第35話 乱・配下集合!

 とある日の放課後。

 本日は魔活もアルバイトもなく、久しぶりに自由な日となった。


 なにもなく、心穏やかに過ごせるのは本当に素晴らしい。

 平和ってなにものにも変えられないのだなあと、ゆるやかな時間を噛みしめる。


 まあだからってなにもしないわけにもいかず、ボクはミコトちゃんを自宅マンションに呼んだ。


 ミコトちゃんは『仮面少女MO』として魔王の配下となった。

 トラベラーとしてなにかと大変なボクの力になりたいと、本人たっての希望だ。


 アルマはしぶっていたのだが、ミコトちゃんの能力は魅了的なようで、ボクに『小学生ですよ?』と念を押してから了承した。


 もちろん、ダンジョン時は少女にボクが作った闇の炎のローブで防御力をあげたり、正体隠しやらを付与している。危険なときは絶対に守るつもりだ。


 それに実際、すごく助かっている。

 魔王軍行進のときとか花上さんの件だけでなく、他の人には見えない次元の裂け目のおかげで、魔活がとても楽になった。

 着替えもそうだが、他人の監視からも逃れやすくなっていた。


 諸々のお礼も込めて『ボクにできることがあれば叶えてあげるよ』とメッセージを送ったところ、ひとまずボクの家に行きたいとのことだ。


 了承すると、ものの数分でやってくる。

 なんでもこの近くに見えない次元の裂け目があるとのこと。

 ミコトちゃんは「いつでも会いに行けるね」と言っていた。


 へー、そうなんだー。家の近くにあるんだー。


 自室にやってきたミコトちゃんは、テーブル前にちょこんと座って、どこか気恥ずかしそうにしている。ちょっと緊張しているのかもしれない。


 可愛いところがあるなーとボクはのほほんしながら対面に座る。


「ミコトちゃん。この前のこともそうだけれど、力を貸してくれてありがとう」

「お礼なんていいよー。ミコトがおにーさんの力になりたいの」

「うん、ミコトちゃんの気持ちは本当に嬉しい。

 ……でも、無理だけはしないでね?」


 ボクの言葉に、ミコトちゃんがゆっくりと首をふる。


「無理なんて少しもないよ。

 ミコトはみそらおにーさんの力になれるだけで幸せなの。

 それに、みそらおにーさんとは運命で結ばれているもの。力を貸して当然だよ」


 ボクはドキリとした。


 頬を染めた少女の愛らしい表情、うるんだ瞳、まっすぐな言葉。

 そのどれでもない。


 テーブルに差しだされた紙に、心臓が止まりかけたのだ。


「ミコトちゃん………………あの、これ…………」

「それじゃあ、みそらおにーさん。ミコトのお願い。

 ここにお名前を書いてね?」


 お互いの名前や住所や本籍を記述する紙。



 ――婚姻届だった。



 ボクは婚姻届とミコトちゃんの愛らしい笑顔に、何度も視線をやる。

 十数往復したところでようやく口をひらく。


「ミコトちゃん……」

「なあに、みそらおにーさん」

「ミコトちゃん……ミコトちゃん……」

「ミコトはここにいるよー?」

「ミ、ミコトちゃん……ミコトちゃん…………ミ、ミコトちゃん……」

「ふふっ、みそらおにーさん面白ーい」


 ミコトちゃんはクスクスと微笑んでいる。


 ボクはといえば頭がバグりかけていた。

 動悸も激しい。

 恋の駆け引きとか、甘酸っぱい思い出とか、すれ違いによる衝突だとか、そんな思い出やすべての順序をすっ飛ばして、差しだされた婚姻届結末


 ミコトちゃんの名前を連呼するだけで、いっぱいいっぱいだった。


「みそらおにーさん。

 はい、こーこ、ここにお名前だよー?」

「あ……う、うん……………」

 

