第41話 地味男子、年上のお姉さんにからまれる

 とりあえず、散らかった部屋を片付けて(迷惑料プラスで修繕費はでるそうだ)から、ボクたちは自室の小テーブルで対座した。


 赤沢先輩は忍者姿のままで正座中。


「あー……うー……。

 頭領にめちゃくちゃ怒られるなあ……いやだなあ……」


 赤沢先輩は難しい顔をしていたが、いつのまに持ってきたやらスーパーの袋をとりだす。

 そして、缶チューハイを手にした。


 あれは【安くて度数が高くて、深酔いできるストロングなお酒】だ。

 次の日も身体に残りやすいらしくて、『日本酒派のわたしには合わないんだー』と先輩が評価していたお酒のはずだけど……。


「赤沢先輩、日本酒派でしたよね……?」

「家呑みはこっちだよー。なにも考えずに深く酔えるからねー」


 赤沢先輩はカシュッと蓋をあける。

 グビグビと呑んで、笑顔になった。


「うん、これで大丈夫っ!」

「……大丈夫なんですか?」

「大丈夫! 呑んだからちゃんと現実に向きあえる!」


 現実に向きあうためになんで呑むの???


「それで……なんでも話してくれるんですよね」

「まあバレちゃった以上は仕方ない……はず、だし。

 鴎外おうがい君以外のことで機密に関わらなければ、ぜんぜんたぶん大丈夫だよー」


 線引きやわやわじゃないか……。

 赤沢先輩はグビリと呑んで、たずねてくる。


「それで、まずなにを聞きたいの? 

 最初から説明するのは大変そーだし、聞きたいことを答えていくよ」

ボクを監視していたんです?」

「君があのコンビニで働く前から。

 危険なダンジョンで魔王コスプレしているソロ冒険者の情報があがってきてね。

 だから……鷗外君が中学生の頃からかな?」

「そ、そんなに前から……⁉⁉⁉」

「まず断層次元研究所に情報が伝わってきて、ダンキョーに監視のお仕事が回ってきたの」

「ふ、ふおおおおお……‼‼‼‼」


 ボクは頭を思いっきり抱えた。

 魔王なりきりプレイ中のあれそれやらをバッチリ監視されていたと思うと、顔から火が出そうなほど羞恥心が暴れまくった。


「わかるわかる。その青春の苦みは、きっといつか良い思い出になるよー」


 赤沢先輩はグビグビ呑みながらお気楽そうだ。

 ボクはふしゅーふしゅーと荒い呼吸を抑えつつ、食いつくように言った。


「そ、そんな……だったら今の騒ぎはとっくに事情を把握していたでしょ……⁉⁉⁉」

「かなり深いところまでねー」

「なんで放置しているんですか⁉⁉⁉

 魔王、世界を暗黒に染めあげようとしていますよ⁉⁉⁉」

「放置したいわけじゃないのよ?

 断層次元収束化現象へのアプローチは、組織ごとでスタンスがまちまちでね。

 ことトゴサカにおいては、断層次元研究所が一番発言力があるの。

 あそこが静観を指示したら、従うほかないわけ。ここは次元事象の実験都市でもあるからねえ……」


 赤沢先輩はぐびーっと一気にストロングなお酒を呑み干す。

 そして二本目を取りだして、カシュンッとあけた。


「鷗外君が思っている以上に、君はいろんな組織から注目されていたの」

「…………ボクが」

「君は強い。信じられないぐらいにね。そして、不思議な力も持っている。

 監視も最初は風魔学園の生徒の仕事だったけれど……どんどん上に回ってくるようになって。

 今じゃあダンキョー特務員のお仕事だよー。グビビー」

「……監視が、風魔学園の生徒の仕事?」

「風魔学園はダンキョーの下部組織みたいなものでねー。

 トゴサカでとってもスレスレで際どいことをするために、生徒に与えられる権限を利用してるんだー。あははー」


 赤沢先輩は頬を赤らめながら言った。

 あははーってそんなお気軽そうに言うことじゃないような……。


「ほら、えーっとね、世界にダンジョン化現象が発生するようになってまだ歴史が浅いでしょ?

