第39話 地味男子、聖域を見つける
非日常が日常を浸食したのだとしても、ボクの現実は変わらない。
「ありがとうございましたー。
またのご利用お待ちしておりますー」
放課後。
一日の授業を終えたボクはコンビニで働いていた。
元々は魔王なりきりプレイでの衣装や小道具を買うため、それと近場の穴場ダンジョン(高難易度とは知らなかった)に通うためだったが。
「さぁーってと、発注しよー」
今は、貴重になった自分だけの時間のために働いている。
アルバイト中はアルマたちもさすがにそうやってこない。
アルマは隙あらばボクを養おうともしているが、人間社会への擬態と言っておいた。
ボクがあくせく働いていると、通りがかりの女子高生たちが指差してきた。
「ここさー、魔王のコンビニなんだってー」
「知ってる知ってるー。魔王さまが経営しているコンビニなんでしょー」
「えー、魔王が降臨したコンビニって聞いたよー?」
情報が錯綜している……。
近場の高難易度ダンジョンで魔王が降臨した動画がバズっただけで、このコンビニはなんも関係ない。
とは言いきれないかあ。
店内は露骨に魔王推しで、血を連想させるような商品が多い。
SNSで明言こそはしていないが、『魔王さまが立ち寄ったことのあるかもしれない、コンビニみたいな?』と超ギリギリの販売戦略をやっていたりもする。
魔王本人が働いているけどさ。
小さく嘆息つくと、バックヤードから声がかかる。
「
店長の青木さんに呼び出されたので、すぐに向かう。
長身瘦躯で鋭い目つきの青木さんを前にすると、ちょっと緊張するな。
ボクはなにかやらかしたのかと待っていたが。
「――時給アップですか?」
「うん。研修期間も終わったし、鴎外君は真面目に働いてくれるからね。
店内の仕事も一通り覚えたようだし……150円アップかな」
150円⁉⁉⁉
150円ということは、4時間働けば600円も追加で稼げるの⁉⁉⁉
「やっ……」
ボクは喜ぼうとしたが、騒ぐのがはしたないかなと思い自制する。
しかし青木さんが微笑みながら『どうぞ』と手を向けたので、遠慮なく喜んだ。
「やったあああっ!」
喜びながら仕事に戻る。
自分の仕事っぷりが社会に認められたようで嬉しかった。
150円も時給アップか~。
なんでもできそうな気がする~~~。
ニコニコしながら発注をしていると、バイトの先輩が声をかけてきた。
「聞いたよー、鴎外君! 時給があがるんだって?」
糸目女子の赤沢先輩だ。
ノリの軽い大学生だが仕事はテキパキしていて、気さくで話しやすく、尊敬している年上の女性だ。
「はい、研修も終わったみたいなんで」
「いかほどー? いかほどかー、おねーさんに教えてみなさい!」
「そ、そーゆーの気軽に聞くのは失礼ですよ」
「でも教えたいんでしょー? だって顔に書いてるもん!」
にへへーと笑う赤沢先輩に、ボクは少し自慢げに告げる。
「ま、まあ……150円ほど……ですかね?」
「わーぉ! めーっちゃあがるじゃない!」
「ひゃ、150円ですからね? けっこーあがるみたいです」
「うんうん、鴎外君はがんばっていたものね!
けっこーあがって当然だ! さっすが鴎外君!」
おだてられているとわかっている。
アルバイトはただのお金稼ぎでしかなかったのに、それでもこうして自分の仕事を認められると、すごく気分が良いなあ。
自分だけの時間だからじゃないな。
コンビニは自分の居場所となっていた。
「それでー、鴎外君はあがった給料でなにをするわけー?
恋に奔走? 青春に没頭? おねーさん気になるな!」
「防犯グッズを買います」
ボクは笑顔で答えた。
「防犯……グッズ……?」
「はい。狙撃されてもいいように防弾ガラスが欲しいのですが、さすがに値段が……。
治安の悪い国はどーするのか調べたら、代用品があったのでまずそれを。
あとはクローゼットに侵入されないようにゴツイ南京錠や……やはり、盗聴探知機が欲しいですね」
「待って待って!」
ボクが『ボクまたなにか言っちゃいましたか?』的な態度でいると、赤沢先輩は心配そうに言ってきた。
「大丈夫? なんか警察に相談したほうがよくない……?
おねーさん一緒についていくよ……?」
「……っ」
「え? 鷗外君、涙目……?」
「す、すみません。当たり前の反応が嬉しくて……そうですね、警察ですか」
警察は……ダメだなあ。
彼女たちに拒絶と捉えられてしまう。
防犯グッズでもギリギリなのに警察は危ないな。
ボク自身魔王プレイしている身だし、ことを荒げたくないってのもあるけど。
「大丈夫です。ボク、無事に生きのびて見せますから」
ボクは力強く微笑んだが、赤沢先輩は心配そうだ。
大丈夫です。そのフツーな反応を見られただけでも、ボクはこの世に一人じゃないと思えました。
ふふっ……アルバイトっていいなあ。
このコンビニは、ボクの
※※※
アルバイトが終わり、真夜中の住宅街を歩いて行く。
スマホには母さんからのメッセージがあった。
『今日は遅くなりますー。晩ご飯は冷蔵庫に作り置きがあるからー。ごめんね』
ボクは『ありがとう。お仕事お疲れさま』と返しておいた。
母さんはダンジョンイベントの運営企画会社に勤めている。
母さんは、保育士やスポーツインストラクターや、はては大型免許などなど資格をたくさんもっているが、学園次元都市トゴサカではダンジョン関連が実入りがよいとのことで、今はそこで勤めていた。
その分、忙しかったが。
と、メッセージが返ってくる。
『イベントにまた遊びに来てよー』
断わりのスタンプを返すと、不満げなスタンプがすぐに返ってきた。
いやだってさ、考えて欲しいんだよ。
自分の母親がそりゃあもう可愛い衣装を着て、イベント進行役のおねーさんをやっている姿。
そして、それを見てしまった息子の気持ちを。
あのときの精神的ダメージは筆舌に尽くしがたい。
似合いすぎているのが余計にだった。
「あ。……あっちはもう、立ち入り禁止か」
ボクが一人で魔王なりきりプレイをしていた場所だが。
完全立ち入り禁止になっていた。
危険なダンジョンが湧くのに、魔王に会えるかもしれないと突入する者がでたからだ。
セーフティ値はなし。
一発アウトの危険なダンジョン。
そんな場所でよく遊んでいたなと、今では思う。
「……ボクにとっては、本当にただの遊び場だったんだけどな」
魔王みたいな声は、いまだ聞こえない。
自分一人だけのときに、試しにかるーく【
それに、
なにか条件があるとは思うが、その条件がわからずにいた。
「……聞こえないままでいいんだけどね」
そういうわけで、自宅マンションに帰ってくる。
ところで突然だが【サプライズニンジャ理論】という言葉がある。
創作論において、『とあるシーンでニンジャが突然あらわれて面白くなるのであれば、シーンを見直したほうがいい』という論らしい。
そらあニンジャが突然でてきたら話が動きやすそーかもだけど、実際にニンジャがでてこられても困るよねというか、当事者はどう対処すればいいのやらだ。
さて、ボクがどうしてこんな話をしたのかだが。
「――にんにん」
いたんだよ……。
忍者。
うす暗いリビングで狐の仮面をつけた……女忍者がさ。
日本刀を構え、ボクに向けて殺気を放っていたんだ……。
「魔王ガイデルとお見受けいたす。その命、もらいうける!」
なんでぇ???
ニンジャなんで⁉⁉⁉⁉⁉⁉
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