第37話 地味男子、魔王さまでの日常

 青空が澄みわたる、鉱山跡ダンジョン。

 切りたった崖の前に、ボクたちはいた。


 ボクは重厚なローブをまとい、頭に飾り角を生やし、妖しげな光を放つアクセサリーを身にまとっている。

 さらには化粧により、ボクは魔王ガイデルと化していた。


 闇の炎でつっくた椅子に、ボクはいかにも魔王らしく腰をかけている。


 側には、大鎌のアルマ、マジックガンナーのクスノさん、罠師の仮面少女MOエムオーが配下として控えていた。


 ちなみに炎の椅子は座り心地がとてもよくない。

 だがミコトちゃんがトラベラーだと知ったアルマが、ここぞとばかりにグログロした椅子を持ってこようとするので、仕方なかった。


「ククク……クククッ……」


 最近は魔王笑いが増えていた。

 魔王らしい態度が求められる状況下、なにか企みがあるかのような笑い方はとても便利だったのだ。


 アルマがひらいているステータス画面では、配信がはじまっている。


『見て! 魔王さまが笑っておられるわ! ククク! クククよ!』

『今宵の贄を前に血が滾っているんだっ!』

『そーれ、トゥー! トゥー! トゥー!』


 リスナーたちはお軽いノリで、あいかわらず血の気が多い。

 そんな中、ねっとりしたコメントも増えていた。


『魔王さまぁ……あなたさまの終末が迫っておりますぅ……』

『あなたさまに贄を捧げました。スデドラメルパワーが無事にデザント空間に届けばよいのですが』

『XDAYにそなえて、下部組織を立ちあげました。いつでもご命令ください』


 闇ガチ勢アルマが側にいるからこそわかる。

 魔王に惹かれて集まりだした、深淵の者たちだ。


「ククク……クク……ッ」


 笑っていないと怖くて怖くて表情が崩れそうだよ……。

 ひとまず今日の贄……もとい、ボクにからんできた者を見つめる。


 切りたった崖の上には、赤色・青色・虹色の全身タイツ人間がいて、快活に叫んでくる。


「猫に九つの命あり!」

「前世、覚えていますか?」

「「「輪廻の果てに邂逅した三つの魂! 

 オレたちには上下関係なんてない!

 運命戦士ッ、前世ーズ‼‼‼」」」


 ババーンッと前世ーズは崖の上でポーズを決めていた。


 一人だけ虹色タイツで目立とうとしていない?


「……アルマ、先日はどのような連中であったか?」

「先日の者たちは、魔王はプラズマの塊だと主張する科学者集団でございます」


 最近ホンッッットこんなのばっかしで、アルマも若干疲れた顔をした。


 黒森との騒動が落ち着き、ボクにちょっかいをかける者は少なくなったのだが。

 その分とてもとても濃い方々がやってくるようになっていた。

 魔王という特異な存在が琴線に触れるようで、それはもう濃度が高い。目立って有名になりたいとかじゃなくて、信念があるから性質が悪かった。


 前世ーズが崖の上から叫ぶ。


「「「魔王! 前世の決着をつけにきたぞ!」」」


 前世信奉者はもう増えないで欲しいんだけどなあ……。

 アルマは珍しく嘆息吐き、クスノさんにお願いする。


「はあ……それでは園井田さん。彼らを狙撃で崖から撃ち落としてください」

「あたし、今日はただの監視役だから」

「それは魔王さまの命令に逆らうと?」

「最近…………魔王の命令に従うフリをして、自分の加虐性を満たしているんじゃないかって噂が立っているみたいでね」 


 クスノさんはボクをにらんできた。


「クククッ……気づいたようだな」


 ようやく気づいてくれたんだ……。


『クスノちゃん、とっくに仲間だと思っていた』

『クスノちゃん闇寄りの闇だよね。むしろ闇そのものだよね』

『そんなことはない! クスノちゃんは光の人間だ!』

『ボランティア活動を手伝うクスノちゃんを見たことないのかよ! 天使そのものだよ!』


 リスナーからのフォローに、クスノさんは涙ぐむ。


「み、みんな……ありがとう!

 ……うん! あたし、きっと闇の誘惑に耐えてみせるわ!

