第34話 地味男子の器

 魔王軍の行進から幾日が経過した。


 ちまたの魔王論争は激化して、終末論を唱える者もでる始末。

 ボクはただの魔王なりきり君だし、世界を相手になにかするわけでもないのでご安心くださいと言いたいところだが、アルマがいる手前そんなことは口が裂けてもできない。


 つまり、魔王らしい評判がいっそう広がってしまった。


 さすがに、ダンジョン管理局が動くだろうとは思った。

 次元境界ダンジョン管理局。

 別名ダンキョー。


 ダンジョンにかかわる事象を、監視・調査する公的組織だ。

 ダンジョン犯罪も主にダンキョーで取り扱うため、治安能力もある。


 魔物剥製事件も、ダンキョーと警察が半々で担当するみたいだ。

 とはいってもダンジョンのルールはまだまだ整備されておらず、トゴサカにおいては特例法が敷かれ、学生に一部自治権が与えられているために立場は弱い。


 なにかと腰の重い組織だが、さすがに今回は動いた。

 動いたというか、アルマとクスノさんに任意の事情聴取があったのだ。


 まあ、二人が一方的に語るだけに終わったらしいが。

 アルマは『魔王さまの偉大さ』について熱く語り、クスノさんは『悪魔の恐怖』について熱く語り、それはそれは管理局の人を戸惑わせたそうな。


 よくそれで済んだなと、他に問題がなかったのかアルマにたずねたのだが。


『問題ございません』


 彼女は簡素にそう答えた。

 さしたる障害ではなかったと言いたげな表情に、ボクもそれ以上は聞かなかった。


 反してクスノさんは『聞いてよ、みそら君! ダンキョーの人たち、あたしの話をまともに聞いてくれないの! 奴らも悪魔の手先なのかも……!』と憤慨し、暴走しかねなかったので、どうにか気を紛らわせようと一緒にお買い物などした。


 とまあ、ここ最近におけるボクの問題は片付いた。

 いや……まだ、黒森が魔王さまにからむ気満々だ。


 今も黒森の生徒会室で、花上レミが【超最強☆生徒会長☆花上レミ】とネームプレートが置かれた机に座り、カメラ機材で配信をしていた。


「にゃははーっ! みなのしゅー、今日も黒森っているかー!」


 猫っぽくてちっこい女の子が、元気よくしゃべっている。


「なんかー! 魔王軍大行進めーーーっちゃバズったよね!

 しかも魔王さま配下発信なわけだし、これは黒森のこけんにかかわるってやつだよね!

 黒森の生徒会長としても、もーーーっと迷惑かけるしかないわけでー!」


 さらに迷惑かけますよ宣言。

 これはもう待ったなしだよ。


 次元の裂け目から様子をうかがっていたボクは、生徒会室の電気を消して、そのまま花上さんを拉致る。


「て、てきしゅー⁉ てきしゅーだー! ぼく様を拉致る気か⁉

 おのれー、どこかに売り飛ばしてアイドルに育てる気だな!

 大人気アイドルになっちゃうじゃないか!」


 前向きに騒がしいね……!

 状況はよくわかってないだろうに、ここまで騒げるのはもはや才能としか。


 そんなわけで、砦ダンジョンの地下室。

 おどろおどろしい拷問器具(アルマから借りた)が並べられた部屋で、花上レミは糸で宙づりにされていた。


「な、なんだななんだ⁉ ぼく様はなんでダンジョンにいるんだ⁉」

「花上レミ」

「あ! 魔王さまだ!

 なんだ魔王さまのしわざかー! ビックリしたじゃないかー!」


 元気だなあ。


「……花上レミ、ステータス画面をひらいて配信をはじめろ」

「はいはいー! みんなー見て見てー! 魔王さまに捕まっちゃったー!

 なんかねー、すっごく怖い部屋にいるよー!」


 すっごい明るい笑顔で花上さんは、黒森リスナーにしゃべっていた。


 強いなあ。

 ほんっっっと強いなあ……。


 やっぱり言い聞かせられる相手じゃない。

 予定通りはじめよう。


 ボクは側で控えていた、炎のローブをまとった仮面少女MOエムオーに『早速はじめて』と視線をやる。

 仮面少女MOは魔糸ましを操り、大きめの尻たたきハンドを動かした。


「へっ……⁉ なになに⁉」


 バシーーンッと、花上さんに尻たたきハンドが炸裂する。


「ひゃえええええええええええええ⁉⁉⁉」


 バシーン、バシーンっと何度も炸裂した。

 花上さんの醜態を前に、チャットではいつものことみたいな反応が流れてる。


『レミ会長、尻叩かれてるじゃーん』

『あーあー、魔王さまに怒られたー』

『レミちゃんの泣き顔を保存しました』


 仮面少女MOは、バシンバシンと花上さんの尻を叩いている。


 あの、ところでミコ……仮面少女MOちゃん。

 くすぐりハンドでひたすらこそばすだけじゃなかったのですか……?


