第43話 炎・配下集合!②

 よく晴れた祝日。

 自宅マンションで一通りの家事を終えたボクは、元・空き部屋に向かった。

 以前は倉庫代わりに使っていた部屋だが、今はちょっと整頓されている。


 ベッドには赤沢先輩が寝ていた。


「すこー」


 シーツに包まって熟睡中の模様。

 ボクはカーテンをあけて、陽の光をとりこもうとしたのだが。


「おうがいくーん……おねーさん、まだ寝てるのー……」

「起きてるじゃないですか」

「まだ朝だよー……」

「もう昼なんです」

「わたしね……前世は吸血鬼なの……。光ダメダメなの……」

「前世なにがしはもう間に合っているんで」

「あだまがいだいー……。あーだーまーいーだいー」

「夜遅くまで呑んでいるからですよ。一応、ボクを監視しているんですよね?」

「だって……いつもならお仕事真っ最中だし……。

 頭領も今は別件で忙しいし……。気が抜けて抜けて……」


 その頭領とやらを呼び出したい。

 ボクが無視してカーテンをあけようとすると、先輩はイヤイヤながら起きてきた。


「うえー……光はぁ……溶けちゃう……」

「ぬわあ⁉」


 ボクが慌ててカーテンを閉じると、先輩は「ふへー……」とまたシーツに包まった。


 下着姿じゃないか!

 こっちは健全な青少年なわけだからそんな恰好で寝ないでほしい!


 くっそー……顔が熱い。

 シーツのふくらみを変に意識しつつ、ボクは彼女が家にやってきた経緯を思いだす。


 赤沢先輩の行動は迅速だった。

 ダンジョン管理局特務員としての素性を明かし、母さんに接触。

 学園次元都市トゴサカの実験都市としての側面を説明しつつ、ボクの次元適応値が変わった反応を示していることを語り、実生活からつきっきりで調査したいと切り出した。


 ボクと先輩は元々交友関係であったことも触れながら、国から補助金がでることも説明し終えると、母さんは呑気そうに親指を立てた。


『いいよいいよー。よろしくねー、セリナちゃんー』


 母さんののほほんとした人柄を知りつつ、頼んだのだと思う。

 しかも、ボクが噂の魔王さまという肝心な部分をまったく触れないままでだ。


 ……やはりこの人、油断できない人なのでは?


 当の赤沢先輩スココーと油断した顔で寝ている。

 叩き起こしたいなあ。


「頭領ー……ごめんなさーい……」


 先輩は悪夢にうなされたようにうめいた。


 ………………仕事とはいえ、二重三重生活は疲れるのだろうなあ。

 ボクは監視対象じゃなかったのかと嘆息吐いてから、カーテンのわずかな隙間をしっかりとふさぎ、光が漏れないようにした。


「着替え、リビングに置いていますから」

「……」

「しじみ汁、飲みたかったらすぐに用意しますので」

「はぁーい……」


 起きてるじゃないか。

 ボクは扉を静かに閉めて、部屋をあとにした。


 赤沢先輩とは、まあしばらくこんな共同生活がつづくかなあ。

 監視組織の人間なんて追い出したくはあるけれど、変にボクの周りを嗅ぎまわれるよりは近くにいてもらうほうがマシだ。


「……あれ? 今のボク、闇世界の大ボスっぽい?」


 ちょっとニヤけてしまう。


 あとの問題はアルマたちか。

 今のところ三人には『ちょっと体調が優れないから、直接会うのはやめよう』と伝えてある。


 もちろん一時しのぎだ。

 赤沢先輩の存在を勘付かれないままは難しいと思う。


 ひとまず、ボクには仲の良い親戚が一人いて、『トゴサカに引っ越してくるかもしれない』と匂わせるつもりだ。

 彼女たちが出会うにしてもワンクッションを挟んでおきたかった。


 まあミコトちゃんには事情を話してもいいか。

 代わりに、お願い事ごとをなんでも聞くことになるだろーけど。


 と、ピンポーンと玄関チャイムが鳴る。


「? はいはーい、今あけますー」


 母さん荷物でも頼んでいたのかなーと、玄関扉をあける。


 危機感の足りていなかったボクの時間は停止してしまう。

 そう感じるほどに背筋が凍りついた。


「――みそらさま、お身体は大丈夫でしょうか」

「みそら君、幼なじみとして様子を見にきたわ」

「みそらおにさーん、ミコトが看病してあげよっかー?」


 アルマに、クスノさんに、ミコトちゃん。

 私服姿の三人はとっても可愛らしくて、だからこそ死を告げる天使にも見えた。


「……やあ、三人ともわざわざ来てくれたの?