 なにかとデータ不足で、研究所はリアルな反応をすごく欲しがっているの。

 非常識な現象には非常識を。ま、超ギリギリアウトなことをやっているわけ」


 ボクの監視もその一つなのだろう。

 他にも色々やっているんだろうな……この様子だと……。


 ボクが想定していたより大ごとすぎて、どうにも実感が湧かない。

 ダンジョン化現象が生半可な常識では対処できないから無茶をするってのは、まあ納得もできる。


 監視されたことに対してもっと怒るべきかな?

 でも監視されるぐらい、もう慣れっこだしなあ……。


「でね! 聞いてよ! 鷗外君!」


 赤沢先輩は涙目になっていた。


「は、はい……なんでしょうか?」

「研究所のれんちゅーの言い分はわかるよ⁉

 そりゃあデータ不足なんでしょうよ!

 でもだからって状況は放置で、監視はぜーーーーんぶダンキョーに投げるのひどくない⁉⁉⁉」

「は、はあ……たしかに?」

「そうなのよ! たしかになのよ! ひどいのよーーーーー!」


 赤沢先輩はうえーんとちょっと泣きながらグビグビとまた呑みはじめた。


 もうすぐ3本目だけど……。

 ペース大丈夫なんですかね……。


「そのくせ、ダンジョン事象の鎮圧も! 収束も! 

 ぜんっぜん、ダンキョーうちの判断でやらせてくれないし……!

 なのに責任はうちなんだよ⁉

 ダンキョーは役に立たないって市民の声がねー、響くのよー、胃と心にねー」

「先輩……お酒を呑むペースを下げたほうが……」

「大丈夫! 呑むと大丈夫になるから!」

「なにが大丈夫なんですか」


 赤沢先輩はでへへーと笑った。


 先輩は気さくで話しやすくて、尊敬できる年上の女性なんだ……。

 素敵な人なんだ…………。


 けれどボクの目の前にいる先輩はへべれけ涙目で、すっかり酒に呑まれていた。


「今だってゴミ情報をばらまいて、状況をコントロールしてたり……。

 コンビニでしょー、監視者でしょー、忍者でしょー。

 二足どころか五、六足ぐらいのわらじを履いて働いているのにねー……」


 コンビニ。

 そうだよ。赤沢先輩の変貌っぷりに面食らって、忘れそうになっていた。


「ボクに近づくために……コンビニで働いたんですよね?」

「そっだよー。監視とかいろいろねー」

「いろいろ……。でもボクが働く前から先輩いましたよね?

