第27話 地味男子、またも現実逃避する

【鷗外家美少女襲撃】事件から幾日が経った。


 ボクは華麗な花が咲きほこる、花畑ダンジョンに一人でやってきた。

 今日はトゴサカが開催するフラワーデイで、次元変数をいじるにいじったダンジョンには四季の花が季節に関係なく咲いている。


 ボクは一般客から離れて、小さな丘に腰を下ろしていた。

 そこで索敵鼠こと、ちゅー太郎に話しかけていたのだ。


 もちろん、現実逃避のためだ。


「聞いてよ、ちゅー太郎。ここ最近のボクに会った出来事なんだけどさ」

「ちゅー? ちゅー?」


 ちゅー太郎がつぶらな瞳で見あげてくる。

 ふふっ、可愛い。癒されるなあ。

 最近は、ダンジョン内なら自動召喚されるように設定しているんだ。術の産物じゃなくて、生き物感が増すし。


「黒森の生徒会長……花上はなうえレミって子なんだけどさ。

 ふんぞり返るだけのタイプかと思ったら、案外自分から動くタイプでさ……」


 花上レミは、誰よりも率先して配信してきた。


『にゃははー! 魔王さまはなにかと闇扱いされる存在だけどさ!

 今の時代そーゆー、かくいつ的な考えより、多様性だと思うのっ!

 というわけで光と闇があわさり、さいきょーにみえるサバトをひらいてみました!』


 どこぞの館ダンジョンは、ゆるふわーな世界感に様変わり。

 館は可愛いものだらけで、心癒される環境音楽が鳴っていて、甘ったるいお香がたかれている。

 そして黒森生徒たちが魔王の壁画前でお茶をしていた。


 花上レミは実にファンシーなサバトをひらいてきたのだ。


『魔王さま、遊びにおいでよー! 待ってるよー!』


 これに憤慨したのがアルマである。


『解釈、違いでございます……!

 わたしが許しても……魔王さまは決してお許しになりません……!』

『んにゃあああああああああ⁉⁉⁉』


 大鎌で暴れるアルマにより、光は闇に染まる。


 後日、動画【魔王さま、解釈ちがいによりキレる】がプチバズる。

 そして花上レミに負けじと黒森生徒たちは創意工夫にあふれた動画をつくり、全然めげない花上レミがみんなを煽った。


「聖ヴァレンシアや魔王ボクが、なかなか出てこられないのがあるけれど……。

 良い意味でも悪い意味でも、めげないってすごいね……。

 おかげで身バレの可能性がぎゅんぎゅんとあがってるよ……」

「ちゅーちゅー」

「それに厄介なのは黒森の子たちだけじゃなくて、迷惑冒険者もいてさ」


 迷惑冒険者も厄介だ。

 どうもバトル意識の高い方々が多く、魔王の存在が気にさわるのか、ダンジョンを占領してでも喧嘩を売ってくる。


 放っておくわけにもいかず、魔王ボクが対処することは多い。

 50名ほどの冒険者が遠慮なしで魔術をぶっぱなしてきたので、さすがに少しキツメに術をつかった。


暗黒の跳躍ブラックトランポリン


 魔王ポイント……65点!

 暗黒のトランポリンで、迷惑冒険者をひたすらバヨンバヨンッさせる術だ。

 ゆるそうでなかなかキツイと思う。


 なにせ、ここにクスノさんが加わるからだ。


『ここであたしに狙撃させて、人間ビリヤードをするつもりね! 仲間同士の衝突で、恐怖を煽るってわけ! なんて恐ろしいの!』


 ボクの想像をはるかに超えて、クスノさんは狙撃する。

 『おのれ魔王!』と彼女が鬱憤を溜めたあとは、きちんとフォローマッチポンプ

 ゴミ清掃やボランティア活動を手伝って、クスノさんと親交を深めたりした。


「クスノさんは良い人なんだよ……良い人なんだ」

「ちゅー……」

「ボクの世話を焼いてくれたりするしね」


 この前も狙撃を教えてあげると、ダンジョンで指導してもらった。

 ただ海外出身だからか、なにかと距離が近い。


『狙撃は呼吸が大事なの。いい?』

『ね、ねえ、クスノさん。ち、ちかい……』

『んー? そんなに近いかしら?』


 と、彼女はどこか嬉しそうに身体を近づけてきた。


「クスノさん、綺麗な人だからさ。イヤってことは全然ないんだよ」

「ちゅー? ちゅちゅー……?」

「でもさ……アルマがこれ見よがしにボクの前で大鎌を砥いでくるんだよ……」


 アルマの鬱憤を溜めないため、今度は魔活に勤しむ。


 アルマたちと魔活→クスノさんにフォローマッチポンプ→魔活→フォローマッチポンプ

 基本ルーチンはこの繰り返しだ。


「最近はルーチンにミコトちゃんが加わるようになってさ」

「ちゅーちゅー」

「ミコトちゃんは特になにをしてくるかわからなくて……」


 ボクの複雑な人間関係に気づいているのかはわからないが、アルマやクスノさんに対抗するようにからんでくる。


 基本、遊びたいのだとは思っている。

 ミコトちゃんから送られきたメッセージの数々もこんな内容ばかりだし。


『おにーさん、あーそーぼ』

『おにーさん、ここどこだと思うー?