 魔王の策略に打ち克ってみせるっ!」


 己の加虐性は、魔王の策略によるものだと解釈したらしい。

 たぶん、ボクの命令に従う内に闇の心が芽生えはじめた的なストーリーが、彼女のなかで出来上がっているのだと思う。


 クスノさん……耐えると言っている時点でもう手遅れなような……。


「魔王! どーしても、どーしてもと言うのなら狙撃しなくもないわよ⁉⁉⁉」


 速攻で負けそうになっていません???


「ふん、バカめ。今はそのときではないわ」

「そう……」


 クスノさん、すこし残念そうだ……。


 彼女の闇堕ちを防ぐためにも、早めにこの場をどーにかしたいところだが。

 と、前世ーズが先手必勝とばかりに攻撃をしかけてきた。


「「「三位一体! 食らえ! 前世の絆!」」」


 前世ーズは大きな鉄球になにかしらのエナジーを注いで、ドギューンとふっ飛ばしてきた。


暗黒の遊戯ダークジャンケン


 ボクの指先から放たれた闇の炎が形を変える。

 グーで鉄球を粉砕し、チョキで細切れにして、パーでパッパッとはらった。


 魔王ポイント……30点!

 技名がしまらなすぎた。

 いや、このしまらなさは逆にアリなのかも?


 加点すべきか悩んでいるボクに、前世ーズは戦慄していた。


「「「そ、そんなオレたちの前世の絆が……」」」


 前世の絆を切り捨てるように放ってきたくせに。

 アルマもボクと同じように思うところがありか、目を細めていた。


「まったく、ありもしない前世を妄信するなど愚かしいことです。

 彼らはもっと現実いまに目を向けるべきでしょうに」

「え?」「え?」「え?」


 ボクとクスノさんと仮面少女MOは、同時にアルマに視線をやった。

 あなたがそんなことを言いますかみたいな視線に晒されても、アルマは『なにか?』みたいな涼しい顔でいる。


 ま、まあ……アルマは魔王との前世以外は信じていないのかも……。


 と、仮面少女MOがボクに意見を求めてくる。


「魔王さまー、奴らを処しますかー?」

「クククッ……さて、どうしてくれようか」

「かしこまりしたー、処しますね」

「クククッ……まあ待て待て待て。今は様子見の時間ぞ」

「えー……」


 仮面少女MOミコトちゃんは不服そうだ。


 仮面少女MOは魔王ボクが誰かを知っている。

 なんなら三人の中で一番事情に詳しいわけだし、魔王プレイに付き合わなくてもいいのだが。

 どーもボクの敵となるような連中には攻撃性を示す傾向があるみたいで……クスノさんとは違った加虐性を見せるときがあった。


「正体を隠す人間なんて、ろくな奴はいないよー。

 全身タイツの人たち、ぜーったい性格がひねくれているよ。ねじまがっている人間だよー」

「ん?」「ん?」「ん?」


 ボクとアルマとクスノさんは、仮面少女MOを見つめた。

 仮面少女MOは『自分は子供だからノーカウント』みたいな感じで佇んでいる。


 まあ、うん、仮面少女MOミコトちゃんはこれからの子だし。

 とにかく話がこじれる前に、前世ーズを追いはらおうとしたのだが。


「「「おのれえええ、魔王!

 オレたち前世ーズはこの程度じゃへこたれない!

 次の攻撃で前世からの長きにわたる因縁、VS魔王の決着をつけてやる!」」」

「あ」「あ」「あ」


 ボクとアルマと仮面少女MOは、クスノさんを見つめる。


 クスノさんの瞳のハイライトは消えていた。

 白い箒のような魔法銃マジックガンをフルチャージして、ぶつぶつと呟いている。


「悪魔は消去……焼却……この世から削除しなきゃ……」


 とりあえず、クスノさんの尊厳を守るためにもだ。

 ボクは魔王らしく大袈裟に手をかざして、命令を出してあげる。


「クハハハッ! いけぇい、園井田クスノッ! 

 我の思うがままに暴れるのだ!」


 クスノさんは待ってましたとばかしに銃をかまえる。

 チャットはとても盛りあがっていた。


『クスノちゃん、闇に負けないでー‼‼‼』

『ふはは! 光の人間どもよ! 闇に堕ちた園井田クスノを見るがいい!』

『クスノちゃんは闇になんか負けない!』

『だいたいクスノちゃんは昔からずっとあんな感じだし!』

『ふはは! ふははは???? え…………?』


 光の人間の勢いに、闇の勢力が押されていた。


 そうして悪魔を祓わんと、ひときわでかーい光線が前世ーズをなぎはらった。

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