後章

第36話 地味男子、日常が浸食される

 突然だが、ボクこと鴎外おうがいみそらの日常を語らせて欲しい。


 ただまあ、ボク自身はさして面白くない。なにせ地味で平凡で冴えない男子高校生だからだ。

 だから、ボクの周りの人を中心に語っていきたいと思う。


 朝。

 遮光カーテンの隙間から、まばゆい光が伸びてくる。

 朝のおとずれをゆったりと感じていたボクは、急激に覚醒するはめになった。


「――おはよう、みそら君」

「う、うーん……へっ⁉」


 太陽のような金髪に、明るい笑み。

 園井田そのいだクスノさんがベッドの側で立っていた。

 クスノさんは真っ白い学生服を着ていた。聖ヴァレンシア学園の制服だ。


「なんでぇ……どうしてぇ……?」

「もーっ、今日は起こしに行くって言ったじゃない」

「い、言ったかな……」


 メッセージが届いていたのかな……。

 ボクがスマホをたしかめるとと、朝4時ごろにメッセージが届いていた。


「ク、クスノさん……これは言ったの範疇には……」

「はいはい、お寝坊さんは顔を洗ってくる。朝食はすぐにできるわよー」


 クスノさんは温和な笑みを浮かべたまま、リビングに向かった。


 リビングの台所では、母さんとクスノさんが仲良く調理している。

 二人は「そんなことありません、お若くてきれいです!」「えへー、ほんとー? クスノちゃんに褒められると嬉しいなー」と楽しそうに会話していた。


 さも当たり前のような日常からボクは目をそむけ、顔を洗う。


 朝食は和食だった。

 ボクの苦手なナスがおかずにあった。


「ナス……」

「みそら君、ナスは調味料で味付けしたあと片栗粉でまぶして揚げたから、苦手な人でも食べやすいわよ」

「え? ほ、ほんとだ……。美味しい……」

「みそら君は子供の頃からナスが苦手よねー」


 クスノさんは微笑ましそうに言ったが、ボクが彼女と知り合ってから日は浅い。

 どうして旧知のような顔でいられるのかがわからない。


 ナスが苦手とも教えたことはないよ……。

 母さんが教えたかもしれないが、それでも昔から知っていましたように普通は言わないよ……。


 なんとか、朝食を終える。

 日比野高校の制服に着替えたボクは、クスノさんと途中まで一緒に登校することになった。


「それでは行ってきます。行こっか、みそら君」

「うん……行ってくるね……母さん……」

「はいはーい。みそら君ー、クスノちゃーん、行ってらっしゃーい」


 母さんはのほほんとした笑顔でボクたちを見送った。


 学園次元都市トゴサカの通学路を歩きながら、ボクは幼なじみのような態度でいるクスノさんに目をやる。


「なーに、あたしの顔になにかついている?」

「う、ううん、なにもついてないけど……。

 な、なんだかさ。

 クスノさんとはずっと昔から仲良しだったみたいだよね……」

「急に恥ずかしいことを言ってくるわねー」


 ボク、なにか恥ずかしいことを言った???


「あーあー、やっぱりみそら君と同じ学校に通いたかったなぁ」

「仕方ないよ」

「仕方ないって。みそら君が聖ヴァレンシア学園に通う未来もあったのよ?

 進路を決めるとき、あたしのことを考えてくれると嬉しかったのになー」


 知り合ったの最近だよね???


