第45話 地味男子、管理される

 学園次元都市トゴサカ、西区。

 閑静な住宅地に、ボクと母さんとアルマはいた。


 ボクの目の前には、真っ白でハイソな三階建ての家が建っている。

 正門から玄関までは距離があって、庭には見事な造園があった。


 新しい住居に、母さんは少女のようにはしゃぐ。


「見て見て、みそら君! おうちにプールがあるよ! プール! プールゥ~」

「夏には泳げるかもね」

「冬にはスケートができるかもだよっ!

 氷上の女神と呼ばれた、おかーさんの技をみせてあげるー」

「さすがにスケートは無理じゃないかなあ」

「あとあとあと、おーっきな犬を飼えるかもね!

 わたし、まっ白い大きな家でゴールデンレトリバーを飼うのが夢だったの!」


 まるで少女みたいなことを楽しそうに語る、母さん。

 妹みたいな外見なので違和感はないのだけれど、大喜びの母さんとちがって、ボクはゲンナリとしていた。


「ほんと……素敵な家だよね……」

「ねー! 国家権力はすごいね!」


 ダンジョン管理局は新しい住居をボクたちに用意した。


 拉致監禁・廃屋火災のコンボはさすがに見過ごせなかったようで、監視対象の保安レベルを引きあげる名目で、ボクたちはダンキョー管理下のお家に引っ越すことになった。


 なので、スーツ姿の人たちがチラホラいる。


 あ……青木店長もいた。

 やっぱこっちが本職か、スーツ姿がさまになってるなあ。


「みそら君、みそら君! なんだか、ドラマの中にいるみたいね!」

「まあ、警護されているようなもんだし……」

「VIP待遇よー、ヴィーップ! おかーさん、いつのまにかセレブの仲間入りねー」


 母さんはこんなときでも呑気そうだ。


「セレブ……セレブなのかな……。

 むしろ司法取引を申しでた重要参考人みたいな扱いのような……。

 そしてドラマ前半で死んじゃうやつ……」

「細かいことは気にしなーい。おかーさん、みなさんに挨拶してくるねー」


 母さんはテテテと駆けて行った。


 ちなみにダンキョーは母さんに『ボクの次元適応値が極めて特殊な値を示したので、周囲への影響をふくめ、より密接に調査』と説明した。

 母さんはよくわからなそうだったが、素敵なお家の画像を見せられてしまい、こころよく承諾。


 ボクが複雑な表情でいると、アルマが話しかけてくる。


「元気なお母さまですね」

「呑気すぎるんだよ……。もっちょっと、危機感は持って欲しいなあ」

「じー」


 アルマがボクの顔をまじまじと見つめてきた。

 なんだい、その『あなたもですよ』と言いたげな視線は。


 ちなみにアルマだけど、ボクにかかわる重要参考人として、監視もふくめて一緒に生活することになった。


 ミコトちゃんもだ。

 ミコトちゃんは【多次元可視眼ビジョンアイ】の持ち主として、トゴサカの特別支援プログラムを受けた際、特定状況下にかぎり指定住居で暮らす契約をしていたらしい。


 あと、クスノさんもここに来る。

 クスノさんは『次元適応値が不安定な幼なじみの支えになって欲しい』と、ダンキョーの人間に言われたそうな。


 どうやら彼らは、ボクたちをよーく知っているらしい。


 ようは臭いものはまとめて監視、な対応だ。

 そんな指示をだしたのだが――例の頭領だ。


 スーツ姿の女性が、ボクたちにツカツカと歩み寄ってくる。


「新しい住居はお気に召した? 鴎外みそら君」


 頭領。

 ダンキョー実行部隊のお偉いさんだ。


 歳は40代。

 容姿に年齢は感じるものの、たたずまいや雰囲気はぜんぜん若くて、実年齢よりずっと若く見える。

 仕事ができそうな人って雰囲気だけど……とにかく瞳が怖かった。


「立派すぎて恐縮です。……ここまで立派な家じゃなくてもよかったかなーとは思いますが」

「貴方に選択権なんてないの」


 頭領はビシャリと言った。

 瞳はどこまでも冷たくて、ボクを監視対象……いやもう厄介な動物とでも捉えている瞳だよ。赤沢先輩が頭領に怯えていたのがなんとなくわかる。


 その赤沢先輩は辛そうな顔で、頭領の隣に立っていた。


「……ごめんねー、みそら君。もっと庶民的な家のほうがよかったよねー」

「セリナ」

「はい……すみません……頭領。余計なことは言いません……」

「元はといえば貴方の独断行動によるミスが原因よ。

 休日返上で鍛えなおすから、覚悟しておきなさい」

「ええ⁉ そ、そんな⁉ あ、や……はい……はい……」


 赤沢先輩の顔色はどんどん真っ青になっていた。


 頭領はなんでも忍の末裔らしく、一族は昔から国に仕えていたとか。

 戦後は一度組織が解体されていたものの、こーしてダンキョーの人間として国家に属している。


 赤沢先輩は頭領より幼い頃から鍛えられたおかげで、頭があがらないそうだ。


 しかし、忍者って本当に存在するんだ……。

 実在系忍者……! 忍者だよ忍者!

