第51話 次元同位体③

「だ、だって、わたしたち、その子供になっていますよ⁉⁉⁉⁉⁉⁉」

「は?」


 頭領は、お子様な姿に気がついたようだ。


 スーツ姿の子供たちがあちこちで騒いでいる。

 だいたい10歳前後。中には幼稚園そこらまで小さくなった子もいた。


「な、なんでオレたちが子供になってんだ⁉」

「どーして急に夜になったの⁉⁉ こ、怖いよぅ!」

「な、泣くなよ! オレも泣きたくなるじゃねーか!」


 子供になった部下がワーギャーと騒がしい。

 10歳そこらの少女になった頭領の目は泳いでいたが、すぐに凛々しい表情をつくった。


「落ち着きなさい! まおーの術が原因なのはわかるでしょー!

 みんなでまおーを倒せばいいんだよー!」


 頭領ちゃんは下唇を噛む。


「くっ……! 意識をしっかり保たないとメンタルまで子供に……!」


 頭領は頬をパンパンと叩き、涙目で指示を飛ばした。


「幻覚、または精神操作系の可能性があり!

 各自意識をしっかり保つ! 持ち場を離れずに仕掛けた罠を作動させなさい!」

「「「はーい、センセー!」」」

「わ、私は先生じゃありません! ここは学校じゃないわ!」


 頭領はぐぬぬと眉をひそめた。

 夜の遊園地。小さくなったダンキョーの人たちは一生懸命に魔王対策を作動させようとした。


「みんなー、持ち場につけー」

「オレの持ち場ってどこだっけー?」

「センセーからちゃんと説明あっただろー! なんで聞いてないのバカ!」

「はぁー⁉ いつ言ったんだよ! 何時何分何秒、ちきゅーがなんかい回った⁉ 覚えてるならちゃんと言ってみろよ!」

「えーん、罠が作動しないよー!」

「お前なにやってんだよ! センセーから習っただろ!」

「あー! お前って言ったー⁉ お前って言うのはよくないんだよー⁉」

「あーもー! うっせなー、バーカ!」

「バカって言ったほうがバカだもん!」


 部下たちの目を覆いたくなる惨状に、頭領は呆けたまま立ち尽くした。


「優秀な部下たちが……鍛えあげた精鋭たちが……こんな……こんな……。

 ありえない……悪夢だわ……。

 くっ……みんなー、しっかりしなきゃダメでしょー!」


 頭領ちゃんになりかけた頭領は、苛立ったように地団駄を踏む。

 そして、んもーっとボクにぷりぷり怒ってきた。


「まおー! これで勝ったと思っているでしょ!」

「大勢は決したようにみえるが?」

「わ、わたし……私たちダンキョーを甘くみないで!

 こんな逆境、今まで何度も乗りこえてきたの!

 だいたい私たちを子供にしたら、貴方だって逆に攻撃しづらいんじゃない⁉」


 発想を逆転させて、子供を武器にしてきたのはさすがというか。

 頭領が昔どんな子だったかよくわかるなあ。


「誰が術がすべて終わったと言った?」

「え???」


 ボクの言葉を皮切りに、動くはずのないメリーゴーランドが回る。

 ジェットコースターは錆びた音を立てて、ガラガラと自走しはじめていた。

 頭のないパンダのぬいぐるみがガックンガックンと歩き、観覧車は扉をバタバタさせながら回っている。


 トドメは不協和音たっぷりなメルヘンな音楽だ。

 夢と希望と楽しいはずの遊園地がダークメルヘン化して、ダンキョーの人たちはパニックに陥った。


「やだやだやだ⁉ なんで動いているの⁉⁉⁉」

「怖いよおおおお! やだようう‼‼‼」

「パンダさんのお人形を誰か止めててよーーーーーーー!」

「ピエロ……! ピエロが! ピエロが!」

「…………う、うえええええええん‼‼‼」


 ついには泣きだす者がでてきた。

 頭領も怖いのかふるえていたが、表情にはおくびにも出していない。


「お、お、落ち着きなさい! 

 自我を保てさえすればこんな術なんでもないの! こんな……ヒッ⁉⁉⁉」


 さしもの頭領も悲鳴をあげた。


 闇に、大きな目が浮かんでいたのだ。


 それも一つだけじゃない。

 3、7、11、17と……闇に赤い線が引かれた思うと、大きな目がゆっくりと瞼をあけてくる。

 その焦点は、子供になったダンキョーの人たちに定まっていた。


 悪いことはしていないか?