「それじゃあここまでね。みそら君、またね」


 クスノさんは爽やかな笑顔で手をふった。


 どうしてあんなに爽やかでいられるのだろう。

 どうして幼なじみのように立ち居振る舞えるのだろう。

 エゲツない距離のつめ方をしてきた彼女だが、『クスノさん、そういうところあるしな……』と考えて、変に納得してしまった。


 そうして昼。


 学校でのボクは相変わらずボッチだ。

 まあ疎まれて孤立しているわけじゃなくて、たんに空気みたいな存在だったのだけれど……最近は意味合いが変わっていた。


 噂の魔王さまとちょっと関わり合いがある。

 小学生と付き合っている疑惑がある。

 さらには、あの甘城あまぎアルマから『様』付けされていることで、クラスメイトと距離ができていた。


「みそらさま」


 銀髪のお人形みたいなアルマが、ボクの机の前で静かに立っていた。


「やあ、アルマ。どうしたの? 昼食ならボクは学食――」

「昼食を作ってまいりました」

「ありがとう。それじゃあ屋上でも行こうか」


 ボクに拒否する権利なんていない。

 選択権などないのだ。


 というわけで、よく晴れた屋上。

 二人して床に腰かけながらお弁当箱をあける。


「わあ。これは……これは…………?」

「みそらさまが前世で好きだったヴァヴァヴァルマーデッドでございます」

「そう。これが。例の」


 名状しがたい、なにかだった。

 たとえアルマの作ってきた料理がマズくてもヒドくても血の味がするのだとしても、ボクはなんだって平らげる覚悟でいたが。

 ここでジャンル【前世料理】かあ。


「じーーーーー」


 いけない。

 アルマから怪しむ視線を感じる。


 彼女は前世でボクと恋仲だったと信じている子だ。

 変に疑われてはマズイ。


「懐かしくてビックリしたよ。ありがとう、アルマ」

「喜んでいただけたようで安心しました。

 今回の料理テーマは『故郷』ということで、実は前世の味を再現しているだけではありません」

「他になにかあるの⁉⁉⁉」

「はい。みそらさまのお母さまから料理を教わり、その味も加えております」

「そう……いつのまに母さんと……」


 アルマ、お前もか。

 そう叫びたい衝動をこらえつつ、ヴァヴァヴァルマーデッドを箸でつかむ。


「前世の味と、おふくろの味か。

 なるほど、故郷ね。じゃあ、いただくよ」


 アルマの圧を感じつつ、ボクはぱくりと一口食べる。


「⁉⁉⁉⁉⁉⁉」


 ――気づけばボクは、クラスで授業を受けていた。


 アルマお手製の前世料理。

 美味しかったのかマズかったのかわからなかったが、記憶が飛ぶような味だったのはたしかだった。


 そして夕方。

 学校から帰宅したボクは、自宅マンションの扉をあける。


「おかえりー、みそらおにーさん」


 黒髪の女の子、八蜘蛛やぐもミコトちゃんが笑顔で出迎えてくれた。


 ミコトちゃんは小学5年生。

 11歳だ。


「みそらおにーさん、今日もお疲れでしょー」

「や、そんなに疲れているわけじゃ……」

「先にお風呂にする? ご飯にする? それとも――」

「ミコトちゃんストップ‼‼‼」


 ボクは手で待ったをかけた。


「それ以上はいけない……。本当に危ないんだ……」

「わかってるよー。冗談だってば。ご飯もお風呂も準備できていません。

 ミコトもさっき学校が終わったばかりだもの」


 ミコトちゃんは次元跳躍者トラベラーだ。


 トラベラーは他人には見えない次元の裂け目に入ることができ、ダンジョンとダンジョン間を移動することで、まるでワープしたかのように移動できる。

 どうも家の近くに次元の裂け目があるらしく、少女は頻繁に家に来るようになっていた。


「あ、みそらおにーさん。洗うものがあったら早めに洗濯機にいれておいてね?

 靴下を裏返しでいれちゃだめだよー?」

「……はぁーい」


 ミコトちゃんはまるで新妻のようにいそいそと洗濯物をたたみに行った。


 最近は、ずっとこんな調子だ。

 家にはミコトちゃん専用の食器があるし、ミコトちゃん専用の歯ブラシがあるし、なんならハブラシはボクと同じコップのなかに入っている。


「奥さまは小学生~♪」


 機嫌よさそうな鼻歌に、ボクの心臓が止まりかけた。

 クローゼットや遠くのビルを見つめて、アルマやクスノさんからの攻撃がなかったことに安堵する。


 ……寿命が縮んだかと思ったあ。


 ミコトちゃんを無邪気な子供だとお思いだろうか。

 しかし少女は子供を武器にしてくる子だ。


 この前なんて怖くて眠れないからと、ボクの部屋にやってきたこともある。


『怖くて眠れないの……。

 ミコトまだ子供だから……一緒に寝ていいよね?』


 そのときのミコトちゃんは絶対捕食者の瞳をしていたので、母さんと一緒に寝てもらうことで事なきを得た。


 こんな風に、驚くほどの勢いで、ボクとの距離を詰めてきた三人娘。

 自宅に頻繁に来るようにもなり、うちの母さんはどんな反応を示したかだが。


『あのねあのね、みそら君!

 クスノちゃんと一緒にお買い物をしていたら、姉妹だと間違えられたの!』


 母さんの見た目は若く、姉……下手をすればボクの妹と間違えられるぐらいの容姿だ。

 姉妹と間違えられたことに、すごく喜んでいた。


『みそら君、お母さんねー。娘が欲しかったの!

 それが急に三人だもん! さーんーにーん!

 嬉しいなー楽しいなー!』


 おかしな三人娘に危機感を覚えるよりもまず、娘(仮)ができたことを喜ぶあたり、のほほんとしすぎというか、おおらかすぎるというか……。

 うちは母子家庭。

 母さんには感謝しているけれど、もちょっと危機感をもって欲しい。


 とまあ、これが地味で平凡で冴えない男子高校生の日常だ。

 どうしてだか『日常の浸食』という言葉が頭に浮かんだりするけれど、(今のところ)元気でやっている。

 たまに、死ぬ思いをする。


 そんなボクには秘密がある。 

 実はボクは……尊大で、傲慢な、最強の魔王さまなんだ。

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