 無機質な仮面は答えない。

 なにも答えてくれない……。


「ご、ごめんなさーい! もうしませーーーーんっ!」


 半泣き状態の花上さんが謝ってきた。


 ま、まあ花上さんも反省してくれるようなら……。

 仮面少女MOに目配せし、尻叩きをやめさせる。


「花上レミよ。我の都合もおかまいなしにからむのならば、相応の痛みと恥は覚悟してもらうぞ」

「は、反省するぅー……」

「わかればよい」

「でもね、魔王さま」

「……なんだ?」

「反省。忘れちゃったら、ごめんね?」


 花上レミは半ベソをかいたまま、にぱーっと微笑んだ。


 ……ボクを煽っているわけではないんだろうなあ。

 喉元過ぎたら忘れちゃうからごめんね、みたいな顔だ。

 反省しないんじゃなくて、楽しいことばかり考えたい子みたいだ。


 黒森を体現するかのような花上さんがこの様子だ。

 魔王ボクという遊び相手がいるかぎり、黒森はずーーっとからんでくるのだろう。


 過激な犯罪はしてこない分、ボクとしても強めにでにくい。


『ごめんねー、魔王さまー。レミ会長いつもこんな感じなのー』

『うちら黒森の生徒はだいたいこんな感じだけどねー』


 リスナーたちも性分だからねーと開きなおっていた。


 ………………仕方ないか。

 それが彼らの性分であり、彼らのこだわりというならばボクも腹をくくろう。


 わからない程度に深呼吸する。

 そして、ほんの少し穏やかな口調で告げた。


「かまわぬ」


 ボクの反応に、花上さんとリスナーが静かになる。


「遊びたい盛りの子供が、遊び相手が欲しいと暴れるのであれば、器量を見せてやるのも魔王のつとめ。それに天邪鬼で悪戯盛りの子ほど、将来有望な魔に成長するのでな」


 まあ、ボクもぜんぜん子供なわけですが。

 ボクの言葉に、リスナーがちょろっと反応した。


『……魔王さま、私たちと遊んでくれるわけー?』


 けっこー迷惑かけているのにいいのー、とでも言いたげな質問だ。


 自覚あるならやめて欲しいなあ。

 ……まったく。

 ボクは余裕たっぷりの笑みで答えてやる。


「寂しいのなら、いくらでも付き合ってやる」


 ただまあ限度はあるけどね。

 ほんと限度はあるけどねと、つけ加えておく。


「だが、過度な火遊びは厳禁だ。花上レミのような過剰なからみもな。

 子供の尻拭いをするほど我も暇ではないのだ。

 阿呆なことをやらかせば、今回のように盛大に恥をかくとは覚えておけ」


 黙って聞いていた花上さんがウキウキに聞いてくる。


「つまり、魔王さまは黒森を支配したい……生徒会長になりたいわけ?」

「は?」

「黒森の生徒会長は、みんなの遊び相手になる義務があるからねー!

 遊びを一番提供してくれるなら魔王さまが生徒会長だね!」


 花上レミはニコニコ笑顔だ。


『魔王さまが黒森を支配かー。いいかもー』

『なんかそっちのほうが面白そうー』

『魔王さまバンザーイ! 魔王さまバンザーイ!』

『魔王さまよろしくねー!』


 ちょっ、勝手に話を進めないでくれよっ⁉

 ……いやでも前よりマシな状況にはなるのか?


 ボクはうーんと考えこみ、以前クスノさんが言っていた言葉を思い出す。


『あそこの生徒会長はね、一番アホで騒々しい子が就任する決まりなのよ』


「……花上レミ、黒森の生徒会長は貴様が適任だ」

「えーーー⁉ やっぱり、そう思う⁉

 だよねー、威厳あふれまくりだしー、ぼく様こそが黒森の超最高な生徒会長だよねー!

 じゃあじゃあ、魔王さまは影の生徒会長ってことでよろしくね!」


 もう調子にのっている……。

 ぜんっぜん懲りてないな!


 はあ……まあ……黒森との厄介ごとはこれで、ある程度は沈静化するかな。

 ボクは肩の力を抜いて、仮面少女MOを見つめた。


 他の人に見えない次元の裂け目が黒森の生徒会室にあったとのことで、それならばと今回の件を少女にお願いしていた。


 ちなみに仮面少女MOとは、少女自身が名付けたもの。

 MOとはイニシャルからつけたらしいが、それなら少女はMYのはずだ。


 その名はどこからきたのかとボクの素朴な疑問には、実に簡単なことだよワトソン君みたいな態度で少女が説明してくれた。


『鴎外のOに、ミコトのM。

 鴎外ミコト……ミコト鴎外MOってことだねー。おにーさん』


 ………………つまり、どういうことなんでしょう。

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