第50話 次元同位体②

お前貴様たち、こうべを垂れよ。魔王の御前であるぞ」


 ボクの気迫に負けたか、あるいは想定していたのか。

 頭領は表情を変えず、部下に指示をした。


「散開」


 同時に、ふっと家の照明が消える。

 頭領も部下たちも、部屋から煙のように消えていた。


 ボクが反抗することも想定済みか。こりゃあ色々仕込んでいるな。

 ボクはステータス画面をひらく。


 NAME/鴎外みそら

 HP/MP 6666/6666


 物力パワー S

 魔力マジック S

 速度スピード S

 器用デクステリティ S

 体力タフネス S

 抗魔レジスト S

 特別スペシャル S


 以前より標準世界でのステータスがあがっている。

 おそらく、ボクと深く重なったからだと思う。このステータスなら母さんを抱えて強行突破……は、どれだけ負担になるかわからないか。


「ちゅーちゅー」

「やあ、ちゅー太郎。夜遅くにごめんね」


 スキル【影の鼠】であり、ボクのマイベストフレンド。

 ちゅー太郎が足元で『なんぞ仕事か?』と瞳で訴えかけていた。


「赤沢先輩、頭領がクスノさんたちを人質にとることは?」

「園井田さんは事情をよく知らないし、発信力のある人だから手を出すことはしないよ。八蜘蛛さんは子供だしさすがに……。

 うーん、でも頭領が目的優先のときはわかんないなー」

「わかりました。ちゅー太郎、二人に危機を伝えてくれるかな?

 クスノさんにはバレないようにね」


 ちゅー太郎に触れて、情報を伝える。

 すると「ちゅー」と鳴いて、一目散に部屋から飛び出て行った。


「それじゃあ赤沢先輩」

「……なんでしょー」

「母さんとアルマの護衛をお願いしますね。

 騙していた分、しっかり働いてもらいますよ」


 ボクはにっこりと笑ってやった。

 そこまで圧を与えたつもりはなかったのだけど、先輩は畏れ多いように頭を下げた。


「おおせのままに。魔王さま」


 ノリノリか。

 とりあえずアルマたちを背後に控えさせて、ボクは部屋を出る。


 家周辺の照明はすべて切ったようだ。

 わずかな月の光だけで視界はろくに確保できない。


 今日は満月でよかったなあと呑気したボクに、ヒュンヒュンとなにかが飛んでくる。


 閃光弾。

 あるいは煙幕弾か。


 ボクは飛んできた缶らしきものをつかんで、そのまま握りしめてやる。

 ボンッと、手のなかでわずかな振動があった。


「魔王に小細工が通用すると思うなよ」

「う、うそぉ⁉⁉⁉」


 声のした方角に、くしゃくしゃになった金属片を勢いよく投げつける。

 闇のなかで「ぐえぇ」とうめく声が聞こえた。


 この様子だと、奇襲中心に攻めてくるかな。

 今ので力の差はわかっただろうし、そうそう攻めてこないと思うけれど、なにをしてくるかわからない面倒さはある。


 クスノさんたちにはボクを追いかけないよう言ったほうがいいかな。


 一階に降りたボクは、クスノさんの寝室に向かおうとしたが、バーーーーンッと扉がぶち破られて、ダンキョーの人が廊下にふっ飛ばされてくる。


 すぐに、パジャマ姿のクスノさんがあらわれた。


「みそら君……⁉ それにお義母かあさま!」


 クスノさんは驚いたように目を見開く。


「こ、こんばんは、クスノさん。

 あ、あのさ、事情を話すとちょっと長くなるんだけど……」

「みそら君……! やっぱり正夢だったのね!」

「へ?」

「みそら君たちが、ダンキョーの人たちに追いつめられる夢をみたのよ……!

 これは幼なじみセンサーが危急を告げているんだって飛び起きたら、寝室に妙な気配を感じるじゃない!

 幼なじみセンサーがこれは叩きのめすべきだって!」


 や、それ、ちゅー太郎のおかげ……。

 そんなことも知らないクスノさんは力強い笑みを向けてくる。


「幼なじみの直感が囁いてくる……お義母さまを助けるのよね⁉

 今、調

 ここで暴れてダンキョーの人たちをおびき寄せるわ!」


 幼なじみの絆がより増していないとか、とか。

 クスノさんも標準世界で力を発揮していない、とか。

 もしかしてお義母さまって言ってない、とか。


 諸々言いたいの抑えて、注意する。


「……相手、一応国家権力だからね」

「でも一般市民に力を行使してきたわけでしょう⁉

 みそら君のために監視だのなんだの言っておいて、ひどい裏切りだわ!

