第53話 地味男子、魔活に気合がはいらない

 アルマと会えないまま数日がすぎる。


 彼女がいないなら魔活をする必要はないのだけれど、なんとなくそうすることが今は正しいように思えて、ボクは今日も魔王になっていた。


 黄昏のコロシアムダンジョン。

 メイン闘技場で、ボクは炎の椅子に腰かけていた。


 側には仮面少女MOミコトちゃんと、クスノさんがいる。

 仮面少女MOはステータス画面をひらき、配信画面でポチポチと操作中。アルマの配信チャンネルの運営は、少女が行っていた。

 元々個人配信をやっていたから手慣れたものだなー。


「はぁ……」


 ボクは頬杖つき、溜息を吐いた。


『魔王さま、黄昏てらっしゃるわ』

『魔王さまも黄昏センチタメルになるのね』

『やはりアルマさま不在がひびいておるようだ。

 彼女は常に魔王さまを支えつづけておったからな……』

『アルマさまがそうのように、魔王さまにもアルマさまが必要なのだろう』


 ……どうも、ボンヤリとする。

 魔王なりきり中なのに心がポッカリしているというか……。

 配信チャットも気にならないな。


 場の雰囲気に気圧されているのかなと、コロシアムの観客席を見つめた。


 ローブの集団やら、瞳が死んでいる集団やら、おどろおどろしい防具を纏った人たちやら。

 物騒な人たちが集まっていた。


「魔王さまー……我らが闇の主ー……」

「世界を暗黒に染めあげてくださいませー……」


 怖い………………。

 画面越しでは我慢できなくなった闇の住人が、トゴサカに引っ越してきたみたいで、最近はこうして直接観戦するようになっていた。


 しかも聖歌隊ならぬ、魔歌隊までもいたりする。


「さーすまお♪」

「「「さーすまお♪」」」

「さすまーお、さすまーお、さすーまーおー♪」

「「「さすまーお、さすまーお、さすーまーおー♪」」」


 ちょっと馬鹿にしてない?????


 うう……闇の眼差しをひしひしと感じる……。

 いつもならアルマが合間に入ってくれて、うまーく彼らをさばいてくれるのだけれど……。


 最近は、こうしてホームグラウンドな空気ができあがる。

 だからか魔王ボクへの挑戦者は極端に減った。


 しかしその分、変人濃度は跳ねあがっていた。


 スタジアム中央では、男装の麗人が威風堂々と立っている。


「誰が呼んだか世界の勇者! 天呼ぶ? 地呼ぶ? 

 いいや、僕こそが僕を呼ぶ! 

 絶対的未来勇者‼‼‼ 立花・W・マリア! さあ、君も勇者にならないかい⁉」


 頭が理解を拒みたくなる人がまたきたよ……。


 立花さんはアウェイであっても余裕の笑みをたたえている。

 有名な人かなと仮面少女MOに視線をやるが、少女はわかんなーいとかぶりをふった。


 代わりにクスノさんが答える。


「立花・W・マリア……まさかあの人がくるなんてね」

「知っているのか、園井田クスノ」

「勇者協会北欧支部で有名な人よ。

 どんな人間であっても勇者の素質があると信じているの。

 曲がった根性を叩きなおして勇者に変えてみせる……光の人間ね」


 つまり、クスノさんのような人……!


 しかも北欧支部ってもしや海を渡ってきたのか?

 まさかこれから世界中の独特な人たちを相手しなきゃいけないのかなあと不安になっていると、立花さんがボクを指さした。


「魔王! 世界勇者立花・W・マリアが君を勇者に――」

セン


 指先から光線状の炎をずきゅーーーんと飛ばす。

 牽制の一発が立花さんを大きくかすめ、背後の地面が大きくえぐれた。


 これで逃げてくれると楽できそーだけど、ダメかー。


『セン⁉ どういうことだ⁉ 魔王さまの技名が普通だぞ⁉』

『いつものようにユニークな技名ではないわ⁉』

『なにかの前触れだろうか⁉⁉⁉』

『古文書を読み解いてみるっ‼‼‼ 大災害の前触れかもしれぬ‼』


 ん。技名がおざなりになってしまったかな。

 いけないいけない。魔王なりきりはボクのこだわりであり矜持だ。


 でも……ぜんぜん気合がはいらないなあ……。


「魔王! 今の技で倒さなかったのは、あたしに戦わせるつもりなのでしょ⁉」


 クスノさんに話しかけられても、生返事で答えてしまう。


「うむ……」

「光と光と争わせることで見世物にして、闇の勢力を喜ばせる……! 

