第49話 次元同位体①

 二階廊下に駆けあがる。

 母さんの部屋前からは灯りが漏れていて、スーツ姿の男女が倒れていた。

 ダンキョーの人たちだ。


 ただごとじゃないとボクは察して、大急ぎで部屋の前に立つ。


「母さん⁉⁉⁉」


 母さんは、ベッドの前に立っていた。

 パジャマの肩まわりがわずかにはだけていて、頬は紅潮している。とろんとした表情でボンヤリしていた。


「みそら……君……?」


 母さんからはピンク色のオーラがうっすらとたちのぼっていた。


 ほ、ほんとうに母さんがサキュバス化⁉⁉⁉

 冗談じゃないぞ‼‼‼‼ 

 ボクはいったいどれだけのカルマを背負えばいいんだ⁉⁉⁉


「みそら君……おかーさん、身体が熱いよぅ……」


 母さんがボクを求めるように手を伸ばしてくる。

 一瞬たじろぎかけたが、知るか! 母さんだぞ!


「今、そっちに行くから……!」


 部屋に踏みいれると、身体が少し重くなる。

 かまわず手を握りしめると、母さんは安心したのかぐらりと倒れこみ、慌ててボクは支えるようにして抱きしめる。


「……って、アッツ⁉⁉⁉」


 母さんの身体がめちゃくちゃ熱いぞ⁉

 それに、さっきからちょっと身体が気怠い。


 母さんからピンク色のオーラは消えたけれど……あのオーラ、たしか悪魔系モンスターがたまに放つやつだ。

 倒れている人たち状態から察するに……。


「まさか、精気吸収ドレインスキルを使ったのか……?」


 身体がまだ気怠い感じがする。

 おそらく自動発動しているんだ。


 でもドレイン系はユニークスキルだ。悪魔系モンスターがたまに使うぐらいで、人間で使い手なんてほとんどいない。


 そもそも、どうして標準世界で使えたんだ????

 それこそ、本当にサキュバスみたいじゃないか。


「みそら、くん……」


 母さんはハァハァと息苦しそうに身悶え、玉のような汗をかいている。

 ついてきたアルマが、心配そうに母さんの汗をぬぐった。


「ただの風邪ではなさそうですね」

「……ドレインスキルが勝手に発動したみたいだ」

「ドレインスキル、ですか……? たしかに周りの状況を考えると……」


 アルマは背後の赤沢先輩に視線をやる。

 赤沢先輩は、頭をかきながら説明した。


「わたしたちも状況がよくわからないの。

 監視対象の様子がおかしいから近づいたら、次々に仲間が倒れたらしくて……。おそらくドレインスキルだとは思うけど……」


 ダンキョーの人たちは、母さんのドレインスキルで倒れたってことか。

 母さんのことだから故意じゃないと思うけど……。


「……みそら君、どこぅ」

「大丈夫、側にいるよ」


 うわごとをつぶやいた母さんの手を握る。

 元々小柄な母さんだが、いつになく小さく感じられた。


 もしかして原因はボクなのか……?

 標準世界で力を使えたボクが、影響を与えた可能性はあるかもしれない。


 いや今はそれよりもどうやったら母さんを助けられるかだ。

 普通の病院じゃダメだよな……。

 どこに、どこに診せればいいんだ???