 ちゃんと良い子にしているのか?

 お前たちを監視しているぞ?


 そんな視線に、ダンキョーの人たちは絶叫する。


「きゃああああああああああああああ⁉⁉⁉」

「やああだああああああああ‼‼‼」

「みないでよ! やーめーてーよーーーーー! わたし、ちゃんといい子にしているからーーーー!」

「目をつむっても目が見てくるよおおおおお!」

「……う、う、うええーーーーーーん!」

「監視するなようう! オレいい子にしてるじゃん…………うわーーーーーん!」

「びえーーーーーーーーん!」


 ダンキョーの人たちはへたりこみ、わんわんと泣きはじめた。

 遊園地中からえーんえん、えーんえんと泣き声が聞こえてくる。


 唯一ただ一人、頭領だけが耐えていた。

 今にも泣きだしそうな顔で、ボクを睨んでいる。


「お、大人はこの程度じゃ泣かないわ……!」

「すでに限界のようだが?」


 ボクは近づきながら、新しい目を頭領の周りに発生させた。

 頭領はイヤイヤと顔をふる。


「こ、こんな子供だまし! わ、笑っちゃうもん! あはははは! 

 ほーら、笑ってあげたよー? あははははは! 

 バーカバーカ! 高校生になってもごっこ遊びー!」

「ずいぶんと子供染みた発言だな」

「バ、バ、バカにしてえ! 私は大人よ! 大人なんだから!」


 ボクが歩み寄るたびに目は増えていき、じーーーーと頭領を観察している。


 頭領は絶対に叫んでやるものかと必死にこらえていたのだが。

 身体を強張らせたのがまずかったようで、全身をブルルッとふるわせた。


「ぁ…………」


 頭領は耳まで真っ赤になり、へちゃりと座りこんだ。


 腰が抜けたからじゃない。

 じわじわと漏れはじめたを誤魔化そうとしたのだ。

 しかし一度決壊したら止められないようで、下半身から体液がじょわわわーーと広がっていき、地面に水たまりができた。


「見るなぁ……! 見るなぁ……!」


 鼻をひくつかせて、もう泣く寸前だ。

 派手にお漏らしして、尊厳をたれ流してもなお睨みつけてくるのは、気丈な性格ゆえだろう。


「なにを隠している?」


 すかさず、ボクはたずねた。

 頭領の肩がびくりと反応する。


「私はなにも隠していないわ……」

「気づかぬと思ったのか? 

 貴様は包み隠さず話しているようで、肝心な部分はいつも話しておらん。

 赤沢先輩部下にも、その教育が行き届いているようだしな」


 闇に浮かんだ無数の瞳が、頭領をジロリと見つめる。


「ヒッ……!」

「もう一度たずねるぞ? なにを隠している」

「わ、わたしはなにも……隠してなんか……」

「我の正体はもう、把握しているのだろう?」


 なにを隠しているのか、ボクから告げてやった。

 もうある程度は知っているぞ、我慢する必要はないぞと目で語りかけると、頭領は口を滑らしてしまう。


「次元……同位体……」

「次元同位体?」

「っ⁉ ……わ、わ、わたしはなにも言ってないわ!」

「言ったではないか。『次元同位体』と。

 責任ある立場の人間が、一番話してはいけない者にそうポロリとな」


 お漏らしした彼女をじろりと見つめながら、呆れたように言ってやる。


 それが彼女……少女になった頭領の最後の抵抗を砕いてしまったようで、ぼろぼろと泣きはじめていた。


「言ってない……言ってない……言ってないもん!」

「もう発言は取り消せぬぞ」

「なによ、そーやってわたしを悪者にすればいいじゃない! 

 いつもいつも! わたしの苦労なんかしらずに! 

 わたしにばーーーーかりイヤなことを押しつけて! しらないしらない! もうしらない! みんなのバーーーーーーーーーーカ!」


 頭領、もとい頭領ちゃんはそう叫び終えるなり、びえーーーーんと泣きはじめた。


 ……やりすぎたか。

 頭領だけじゃなく、ダンキョーの人たち全員泣いている。


 これはもう情報収集ってわけにはいかないな。

 ちゅー太郎たちに監視をお願いして、アルマたちのあとを追おう。

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