第44話 炎・配下集合!③

 ローブをまとった仮面少女が、三人同時に告げる。


「「「の者の審議をはじめる」」」


 夜の廃屋にただよう異臭。

 ――この匂い、灯油??????????


 身体は乾いているし、ぶっかけられた形跡はない。

 捨てられていた廃材がかすかに濡れているので、異臭の原因はそっちだ。


「あはは、みんな冗談きついよ。

 とりあえずさ、椅子から解放してくれない? 落ち着いたところで話し合おう」


 胃のものをゲロゲロしそうでも、剣呑な空気に負けてはいけない。

 重圧に押しつぶされて、そのまま物言わぬ躯になってしまう。


 笑顔をはりつかせたボクに、アルマが近づいてくる。


三信人さんしんじんの審議中です。発言には十分お気をつけくださいませ」

「審議って……ははは。大袈裟な……ははは」

「あちらを」


 アルマの視線に釣られて、ボクは廃屋の隅っこに視線をやる。


 パチパチと、ドラム缶から火が燃えあがっていた。

 あひゅう、とボクの肺から空気が漏れる。


「アルマ……アルマさんっ⁉」

「わたしは名もなき信人でございます」

「そーゆーのはいいよ⁉ ドラム缶で火が燃えているのですが⁉」

「燃やしているから当然です」

「なんで⁉⁉⁉」

「みそらさまはこれより、三つの信言しんげんに問われます。

 誠心誠心、嘘偽りない言葉でお答えいただくように」


 アルマ、クスノさん、ミコトちゃん。

 彼女たちから問いかけがあるので、誠心誠意をつくして答えろってことか?


「……もし、ボクが返答を間違えでもしたら?」

「断罪の杖に、裁きの炎が一つともされます」


 アルマはドラム缶近くに置いてあった棒を見つめる。

 棒は三本あった。

 三つの棒の先端は、布でぐるぐる巻きになっている。


 意図することがわかってしまい、ボクはすがるような視線を彼女に送るが、仮面からは表情を察せなかった。


「ご心配なく。裁きの炎一つでは、みそらさまの罪が燃えあがることはありません」

「………………三つになると?」

「ボヤヤヤアー、でございます」


 アルマは簡素に告げた。


 全身から冷や汗がダラダラと流れていき、これだけ汗が流れたら炎なんてへっちゃらへの助だい。そんな風に現実逃避もしかけた。


 がんばれぇ……!

 どうにか理性を保て……!


「そ、そんなことをしたら……け、けーさつに捕まっちゃうよ?」


 するとアルマは間近まで寄ってきて、ボクにだけ伝わるようにささやく。


「この状況下でも気遣いなさるなんて、お優しいですね。

 その優しさが第5……はては第6夫人を呼びよせることになるのでしょう」


 呪言にも似た声色は、ドロドロした感情がにじみ出ていた。


 かなり不満を溜めていたんだ……!

 忍者出現の時点で、もっとアルマに向きあうべきだった……!


「それと、警察に捕まることはないのでご心配なく」


 完全犯罪を成し遂げるつもりなのか?

 そう勘違いしていたボクの手を、アルマは愛おしそうに握ってくる。


「そのときがきたら、来世でふたたびお会いしましょう」


 ちがう、今世を共にする気だ‼‼‼

 裁きの炎で、一緒に焼かれるつもりなんだ‼‼‼


「それでは、はじめましょう」


 アルマは二人のもとに戻っていき、ボクと相対する。


 クスノさんもミコトちゃんもなにも言ってくれない。

 信言に答えよと、仮面の下から粛々と伝えてきた。


「みそらさま、第一の信言です」

「……すーーーーーーはーーーーー」


 深呼吸して頭をクリアに。

 心臓は今にも破裂しそうなぐらいバクバクしているし、気分が落ち着くことはないけれど、取り乱すわけにはいかない。


 来い……!

 誠心誠意、答えてみせる……!


