第38話 地味男子、三人娘と食事する

 魔活(魔王の名を轟かせる活動)を終えたあと、ボクたちはファミレスにやってきた。

 アルマたちとはうまく付き合えているようで、依然として命綱なしのロープ渡りをやっている状況には変わらない。


 なにせ気軽にデスイベントが発生するのだ。

 デッドエンド回避のためにも、全員との親交は深めておきたかった。


 クスノさんは、魔王ボク仮面少女MOミコトちゃんの正体を知らないので、一度別れて着替えてからの合流になるが。

 以前はこのあたり大変だったが、ミコトちゃんのトラベラー能力のおかげで助かっている。


 そんなボクたちだが、存外に仲良く食事をしていた。


 ミコトちゃんがアスパラを皿のすみっこによけたので、クスノさんが注意する。


「ダメよ、ミコト。好き嫌いせずに食べなさい」

「えー……。アスパラを食べなくても人生に影響はないよぅ」

「栄養があるわよ」

「他でとるからだいじょーぶ。人生の機会損失にはつながらないもん」

「屁理屈を言わない。人生は苦手なことへの挑戦よ?

 あたしなんて納豆が小さなころから苦手だけど、がんばって食べているわ」

「そこまで苦手なら諦めたらいいのに……」


 ミコトちゃんのボヤきをスルーして、クスノさんは新しいナイフでアスパラを切り分けていく。


「好き嫌いのだいたいの原因は食感なの。すこし待ってなさい」


 クスノさんは面倒見の良さを発揮していた。

 元々子供の面倒を見るのが好きなのもあるようだが、ミコトちゃんが親元を離れて寮生活をしていると知ると、同じ境遇だからとちょこちょこ世話を焼いているようだ。


 ちなみに、ボクとミコトちゃんは遠い親戚ということにした。

 そうミコトちゃんにお願いもしている。

 いろいろと代償はあったが、小さい頃『二人は遊びで結婚の約束をしていた』的な言い訳が通じるようにしておいた。


 さすがにアルマにはバレバレだが。

 ただ驚いたことに、アルマも少女には甘かった。


「ミコトさん。パン用のバターと、こしょうで味変しましょうか」

「そこまでしなくてもー……」

「子供の好きな、濃いめの味変でございます」

「ミコト、そんなに子供じゃないし」

「十分子供です」


 そこまでやられたからにはと、ミコトちゃんも仕方なくアスパラを食べた。


 本当に意外だ。

 最初はミコトちゃんの能力が便利だから面倒を見ているのかなと思っていたが、妙に甘いところがある。

 親元から離れて一人暮らしに思うところがあったみたいだけど……。


 冷たくて怖いイメージのあるアルマが、余計にわからなくなった。


「ん~……これなら食べられる、かな?

 ……おねーさんたち、ありがと」


 ミコトちゃんは恥ずかしそうに、ちょっと唇をとがらせた。

 ぶーたれはするが、なにかと世話を焼かれるポジションを気に入っているようだ。


 ちなみにミコトちゃんは魔王軍雑用係のボクのお世話役……ということらしい。

 心配でついてきた……という設定だ。


 と、クスノさんがぷりぷり怒る。


「それにしても、あの仮面少女MO!

 あの子のせいで魔王の尻尾がぜーんぜんつかめないわ!