 体調が優れないといっても寝こむほどじゃないよ。

 三人にうつしたら悪いから安静にしていただけ。でもありがと、嬉しいな」


 ボクは心臓が内心バクバクであっても、サワヤカーな笑みをつとめた。


 ここで取り乱しては彼女たちと付き合っていけない。

 彼女たちの優しさが、一瞬で殺意に変わることがあるのだから。


「みそらさま、配下の体調管理はわたしの仕事でございます。

 特に、みそらさまは体調をよく崩しますし」

「ははは、たしかに最近はちょっと崩しがちかな」


 涼しい顔のアルマに勘繰られないよう、ボクは笑顔でいる。


 クスノさんはしたり顔で言う。


「まったく。みそら君ってば、油断するとすぐ身体を壊しちゃんだから。

 あの夏の日もはしゃぎすぎて夏風邪をひいちゃったじゃない」

「そうだね、あの夏はそうだったね」


 ボクの過去を懐かしそうに語ってきたね???


 ミコトちゃんは愛らしい笑顔でねっとりと囁いてきた。


「みそらおにーさん、しんどいときはミコトにいーーーっぱい甘えていいよ?

 膝まくらでもー、添い寝でもー、なーんでも頼んでね? ミコトたちは家族だものー」

「ははは、ミコトちゃんは面倒見がいいなー」


 家族の絆を仄めかせた手前、否定はできない。

 だけどミコトちゃん。

 もうちょっと小学生であることを自覚して……。


 彼女たちに言いたいことは呑みこみ、どーにかこの場を切り抜けようと考えるボクだったが。

 背後から、死の気配が近づいてきた。


「おうがいくーん……。しじみ汁、飲みたくなったー……」


 赤沢先輩⁉⁉⁉

 起きたのか⁉⁉

 ずっと寝ていてくれません⁉⁉


「ちょ、ちょっと、あとにしてくれません⁉」

「えー……。さっきまであんなに優しかったのに……つれないなー……」


 なんでこのタイミングで、誤解を招く発言するわけ⁉⁉

 まずい‼‼‼

 下着姿で来られたら言い訳なんて……!


 だけど先輩は、もっともっーーとひどい姿で、ボクたちの前にあらわれた。


「しーじーみーじーるー……ぁ」


 赤沢先輩は寝ぼけまなこで、ぽかんと口をあける。


 先輩は、ボクのシャツを着ていた。

 生足は艶めかしく、下着を隠すのはあきらか男物シャツ。


 着替えを用意したとは言ったよ?

 でもどうして、なんで、わざわざボクのシャツをそんな扇情的に着るんですか???


 弁解の余地なしかと、アルマたちに視線をやる。


「「「――」」」


 三人は真顔でいた。

 怒鳴ろうともせず、ただただ黙っていた。


 感情がぜんっぜん読めない……!

 読めなさすぎて怖い……‼‼‼


 金縛り状態のボクに、クスノさんが歩み寄る。

 しかしアルマが手で制止して、やけに冷静に告げてきた。


「みそらさまは、なにやら立てこんでいるご様子。

 わたしたちは退散したほうがよさそうでございますね」

「え、あ、その……アルマ……」

「それでは、お邪魔いたしました」


 アルマはぺこりと頭を下げて、扉をギギギーと不吉に閉める。

 なにひとつ責めてこなかったアルマに妙な罪悪感を抱いていると、赤沢先輩がすごく申し訳なさそうな表情でいた。


「え、えへへ……お、お酒……一緒に呑む? 現実を忘れられるよ?」

「ボクは未成年です」


 今はなにをいっても火に油を注ぐかな……。

 時間を置いて、三人にメッセージを送らなきゃなあ。


 しかしこの判断は間違いだったと、当日に気づく。


 ※※※


 ……なんだか意識が鈍い。

 重たい瞼をゆっくりあけていくと、ボクは椅子にしばられていた。


「はいいいいい⁉⁉⁉」


 気が動転しながらも周りを急いでたしかめる。


 ボクは、暗い廃屋の中にいた。

 すっかり夜のようで、放置された資材が散らばっている。


 わ、わけがわからない⁉⁉⁉

 どうして廃屋にいるんだ⁉⁉⁉ 


 たしか……アルマたちにメッセージを送っても反応がなくて……。

 ひとまず、晩ご飯の材料を買いにスーパーに行って……。


 道を歩いていたら、とつぜん意識が薄れていって……。


 いけない……!

 超っっっ緊急事態だ‼‼‼


 ボクが状況を把握したのを見計らうように、ローブ姿の仮面女子が三人あらわれる。


 ローブ姿の仮面女子たち……。

 どう見てもアルマたちだ…………。


「「「これより、の者の審議をはじめる」」」


 いくらなんでも(たぶん薬で)拉致って、椅子にしばりつけるのはやりすぎだ!

 審議がなにかわからないがやめてくれ! 


 そう叫ぼうとしたボクは、自分がいかに言葉に気をつけなければいけない立場にいるか悟ってしまう。


 廃屋にただよう異臭をかぎとる。


 ――この匂い、灯油??????????

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