト、側にいるから……」


 神妙なミコトちゃんに、クスノさんは混乱している。


「ちょ、ちょっとなによ……。

 あたしが魔活が終わるのが耐えられないような言い方……。そんな、そんな……」


 彼女を変えた責任、とか。

 ひらいてしまった扉をとじる義務、とか。


 彼女への申し訳なさから、ボクもクスノさんの手をにぎりしめる。


「クスノさん……立ちなおるまでボクも一緒にいるよ……」

「み、みそら君までなにを⁉」

「一生付き合うつもりでいるから……!」

「い、一生⁉ そ、そーなんだ? 一生かあー。えへへー」


 どこかしまりのないクスノさんの表情に、ボクは涙ぐむ。


 突然、魔活は打ち切ったらなにが起きるかわからないな。

 まだしばらくつづけたほうがいいね……。


 ※※※


 二人と別れて、ボクは帰路につく。

 あいかわらずボクの頭はボンヤリとしたままだ。


 ……せめてアルマと会話できたらなー。

 母さんにたずねても、アルマから口止めされているみたいだし。


 メッセージには相変わらず返事がなくて、代わりに母さんからメッセージが届いていた。


『もう大丈夫だってー。今日お家に帰るねー』


 母さん、帰ってくるんだ⁉

 追加メッセージでは、すでに帰宅している模様。


 ボクは自宅マンションに駆けて行く。


 帰ってくるのは喜ばしいし、家でならアルマのことが聞けると思ったのだ。

 ただ、たずねたいことは置いて、今日は帰ってきた母さんを労わろう。


 このときはそう……思っていたんだ……。


 そうして帰宅したボクは、玄関扉を勢いよくあける。


「ただい……まっ⁉⁉⁉」

「おかえりなさいー、みそら君ー」

「……………………………………なんでぇ?」


 そう、たずねるしかなかった。


 玄関で出迎えてくれた母さんは、スク水エプロン姿だった――

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