 ミコトちゃんの望みを叶えると決めたときから準備はしていた。

 どんなボールがこようが受けとめられる心構えをしていたし、なんならお金も溜めていた。


 だがそもそも、ステージが違ったのだ。


 ボクは一生懸命ゴールポストを守っていたけれど、ミコトちゃんはゴールポストの枠を超える巨大なボールを放ってきたのだ。

 立っているステージが、あまりにも、あまりにも違いすぎた。


「……ボ、ボクとミコトちゃんとじゃ年齢差があるし。

 そ、そもそも結婚できる年齢じゃないよ」


 ひとまず巨大ボールを受け止めるのでなく、現実サイズに戻そうとした。


「うん、わかってる。

 だから、これはあくまで約束的なものだよー」


 ミコトちゃんも年齢のことはよくわかっているようだ。


 それなら少女の願いのためにも、名前ぐらい書いていいのかもしれない。

 未来がどうなるかなんてわからないのだし。


「あのね、この婚姻届は観賞用だよ」

「鑑賞……?」

「そー、ミコトが眺めるためにあるのー」

「そ、そっか……鑑賞用……」

「それとねー。ミコトが歳をとるたびに、みそらおにーさんには新しい婚姻届を書いてもらうつもりだよー?」

「え……な、なんで……?」

「毎年増えていく婚姻届に、近づいていく結婚……。

 そーやってね、みそらおにーさんとの繋がりを強く実感するんだあ」


 重い……‼

 この一枚の紙は、地球上のどんな物体より重い……‼‼‼

 気軽な気持ちでぜーーーったいに記入してはいけないものだ……‼‼‼‼‼


「それにぃー、ミコトの力とみそらおにーさんの力が合わせればとんでもないことができそーだし?

 ミコトが研究に必要だってエライ人にお願いすれば『鴎外みそらに限り、小学生でも大丈夫』って、トゴサカの特例法が敷かれちゃうかもー?」

「ミ、ミコトちゃん……それは……ボクの力については……」

「だいじょーぶだいじょーぶ。

 おにーさんが困ることなんてしたくないしー、誰にも言わないよー」


 だけど、いざとなればそうするかもと瞳に書いてある。

 見逃してくれなさそうなミコトちゃんにボクが追いつめられていると、お助け天使……否、死神があらわれた。


 ギギギーと、クローゼットが不気味な音を立てる。


「――そこまででございます」


 アルマだ。

 大鎌をもったアルマが、クローゼットから静かにあらわれた。


「すっげ」


 怖いの限界を超えてしまったボクは、そう感嘆するしかなかった。


 どうしてクローゼットにいたのとか。

 いつからいたのとか。

 なんで当たり前のように大鎌をかまえているとのか。


 頭が理解を拒む。現実が理解を拒んでくる……。


 ミコトちゃんは予期していたのか唇をとがらせる。


「ぶー、アルマおねーさん。邪魔しないでよー」

「配下としては認めましたが、第三夫人は認めておりません」

「戸籍的には、ミコトが第一夫人になるかもだよー?」

「ありえません。そもそも、神や国が許してもわたしが認めません」


 やめて……二人で火花を散らさないで……。

 その火花だけでも、ボクは燃え盛ってしまう……。


「みそらさま」

「はい、なんでしょうか」


 ボクはいつのまにか正座していた。


「ここしばらく八蜘蛛やぐもさんが浮かれておりましたので、なにか企んでいると思い、見張っていて正解でしたね」

「……それで、クローゼットに?」

「当然でございます」


 当然かあ……。

 当然にしないで欲しいなあ……。


「みそらさま、婚姻届には近づかないように」

「いや、まあ、記入は……」

「いえ、園井田さんが長距離から監視しておりますので」

「は????????」

「小学生とお付き合いするのではと心配していたようで、わたしと同じく警戒していたようです。

 婚姻届に迂闊に近づくと、窓から狙撃されますよ」


 狙撃て……監視云々もそうだけどクスノさんらしい……。


 って。

 標準世界で狙撃ってなに??????

 マジックガンは使えないよな????

 なにで、どーやってボクを狙っているわけ⁉⁉⁉⁉


 テーブル上のボクのスマホがぶーんと震える。


『矯正』

『修正』

『反省』

『矯正』

『修正』

『反省』


 クスノさんからのメッセージだ……。

 遠くで監視していますよとアピールしつつ、しっかりとプレッシャーをかけてきた……。


 穏やかだった日のはずが、絶体絶命の状況に。

 ボクはまたも命綱なしでロープ渡りをするはめになる。


「すぅーーーーーーーーはぁーーーーーーーーーー」


 深呼吸して、頭をクリアに。

 今度も、絶対に絶対に生きのびてやるさ‼‼‼


 そういきこんでいたボクに、ミコトちゃんが微笑んだ。


「みそらおにーさん。ぜったい、……?」


 小学生らしからぬ、妖艶な微笑み。


 ミコトちゃんから感じていた糸がじわじわ伸びてくるイメージはなくなって、代わりに大きな蜘蛛が糸でボクをがんじがらめにするイメージが強くなっていた。


 それでも、少女が一人で遊んでいたときの笑みよりは全然いい。

 全然いい…………のかもしれない。

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