 そー、おにーさんが働いているコンビニー』

『おにーさん、今日は一緒に帰ろよー。

 噂になったら恥ずかしい? もういまさらだよー』

『おにーさんのお母さんとっても優しい人だよねー。ミコトにもかまってくれるもん』


 ……あれ、外堀と内堀を埋められていってない?


 ま、まあ遊びたい年頃なのはわかる。

 たまーにボクを驚かせるようなメッセージもくるが。


『おにーさん。ミコト、悪い人に捕まっちゃった』


 それで駆けつけてみれば、悪キャラのマスコットというオチ。


 さらには魔活に興味があるようで、アルマたちについていきたがる。

 おかげで、魔王にお着替え中を覗かれかけもした。


「……あと、ミコトちゃん。ちょっと変わっているんだよな」

「…………」

「神出鬼没というか、撒いたと思ったのにいつの間にか追いついていたり……。

 黒森とボクの学校とは離れているのにすぐにやってきたり……」


 初対面で、ボクからなにかを察していた。


 なにかを隠している気がする。

 だからといって暴く気はないが。ボクだって魔王のことを隠しているし。


「人には色々あるしね。ね、ちゅー太郎」


 反応がない。


「ちゅー太郎?」


 ちゅー太郎は、ボクから離れた場所で野いちごを食べていた。

 ボクの大事な話し相手は『あん? まだなにかベラベラしゃべってたのか?』みたいな態度で、野いちごを食べている。


「ちゅー太郎うううううううううううう‼‼‼」


 心の支えからの素っ気ない仕打ちにボクがうなだれていると、背後からどーんと体重がのしかかった。


「どーんっ!」

「わっ……! ミコトちゃん⁉」

「おにーさんに会いにきたよー」


 ミコトちゃんはボクの肩に顔をのっけて、クスクスと微笑んだ。


「え? えっ? どこから⁉」


 ダンジョンの出入り口ははるか前方だし、気づかないわけがない。

 いやまあ一般客にまぎれていたら見つけられないが。

 でもそもそもどーやってボクがここにいるのを知ったんだ???


 ボクが考えこんでいると、少女は背中から降りて、顔をのぞきこんでくる。


「みそらおにーさん、またお疲れ気味ー?」


 ミコトちゃんは、ほんのちょっとだけ寂しそうな顔をした。


「べ、別に疲れているってことは……」

「ねずみさんにぶつぶつとお話しするぐらいなのに?」

「ねずみが話し相手なのは変なことじゃないよ」


 変なことじゃないよな?

 ちょっと自分の精神状態がわからなくなっていたボクに、ミコトちゃんが目をそらしながら言った。


「…………あのね、あんまりミコトにかまわなくても大丈夫だよ?」

「え? なんで」

「……なんでって、それは」


 なにかとふりまわしてくるが、ミコトちゃんは空気を読める子だ。

 そんな少女が気をつかう素振りを見せたので、ボクはきちんとたずねた。


「ミコトちゃん。今はもう、寂しくないよね?」


 素朴な問いかけ。

 遠慮しないでいいよという意味も込められている。


 すると、ミコトちゃんはそっぽをむいてしまう。

 頬を染めながら、口をもごもごと動かしていた。


「…………へーぇ。ふーん。へーぇ。そう返すんだ」


 ミコトちゃんは心の深い部分に刺さったかのように、眉をひそめている。


 ボクの言葉が気に食わなかったのかもしれない。

 偉そうだったかも。


「ボ、ボクがいつも一人だからこそ、そーゆーのに敏感で……偉そうだったよね」

「……みそらおにーさん、普段から防刃ベストを着たほうがいいと思うよ?」

「なんで⁉⁉⁉」


 いつか刺すってこと⁉⁉⁉


「なんかおにーさん、個性豊かな女の子とばかりめぐりあいそーだしね。

 まだまだ増えるんじゃないかなー?」


 ミコトちゃんは面白可笑しそうに、クスクスと微笑んだ。


「え? いや、そんなはずは……。あ、あはは……うん、気をつけるよ……」


 そんなはずは……ないと思いたい。

 増えないよね…………?

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