「研究所に行きましょう」


 ボクを冷静にしたのは、アルマの声だった。

 彼女は固く決心した表情で、母さんを見つめている。


「甘城博士なら……母なら……力になってくれるはずです」

「アルマ……けれど……。ううん、ありがとう」

「みそらさまのお母さまには普段からお世話になっております。

 助けたいのはわたしもでございます」


 確執があるだろうに、アルマは微笑んでくれた。


 そうと決まればマゴマゴしている暇はない。

 ボクは母さんを連れて、この場を去ろうとしたのだが。


「――許可できない」


 頭領が、5名ほど部下を引き連れてやってきた。

 熱でうなされている母さんにも目もくれず、ただただボクの反応だけを観察するような視線をよこしてくる。


「許可できないって、どういうことです?」


 ボクがにらんでも、頭領は探るような視線はやめない。


「鷗外君のお母さまが標準世界でスキルを使った原因だけど……。

 もし、貴方にあるとしたら?」

「……」

「察してはいるようね。だったら許可できない理由もわかるでしょう」

「なに一つわかりません」

「特別監視対象の身近な人間がイレギュラーな反応を起こした。

 鷗外君と同じように標準世界で力を使ったのよ。

 簡単に外に出すわけにはいかないの」

「もう一度言ってやりましょうか? なに一つわかりません」

「鴎外君、貴方は年齢よりずっと大人な子でしょう?」


 子供じみた態度はやめて、聞き分けよくしなさいと諭してきた。


 静かに、ゆっくりと、ボクの奥底で炎がたぎっていく。

 すると申し訳ないと思ったのか、赤沢先輩が訴えでる。


「頭領、いくらなんでも――」

「セリナは黙っていなさい」

「だ、だって……自分のお母さんが倒れたんだよ……?

 息子なら絶対に心配するよぅ」

「………………助けないなんて言ってないわ。部下も倒れたわけだし。

 ただ、他になにか影響を及ぼしていないかたしかめるだけ。

 鷗外君の身内、それから部下、周辺調査の三点が最低限。

 あとはあたりを完全隔離状態にしてから、彼女を安全に護送するわ」


 母さんが今どうなるかわからないだろうが。


 ボクを値踏みするような、なにかを試しているようなその視線。

 気に食わない。気に食わない。気に食わない。


 ふいに、ボクの服がひっぱられた。

 母さんだ。


「……母さん? か、母さん⁉ 大丈夫⁉」

「ごめんね、みそら君……。わたし……なにか迷惑かけているみたいで……」


 母さんは意識がはっきりしていないようだ。

 母さんは悪夢にうなされたようにつぶやく。


「いつもそうだよね……わたし、ぜんぜんおかーさんらしくないし……。

 困らせてばかりだし……。親戚から責められたときもかばってくれて……」

「いつの話をしているんだよ」

「みそら君、おとーさんとすごく仲良かったのに……。

 わたしについてきてくれたもんね……」

「母さん、今はしゃべらない方が……」

「わたしが寂しがり屋だとわかっているから……寂しがるとわかっているからだよね……。

 みそら君は……いつも、寂しい人の味方だもんね……」


 贖罪のようなうめきに、ボクは優しく微笑みながら否定する。


「プール。ボクたちが気をはっているのを察したから、頼みこんでくれたんだよね。ありがとう。そんな母さんにいつも救われているよ」


 ボクの言葉に安心したのか、母さんは眠りにつく。


 ボクは目を伏せたまま、息を大きく吐いていく。

 肺から酸素を出しきったはずなのに、胸にたぎった炎は鎮火しない。


 顔をあげて、アルマと目を合わせる。

 ボクの意思がきちんと通じたようで、アルマは母さんを大事そうに預かった。


 ボクはゆっくりと、この世界で誰よりも一番高いと証明するように立ってやる。


「つまり、私たちダンキョーに反逆の意思があり?」


 少しも動じない頭領に言ってやる。


「母さんを助けるのに、どうしてあんたの許可が必要なんだ?

 笑わせるなよ、国家の犬コロ風情が」


 ボクの言葉が気に食わなかったようで、彼らのまとう空気が変わる。


 10そこそこの子供に言われたら腹も立とう。

 知ったこっちゃないけど。


「あの子を拘束して。手段は選ばなくていい」


 頭領が目配せすると、一番屈強な男が近づいてくる。

 野太い腕でボクを羽交い絞めにするかと思ったら、懐から特殊警棒を取りだしてきた。

 どうやら暴力すらいとわないらしい。わかりやすいな。


 ならばと、ボクは不遜な表情で待ちうける。


 別にできると確信があったわけじゃない。

 ボクという存在が、初めからそうだとわかっていた。


「……ふん」


 ボクにふりおろされた警棒を、裏拳でコツンと小突いてやる。

 それだけで、警棒がパラパラと砂のように粉砕された。


 驚いていた男に、ボクは手を伸ばす。


が高い」


 かるーいデコピン一発。

 屈強な男は両腕でガードはしたが、風車のようにぐるぐると回転しながらふっ飛ばされていき、そのまま壁にぶつかって気絶した。


 ――怒れ。叛逆せよ。それこそが我である。


 我と繋がるのではない。

 我の声を聞こうとするのでもない。


 ――元より最初から、我は同位体ボクなのだ。


お前貴様たち、こうべを垂れよ。魔王の御前であるぞ」

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