 あたし、裏切りとか騙すとかが一番許せないの!」


 ぶっ殺してやると、クスノさんの瞳がギラついている。

 魔王ボクは笑顔をひきつらせながら告げた。


「ク、クスノさん! ここは任せていいかな!」

「もちろんよ! 幼なじみを信じてちょうだい!」


 頼りにはなるけれどダンキョーより色んな意味で怖いクスノさんから、ボクは慌てて逃げていく。


 中庭に踊りでたボクたちは、次の行き先を考えた。


「みそらさま、通りに向かいますか?」

「人目は避けて、裏の森から研究所に向かおう。

 アルマは最短ルートを探して」


 塀を前蹴りでバコーンッとぶち壊して、森に突入する。


 満月でもさすがに森は暗い。

 彼らが隠れるのはもってこいかもしれないが、こっちだって力を使えるからな。


 そう迎撃するつもりでいたが、叫び声がいたるところから聞こえてきた。


「ぎゃー⁉」「ふえええー⁉⁉」「い、糸が……⁉」


 いったいどうしたのかとボクは身構える。


 すると木々の隙間から、つつつーと大きな蜘蛛が降りてきた。

 いや蜘蛛じゃない。

 蜘蛛柄パジャマ姿のミコトちゃんだ。


「みそらおにーさん、大変そーだねー?

 ちゅー太郎からだいたい聞いたよー」


 ミコトちゃんは楽しそうにニマニマ笑っている。


「……この叫び声はミコトちゃんのおかげかな?」

「うん。身体の調子が変に良かったし。

 もしかしてで、ステータス画面がひらけたからさ。

 こっちでも魔糸ましが使えるみたいだねー。あ、そうそうダンキョーが設置したカメラやセンサー類はあらかた潰しておいたよー」

「……カメラやセンサーの場所、知っていたの?」

「いつか逆らうだろうと思ってね。

 大人しくしながら探りをいれていました。えへん」


 ミコトちゃんは妖艶に微笑んだ。

 アルマに次いで大人しいなと思っていたけども……。


「みそらおにーさんの敵はミコトの敵だもん」

「相手、国家権力だからね」

「ミコトは魔王軍だよ? 近くの次元の裂け目の情報と、研究所までの最短ルートをちゅー太郎に伝えておいたから。

 それじゃあ魔王軍のためにがんばってきまーす」


 スパイダーミコトちゃんはヒュッと糸をひっぱって、森深くに消えていく。


 すごいなあ……最初から逆らう気満々だったじゃん……。

 その準備を進めていたじゃん……。


「ミコトさんも魔王配下として自覚が芽生えたようですね。良きことです」


 アルマはそう言うし、赤沢先輩は「さすまおさすまお」と適当にのってくるし。


 マジで世界相手に喧嘩を売るはめにならないよね……?

 ならないよね…………?