 というかボク、あの付近でバイトを探していたときに、ちょうどよく開店したコンビニを選んだのですけど……」

「バイト探しているのがわかったし、鴎外君が欲しがりそうな場所に建てたのー。

 他にも候補はあったんだけどね。

 一番都合のいいところに応募がきて助かったー」


 君は超重要人物だからねー、とも先輩は告げた。


 そっかあ……ボクちょっと人間不信になりそうだなあ……。

 聖域……。

 ボクだけの憩いの場所……。

 儚かったなあ……。


「ま、まあ……先輩もダンキョーの仕事があるのに、コンビニのバイト料じゃあ不満を持ちたくなりますよね……」

「? アルバイトとは別にお給金がはいるよー。監視手当もついてるしー」

「え???」


 ボクは今日の出来事を思い出した。


『150円ということは、4時間働けば600円も追加で稼げるの⁉⁉⁉』

『ひゃ、150円ですからね? けっこーあがるみたいです』


 ふふっ……時給150円アップでめっちゃ喜んでいたなあ。

 赤沢先輩は本業が別にあるとわかりつつも、ボクは叫ばずにいられなかった。


「ずるい‼‼‼ 大人ってずるい‼‼‼」

「ねー、大人ってずるいよねー!」


 ずるい大人の見本市は、三本目に突入していた。


「……大人って、先輩は大人でしょう」

「わたしはぜんぜん子供だよ。酒が呑めるだけの子供。

 それに大人ってね、案外子供なの。

 中身は子供のころからなーんにも変わっていなかったりするんだから。

 ちなみに店長の青木君は、わたしの部下だよー」


 青木さんも⁉⁉⁉

 しかも部下ぁ⁉⁉


「ダンキョーの人間だらけじゃないですか……」

「そういうこともあるありゅー」


 適当な。

 ちょっと呂律があやしくなってきているし……。


 うすうす感じてきたけど、もしやダメな人なのかな……。

 すごくダメなお姉さんなのかな……。


「みゃー、鷗外君の案件はダンキョーあずかりなわけ。

 今のところはだけれどー、あははー」


 赤沢先輩はケタケタと陽気に笑っていた。

 どこかやけくそぎみな彼女に、ボクは核心を聞く。


「それで……ボクはいったいなにものなんです?」

「わかんにゃーい‼‼‼」


 赤沢先輩はうけるーといった感じで笑ったあと、しくしくと泣きはじめた。

 落差が激しいなあ、もう。


「ほんとね……わかんないの……。前代未聞すぎて……。

 研究所はめちゃ喜んでいるみたいだけど……。

 監視するしかないダンキョーはもうずっとハラハラものだし……」

「な、なんか、す、すみません……」

「いいのいいの。こっちは騙しながら監視していたわけだし!

 ほんとごめんね!」


 赤沢先輩は泣きながら笑っていた。


「はあ……状況は混沌としていくのに……鷗外君には特に動きがないし……」

「あー。まあ最近はちょっと守りに入っているかなとは……」

「ねっ⁉ 防犯グッズが欲しいと知って、『あ、まだこれ先が長いなー』と思ったもん!

 だからちょっと動きが欲しくて……ハチの巣を突いてみた、みたいな?」


 赤沢先輩は『まあ失敗しちゃったわけですが』みたいな顔で泣いた。


「あっさりバレると思わなかったもん!

 あーー、頭領に怒られるーーーー。グビーーーーーーー」


 赤沢先輩はそこでさらにグビビビビビッーと呑んだ。


 先輩の独断だったのかな?

 頭領ってのは上司なのだろうか。

 めちゃくちゃ怖いようだけど……。


 赤沢先輩はお酒のツマミを探すように部屋をキョロキョロしている。

 ……うっすらとあけた瞳のハイライトは消えているけれど、アルマたちとは違って、社会と人生に擦れきった瞳なのかもしれない。


「よーぴっ、四本目いっちゃうにょー!」

「赤沢先輩……さすがにもうお酒は……」

「気遣ってくれるりょ⁉

 鴎外きゅん、やーさーしーいー! 

 頭領とちがって、やさしすぎるにゃーーーー!」


 赤沢先輩は、顔面真っ赤でふにゃふにゃしながら言った。


 ……どうしようかなあ。

 ボクとしてはようやく得た、力の手がかりだ。

 是非とも接触しておきたい組織だけど、今まで危険な目に何度かあっているのに、というか魔王なりきりプレイ時も危険なダンジョンだと知りつつ監視していたわけだよな?


 万が一のとき、助けてくれたのかも怪しいし……。

 どこまで信用していいのやら。


「そーだ‼ そーなのよ‼ そう思わない鴎外君⁉」

「……なにひとつわからないです」

「バレたのならば、ひらきなおりゃーええにょよ!」

「は、はあ……」

「つまり、鷗外君はこれからおねーさんと一緒に暮らせばいいの!

 監視しつつ、成果も望めるし……!

 はい、解決ー! そーれ、幸せの一杯にゃーーー!」


 そういって赤沢先輩は幸せそうにお酒を呑んだ。

 一緒に暮らす???????????

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