 最低! いかにも魔王が考えそうなことね!」

「うむ……」

「あたしに期待するのは血で血を洗うような……凄惨な戦い! そうなのでしょ⁉」

「うむ……」

「……ちょっと、話を聞いている?」

「うむ……」

「…………場がこれだけ盛りあがっているなら、過剰なぐらい期待に応えよって命令よね? ね? 

 勇者協会の人と一度戦いたかったなんて全然ないわよ、もちろん」

「うむ?」


 いけない。ちょっとボーッとしていた。


 クスノさんの瞳はいつになく輝いている。

 どうしたのかなとボクが首をかたげていると、仮面少女MOが耳打ちしてきた。


(……クスノおねーさん、血で血を洗うような死闘をするつもりだよー?)

(な、なぜ⁉)

(まおーさまがボンヤリしているうちに、そういう流れになっちゃったの)

(ええ……)

(しっかりしなきゃ。ミコト的には楽しそーでいいけどねー)


 仮面の下でニッコリと笑っている少女が容易に想像できた。


 しっかりか。

 アルマがいると場がひきしまるからなあ。


 以前『みそらさま。吞気な方だとは承知しておりますが、しめるときはしめなければ』と苦言を呈されたこともあったな。


 ボクは呑気な性格じゃないぞと言うように、クスノさんに告げる。


「園井田クスノよ。

 魔王軍配下として、皆に見られていることを意識して働くのだぞ」


 節度ある戦いをしてね、と言いたかったのだが。

 言葉が足らな過ぎたみたいだ。


「ぁ」


 仮面少女MOはそうもらす。

 クスノさんはわなわなと身体をふるわせて、白い箒みたいな魔法銃マジックガンをかまえる。


「ふふっ……! そう? 

 そう命令されちゃあ、この『矯正ギルティ修正ギルティ反省ギルティ』が火を吹くしかないわね……! ちょうど調整したばかりだったのよ!」


 そのマジックガン、そんな名前だったんだ……。


『ひゃっはああああああああああ! クスノちゃんの残虐タイムだーーーー!』

『クスノちゃん、闇に屈しないでー! 光同士で争わないでー!』

『ククク! 光同士の争いを指をくわえて眺めているがよいわ!』

『ねえ、クスノちゃんやっぱり狩りを楽しんでるよね?』

『考えるな! 今を全力で楽しむんだ!』


 クスノさんは期待に応えてみせると言いたげにニヤリと微笑む。

 そして、スタジアムの中央に踊りでた。


「あたしが相手よ! 立花・W・マリア!」

「君……魔王の命令に従っているようで、実は楽しんでいないかい?」

「そんなわけないじゃない!

 あなた、目が腐っているの⁉」

「まったく、やれやれだね。

 そのねじ曲がった性根を叩きなおして、僕が理想の勇者さまに育ててあげるよ!」

「その傲慢さ! あなた、光のようで実は闇のニンゲンね!」

「な、なんだとぅ⁉ 失礼な奴だな! 

 この勇者叩きなおし棒でボッコボコに勇者にしてやろうじゃないか!」


 光にはマトモな人材がいないの???

 いや人はだれしも闇を抱えているわけで……うーむ……。


 そうして、光(?)と光(?)の戦いがはじまる。

 実力は拮抗していて、一方的な残虐ファイトになることはなかったのだが。

 接戦を制したクスノさんが、夕日を背景に獣のように吠えたので、以後彼女は『トワイライトビースト』と呼ばれるようになったとか、なんとか。

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