 赤沢先輩の忍者衣装は、正直ボクと同じコスプレだと思っていたんだよね。

 くうう……現代社会にひそむ忍者いいなあ……!


 ボクの感動に水を差すように、頭領がギラリとにらむ。


「貴方はこれから24時間、ダンキョーの監視下で生活してもらうわ」

「えっと……ボクの自由は……?」

「あるわ。学校には通ってもらうし、部活がしたければ励めばいい。

 もちろん、なにか新しいことをはじめるときは私たちに許可が必要だし、遠出には事前申請が必要よ」

「その……基本的人権の尊重は……」

「するわ。ある程度」


 基本的にしか守りませんがなにかという頭領の態度に、ボクは眉をひそめる。


「……それで、いったい、いつまでこの生活をしなきゃいけないんです?」

「貴方から一定の成果が得られるまで。

 研究所にとっても、私たちダンキョーにとってもね。

 まあ、今は状況の鎮圧が最優先」


 日数については答えてくれやしない。

 ボク側の事情なんて考慮する気なんてまったくないようだ。

 赤沢先輩が苦手意識をもっていた理由がよくわかったよ……。あと、酒に逃げがちな理由も。


 ボクが心でため息を吐くと、頭領は見透かしてきた。


「嫌ならトゴサカから出ていってもかまわない」

「その場合、ボクはどうなるんです?」

「私たちはどうもしない。トゴサカの特権を利用して、今までできていたことができなくなる。ただそれだけよ」


 ようは魔王の正体がすぐにバレるだろーけど、助けませんよってことかな。

 ボクが平穏を望んでいるのは重々承知ってか。


「貴方が望むならアルバイトをつづけてもいいわ」

「ダンキョー管理下のもとで?」

「ええ、貴方の働きぶりは青木から報告があがっている。真面目な若者ね」


 褒められているように聞こえませんが。


「あとは魔王の名を轟かせる活動、たしか……魔活だったかしら。

 その子供みたいなごっこ遊びも続けてかまわない。

 もちろん、ダンキョーの管理下だけど」


 さすがに、ボクはムッとした。

 望んでやっていることじゃないとはいえ、子供みたいな遊びと言われる筋合いはない。

 ボクも命がかかわっているから本気でやってきたし、魔王ボクに本気で立ち向かってきた人もいるんだ。


 反発してやろうとしたけど、すぐに冷静になる。

 まずブチギレるであろう、アルマが気になったのだ。

 そもそも彼女がこの監視をどう思っているか。


 しかし、アルマは涼しい顔で立っていた。


「貴方もそれでいいわね。甘城博士のご息女だからって、私は特別扱いしないわ」


 甘城博士???

 ボクの視線から逃げるように、アルマはぺこりと頭を下げる。


「存じあげております」

「そう。それと――」


 頭領がまたなにか言おうとしたのだが、母さんの呑気な声がひびく。


「あー! あなたが頭領さんでしたっけー? これからよろしくお願いしますー」


 母さんは、玄関から元気よくぶんぶんと手をふった。

 子供みたいな反応に毒気を抜かれたのか、頭領は小さく嘆息吐く。


「明るいお母さまね」


 頭領はそう言って、赤沢先輩を連れて母さんのもとへ向かった。


 とりのこされたボクは、アルマの横顔を見つめる。

 いつになく冷たく、他人を拒絶するような瞳はなにも語らない。


「……みそらさまのマンションに住んでいた女性。ダンキョーの方でしたか」

「そうだけど……。アルマ、ボクになにか言いたいことがあれば」

「いえ……今は、ありません……」


 アルマは、不自然なぐらいボクと視線を合わせてくれなかった。


 ……これから、アルマとクスノさんとミコトちゃんと共同生活。


 美少女たちとの共同生活なんてもっと喜ぶべきなのだろうけれど、ダンキョーの人間がやっぱり気になってしまう。

 騒動の原因はボクなわけだし、直近でやらかしたけれどさあ。


 …………気に食わないな気に食わぬな

 自分たちに従って当然みたいなつらは、ちょっとなあ気に食わぬ


 誰かの声が聞こえた気がした。

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