 アルマが一歩前にでる。


「汝、魔王の配下でありながら次々に女性と契りを交わし……あまつさえ夏風邪と偽りつつ、女性とふしだらな行為に励んでいたとはまことか?」


 魔王さまいい加減にせいよとアルマのお怒りだ。

 ボクはまっすぐに見つめる。


「彼女とはそんな関係じゃない! 隠していたことは悪かったよ……。

 でも、みんなにちゃんと明かす気でいたんだ!」

「…………」


 アルマはボクの話を黙って聞いてくれている。

 よし、誠心誠意だ!


「あと、ボクは誰とも契りを結んだ覚えはないからさ!」

「汝の罪は暴かれた。断罪の杖に、今、裁きの炎が灯る」


 アルマはドラム缶に木の棒をつっこみ、火をつけた。

 メラメラと、木の棒が松明のように燃えあがる。


 なんで⁉⁉⁉

 正直に答えたのに⁉⁉⁉


 ボクが動揺から立ちなおる暇もなく、クスノさんが問いかけてくる。


「汝、幼なじみがいる身でありながら、他の女性にうつつをぬかすとは如何なることか?」

「ボクに幼なじみなんていないですがっ⁉⁉⁉」

「汝の罪は暴かれた。断罪の杖に、今、裁きの炎が灯る」


 メラメラメラーと、二つ目の裁きの炎が灯った。


 なんで⁉⁉⁉

 ボクたち幼なじみじゃないじゃん⁉⁉⁉


 お次は自分の番だと、ミコトちゃんが一歩前に出てくる。


「汝、小学生だからと嫁にしないとは如何なることか?」

「罪だからだよ⁉ 犯罪なんだよ‼‼‼」

「汝の罪は暴かれた。断罪の杖に、今、裁きの炎が灯る」


 メラメラメラーーと、三つ目の裁きの炎が灯った。

 三人娘は、火が灯った断罪の杖を高々とかかげている。


 おかしいよ⁉⁉⁉

 誠心誠意答えたのに‼‼‼


 くううう……雰囲気に呑まれて、正直に答えるんじゃなかった!

 ハイライトなし系女子を強く否定してはいけないと、知っていただろ……!


 友だち路線は使いすぎている。

 ここは家族路線で訴えるしか!


「「「我ら三信人。鴎外みそらと来世でも家族となる者なり」」」


 ダメだ……! 家族路線も使いすぎた弊害がここで表面化した……!


 誰か助けて……、ちゅー太郎……はでてこない。

 魔王さまらしき存在は……声が聞こえない……。

 赤沢先輩は……ダメだ、『しーじーみーじーる』と呑気な顔しか浮かばない……。


 ボクを助けるのはボクしかいない……!


 彼女たちに、抗え! 

 いや露骨な反抗は避けつつ、それとなく助かる筋を探せ……!


「ボクからも信言を問わせてくれ……!

 あまりにもフェアじゃなさすぎる!」


 アルマたちがピタリと動きを止めた。


 よし……話を聞いてくれる余地がある……!


 さあ限られた問いで、なにを訴えるべきか?

 情ではない。そもそも、情がこじれてこんな状況に陥っている。

 罪を訴えかけるにしても、彼女たちは共にボヤヤヤアーする気だ。


 いや、そもそも本当に、共にボヤヤヤアーする気なのか?

 アルマがボヤヤヤアーに躊躇いがないのは、前世を信じているがゆえ未来に託せるからだ。


 クスノさんは否定派だったはず。

 ミコトちゃんは、お嫁さんになりがっている。加虐性も、基本はボクの敵に対してのみだ。

 少女の余裕っぷりはもしや……廃屋に次元の裂け目が見えているのか?


 アルマをのぞいてブラフの可能性は高いな。


 だったらクスノさんか、ミコトちゃんに訴えかける?

 ミコトちゃんは……結婚の約束を取りつけてきて、さらに状況が混沌化するかも。


 だったらクスノさん。

 クスノさん……クスノさん……うん、クスノさんか……。


 大丈夫か、クスノさんで?