 いったいどこで魔王はたぶらかしてきたのよ!」

「ねー。どこでたぶらかされたんだろうねー?」

「ミコトは悪い人につかまっちゃだめよ?」

「はぁーい」


 ミコトちゃんはクスクスと微笑んでいる。

 ちょっと楽しんでいるなあ。


 しかしスキル【正体隠し】の効果は絶大だ。

 ボクが付与した場合はそう簡単に見破れないようだが、ここまで気づかないか。


 とまあ、なんだんかんだボクたちはうまくやっている。

 けれど油断してはいけない。

 ボクの足元はいつだって奈落に繋がっていて、ふとした瞬間に落下してしまう。


 死はいつだって側にあるものだから。


「うん、美味しいー。ミコトが独り占めするのにはもったいないなー」


 ミコトちゃんはなにか思いついた表情でアスパラにフォークを刺す。

 そうして、いかにも無邪気そうに突き出してきた。


「はい、みそらおにーさん。あーん」


 ミコトちゃんは頬を染めながら嬉しそう。


 反してボクは笑顔を凍らせた。

 なぜならボクの体感温度が急激に下がっていたからだ。


「ミ、ミコトちゃん、いくら親戚同士だからって……さすがにね」

「あーん」

「ミ、ミコトちゃん……」

「あーん」


 ボクが口にするまでミコトちゃんはやめる気はなさそうだ。

 アルマからヒシヒシと圧を感じていると、彼女はチーズにフォークを刺して、ボクに差しだしてきた。


「同僚をねぎらうのも魔王配下のつとめでしょう。みそらさま、あーん」

「アルマ、同僚だからこそ適切な距離感が……」

「あーん、でございます」


 アルマ……またラインぎりぎりを攻めてきたな……!

 しかも彼女の瞳がピコーンピコーンと点滅して、消えかかっている……。

 食べなければ絶対に許さないだろう。


 ボクが唾をゴクリと呑みこんでいると、さらにもう一人の参戦者があらわれる。

 クスノさんだ。

 彼女はおもむろにポテトにフォークを刺して、差しだしてきた。


「幼なじみをいたわるのは当然ね」


 ボクたち幼なじみじゃないんですけど⁉⁉⁉


 突如発生した『女の子からあーん』イベント。

 女の子とろくに会話もなかったボクからすれば泣けるようなイベントだ。


 事実、ボクは泣きかけている。

 恐怖でだ。


 フォークに刺さった料理はとんでもない圧を放っている。

 誰のを一番最初に食べるか、そんな意図がヒシヒシとこめられている……。


「ハハハハ……」

「「「じー」」」


 答えは沈黙。

 是非ともそうしたいのだが、彼女たちを放置すればするほど火薬がどんどん積もっていって、爆発した際の火力が跳ねあがってしまう。

 しかも放っておけばそれぞれで手札を切りはじめ、優位性をとりはじめる。


 早く選ばなければ、終わるっ……!


 だが、油断したな三人ともっ‼

 これぐらいの問題、幾度となくロープを渡ってきたボクには余裕で対処可能なのだよ!


「ありがとう。それじゃあいただくね」


 三人のフォークをまとめて、ぱくりと一口で食べる。

 答えは三人同時だ‼‼‼


「うん、美味しいね」


 照れとか恥とか、しったこっちゃーーねです!

 発想が卑劣だとか、他の客から変な目で見られているとか、店員から冷めた目で見られていても、死ぬより全然マシだから‼‼‼


「こうしてみんなと集まって食事するのは楽しいね。

 なんだか家族が増えたみたいで……ボク、母さんと二人きりの生活だからさ」


 ここで【みんな】を強調する!

 さらに家族愛に飢えているのをアピールすることで別の繋がりを提供!


 あとで余計酷い目にあうかもしれない?????

 今、生きのびることが大事なんだよっ‼‼‼


 どうやら無事にロープは渡れたようで、三人は『まあそれでいっかみたい』な表情でいた。


 あぶなああああーーーー……セーーーーフッ。

 突発デスイベントは心臓に悪いんだよなと安堵しつつ、ふと視線を感じた。


「…………?」


 誰かが、ボクを監視している。

 客からの冷たい視線じゃなくて、ボクの一挙一動をくまなく観察するような……。


 アルマがよくそんな視線をしてくるので間違いはないと思う。

 ファミレス内を見渡すが、しかし怪しい人物なんていない。


「どうされましたか? みそらさま」

「……誰かの視線を感じて」


 クスノさんがパスタを食べてから答える。


「あたしも最近視線を感じることが増えたわね。

 きっと魔王があの邪悪な瞳で、動向を監視しているのよ。

 ふふっ……余裕ぶっているようで、あたしの存在が驚異のようね」

「じゃあ大丈夫かも。ボクの気のせいだったよ」

「じゃあってなによ。じゃあって」


 ちょっとふくれたクスノさんに、アハハ笑いで誤魔化した。


 でも気のせいで済ませて良かったのかな。

 たしかに、妙な視線を感じたような……。


「――にん」


 どこかで、そんな声が聞こえた気がした。

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