 ぞわりと背筋に恐怖がはしったが、ボクは頭をふる。

 ちゅー太郎が帰還したので情報を伝えてもらい、ボクたちは森を駆けていき、そして次元の裂け目に突入する。


 裂け目を超えると、寂れた遊園地があった。


 夕暮れの遊園地ダンジョンだ。

 錆びだらけのジェットコースターに、窓が朽ちた観覧車。草木が生えたコーヒーカップの乗り物に、頭のない馬だらけのメリーゴーランド。


 物寂しさを越えて、うすら寒さも覚えるダンジョンだったが。

 そこに、頭領たちが待ち構えていた。


「予想通りね」


 想定内だといわんばかりに頭領は無表情でいる。

 スーツ姿の部下は40名ほど……遊園地内に潜んでいる人数を考えたらもっといるかな。


「……次元境界内で、魔王に勝てるとでも思っているのか」


 ステータスSSSランクの魔王だぞと圧を与える。

 しかし頭領は『だからなにか?』と瞳をかえしてきた。


「勝てないわ。でも戦いようはある。

 ここはね、セーフティー値がとても高いダンジョンなの。

 ダンジョンコアを固定しておいて、八蜘蛛ミコトにしか見えない次元の裂け目も放置していた理由がわかる?」

「誘導か」

「ご明察。賢い子ね」


 馬鹿な子供をみるような目つきのくせに、白々しい。


「貴方の仲間まで標準世界で力を使えたのは予想外だっだけれど……。

 だからこそ、通すわけにはいかない」

「ふん……ヴァレンシア戦を観なかったのか?」

「観たわ。あの獰猛な狼でしょう? 好きに使えばいい。

 けれど私たちはヴァレンシアのような子供じゃない。

 そう簡単に心が折れる鍛え方はしていないの」


 セーフティー値が高いダンジョンなら痛覚ダメージはほほぼない。

 リスポーンの恐怖も慣れきっています、そんな言い方だ。


「貴方も泥試合で悪戯に時間を消化したくはないでしょ?

 子供でもそれぐらいの計算はできるわよね。言っておくけど、魔王の術やスキルはこっちでも把握しているから」


 頭領が部下たちに目で指示を出している。

 寂れた遊園地のあちこちで人影が動いた。罠もさんざん仕込んでいるみたいだな。


 魔王対策なんてきちんとしています。

 そんな大人な態度を、ボクは笑ってやった。


「…………クハハハハハハハ!」


 伊達メガネを外して、地面に捨てる。

 アルマに目配せすると、彼女はこくんとうなずいて、母さんを抱っこしながら赤沢先輩と一緒にボクから少しずつ離れていく。


「……笑えるところがあったかしら?」

「自分たちは生まれてからずっと大人だと言いたげな顔だから、ついな」


 ゴウッ、とボクの足元から闇の炎が巻き起こる。

 ボクは髪をかきあげながら闇の炎でローブを作っていき、ついでに疑似的な角も生やしておく。

 緊急用魔王ファッションだが、なにもないよりマシだ。


「こんなときでも魔王ごっことは筋金入りね」


 馬鹿にした口調のくせに、場の空気は緊張感が増している。


「貴様はごっこ遊びすらしなかったのか?」

「さあ? 昔のことだし、忘れてしまったわ」

「ふんっ、気に食わぬ気に食わぬ気に食わぬ」

「だから?」

「人は誰しも子供だったろうが」


 これは、ただの弱体技。

 けれど、それ以上のことが今ならできると魔王ボクはわかっていた。


小人の瞳トゥ


 ボクは重々しく唱える。


小人の声トゥ


 頭領の周りにいた部下たちが、遊園地に散らばっていく。

 ボクが666シリーズを唱えはじめたときの対策もしているようだ。


小人に語るは影の魔物トゥトゥクゥ小人に囁くはトゥトゥ底なしの悪意クゥクゥしかし小人はトゥクゥいまだ恐れをしらずクゥトゥ影の魔物はクゥ誰が嘯いたものかトゥトゥクゥ恐れは反転するクゥトゥ恐れはクゥ汝らの隣人となったトゥクゥ」 


 頭領は慌てふためく気配はない。

 ボクの術など窮地でもなんでもない。今までもっと恐ろしい目にあってきたといわんばかりに立っている。


 自分一人だけの力で成長してきた。

 そんな気に食わないつらだ。


 ――わだちをふりかえることすら忘れたようだな?



666の望郷トゥ・ハインメルヒン



 ボクを中心にして、影がぶわーっと一気に広がる。


 夕暮れの遊園地は、またたくまに真夜中になった。

 けれど獰猛な狼も、蠢く剥製もあらわれない。


 しばし、ゆるーい空気が流れたあと、ザワめきがだんだん大きくなってきた。


「と、頭領‼ 頭領ぅ‼‼‼」


 部下に詰めよられても、頭領はボクから視線を離さない。


「落ち着きなさい。ダンジョンのセーフティー値をすぐに確認して。

 問題がなければ、とーしょのよてーどーり……」


 そこで頭領は大きな瞳をぱちくりさせた。

 高くなってしまった自分の声に、戸惑ったのだろう。


「と、頭領! 頭領!」

「お、おちつきなさい。子供みたいにさわがないの」

「だ、だって、わたしたち、⁉⁉⁉⁉⁉⁉」


 頭領はようやく小さくなった身体に気づいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る