 ミコトちゃんじゃなくていいのか???


 たしかにクスノさんからはたびたび人の業、危うさ諸々を感じる。

 けれどボランティア活動に励む彼女は、間違いなく聖女なんだ!


「クスノさん、ボクを信じて欲しい」

「我は信人。クスノではない」


 ボクは言葉に誠意をこめる。


「さっきも言ったけれど……家にいた女の人とは、クスノさんが思うような関係じゃない。

 以前からの知り合いで……今は、家で面倒を見ているだけなんだ。

 酒に逃げようとする人だけど……悪い人じゃない。一度会って、話して欲しい」

「……幼なじみに、そうだと誓えるか?」


 うぐぅ……ここで幼なじみを持ちだすか……。


「幼なじみにそうだと誓えるよ」


 ボクがそう告げると、正式に幼なじみに昇格したクスノさんが仮面を外した。

 そこには、困り笑みを浮かべるクスノさんの表情があった。


「わかった。信じるわ」

「クスノさん……!」


 廃屋の空気がゆるゆるーと弛緩していくのがわかる。


 助かった……ボクは助かったんだあああ……‼‼‼

 むせび泣きそうなボクに、クスノさんが申し訳なさそうに言う。


「ごめんなさい、やりすぎたわね」

「や、やりすぎどころじゃないよ……」

「みそら君の周りにどんどん女の子が増えそうだし、気を引きしめて欲しいのはホントよ?

 あとこの炎、偽物だから。燃えることはないから安心して」

「偽物……? それにしては……」

「イミテーションよ。最近のはクオリティが高いみたい。

 ほら、こーやって投げても、燃えることがないでしょ?」


 クスノさんが笑顔で断罪の杖を、ぽーいと廃材に投げつける。

 廃材は、メラメラと燃えはじめた。


「クスノさん……? 燃えはじめていない……?」

「イミテーションよ。リアルに近い、イミテーション。

 そうでしょう? アルマ」


 クスノさんが呼びかけると、アルマは仮面を外してから首をかたげた。


「本物でございます」

「ど、どうしてかしら……?」

「最初はイミテーションの予定でしたが……。

 みなさまが迫力がでるよう、こだわりぬこうととおっしゃたので……。

 ですが問題ありません。灯油は匂いを似せたもので偽物でございます。

 すぐには燃えることはないでしょう。ですよね? ミコトさん」


 ミコトちゃんは仮面を外すと、目をぱちくりさせた。


「アルマおねーさんが派手なほうがいいって。だから本物だよー」


 みんな下の名前で呼ぶようになったんだなーーーーーって。


 ぜんぶ本物じゃないか⁉⁉⁉


 ボヤヤヤアアーーーーーーと一気に燃えはじめた廃屋。

 全員呆然としている中で、アルマがすすすと近づいてきた。


「みそらさま、来世でお会いしましょう」

「ボクたちは今を生きるしかないんだよ⁉⁉⁉

 う、うおおおおおおおおおおおおおおお!」


 ボクが気合をこめると、


 勢いそのままに、廃屋の扉にタックルをかまそうとしたが。

 激突する前に、扉がひらく。


「――みんな、急いでここから逃げて!」


 赤沢先輩だ。

 先輩の誘導に従って、みんなして慌てて飛びだしていく。


 どこかのひらけた森の中。

 先輩は、闇にひそんでいる何者かに指示を飛ばしていた。


「はいはいー! みんな、急いで消火作業ー!」


 ぜいぜいと洗い呼吸を整えているボクに、先輩は心配そうに声をかけてきた。


「遅れてごめんねー。あの子たち、尾行を想定して撒いてきてさー」

「い、いえ……。きてくれただけでも……ありがたいです……」

「もう一つごめんね。……頭領がきちゃった」


 赤沢先輩は、心底辛そうな表情でいた。


 にん、にん。

 にん、にん、と森のいたるところから忍者たちの声が聞こえてくる。

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