第25話 配下集合!①

 次の日、ボクは学校を休んだ。


 病欠ではない。サボりだ。

 もちろん、学生が学校をサボるなんてよくないとは思う。

 けれど、休みたくなる気持ちをわかって欲しい。


 学校に行きたくないのだ。人の目が怖かったのだ。

 電話もネットもSNSもすべてをって、今は自分だけの世界に浸りたかったのだ(2回目。聖ヴァレンシア学園に喧嘩を売ったとき以来)。


 実名が晒されたとはいえ、ボクがミコトちゃんのお相手だとそうそう繋がるわけではないと思うけども、今は社会との繋がりを断ちたかった。


 そんな学校を休もうとしたボクに、母さんはなにか言いたげにしたのだが。


「んー……。たしかにお休みしたほうがいいかもねー」

「? 自分で言うのもなんだけど……いいの?」

「うんうん、お疲れみそら君はベッドでよーく寝てなさーい」


 顔色がけっこー悪かったらしい。

 なんだかんだで疲労がたまっていたようだ。


 そんなわけで、すぐに深い眠りにつく。

 そしてモワンモワンモワーンと桃色なモヤが広がり、夢の世界に突入。


 アルマが大鎌を手にあらわれた。


『魔王さま。英雄色を好むといいますし、第三・第四夫人の出現は覚悟しておりました。ですが小学生はいただけません』


 ちがうんだアルマ!

 これには理由があって!


『問答無用でございます。それ、ザグーッ』


 ぐえー!

 身体が言葉では言いあらわせない状態にー!


 次にクスノさんが大きなマチ針を手にしてあらわれた。


『みそら君はちょっと抜けている子だし、なにかと世話のかかる子よ?

 でもだからって小学生に手をだすなんてねー』


 待って、事情を説明させて欲しい!


『矯正! 修正! 反省!』


 やめて! 頭はやめて!

 ぐわーーー!


 そうして、身動きができなくなったボクに蜘蛛の糸が伸びてくる。

 ミコトちゃんが幸せそうに立っていた。


『かわいそうな、みそらおにーさん。

 でも大丈夫。ミコトが一生お世話してあげるね……?』


 これは夢の中。

 それも悪夢だとわかれば、さっさと目覚めるにかぎる。

 ウー、ハーッ、と気合をいれた。


 視界が急激に切りかわり、見慣れたボクの部屋が広がっている。

 夢からさめたようだ。


 ドッと汗がふきでてきたが、どうにか安全な自室に戻ってきたのだと一息つく。


「おはようございます、みそら君」


 アルマが、ベッド側で座っていた。


「んんっふっ⁉⁉⁉」


 肺に酸素が一気にとりこまれて、変な声がでてしまう。

 取り乱しかけたボクだったが、キリリッと魔王然とした。


「うむ……アルマか。我の目覚めまで側で控えているとは……いささか忠臣すぎるようだな」


 学校は????

 家の鍵は???

 なんでベッドの側で待っていたの???


 そんな疑問はぜーんぶ飲みこんだ。

 なぜならアルマの瞳のハイライトが消えているからだ。


「申し訳ありません……体調を崩したとうかがい、学業を終えてから様子を見にまいりました。

 本来ならすぐにでも駆けつけるべきでしたが……」

「かまわぬ」

「……お身体はまだ優れませんでしょうか?」

「受肉した身体がまだ馴染んでおらんようだ。

 ……まったく、軟弱な身体になったものだ」

「おいたわしや……」


 アルマは心配そうに眉をひそめた。


 うん、魔王演技でなんとか切り抜けられそうだ。

 そう考えていたのだが、あ……ダメだ……。


 小テーブルに切ったリンゴが置いてある。

 皿に、包丁が、墓標のように突き刺さっていた……。


 陶器製のお皿って、包丁が貫通するものなんだ……。

 知らなかったな……知りたくなかったな………………。


「ところで、でございます」


 ボクが包丁に視線をやったのを見計らい、アルマは話しかけてきた。


「なにやら八蜘蛛ミコトという少女と仲良くなられたようですね。

 英雄色を好むといいますし、第三・第四夫人の出現は覚悟しておりました。

 ですが小学生はいただけません」


 悪夢とまったく同じ台詞に、胃がギリギリと絞めつけられる。

 ダンジョン内では最強の魔王さまかもしれないが、標準世界ボクたちの世界では、ただの冴えない男子でしかない。


 魔術やスキルは使えない。

 ステータス画面も、外部装置がなければひらけない。


 包丁で一発アウトお陀仏の、ごくごく普通の生命体。

 ミコトちゃんのトラップを対処できたのだって、【】だ。


「我はあの少女と遊ぶ約束をしただけだ」

「ですが……あの子は……」

「アルマ、あの少女をどう思う?」

「どう思う、ですか?」

「一番の腹心であればこそ、我の考えは察して欲しいものだがな」


 ボクはニヤリと魔王らしく笑った。


 こう!

 こうですよ!

 下手にあれこれ弁解するのではなく、アルマにとって理想の魔王さまを演じる!

 あとはアルマがいい感じのストーリーを脳内補完してくれるはずだ!


「そ、そのような深い考えがあったなんて……。も、申し訳ありません……」


 アルマの瞳に光が戻ってくる。

 よしっ、都合のいいストーリーを想像してくれたみたいだっ!


「よい。お前にはいつも助けられておる」

「もったいなきお言葉……。しかし少々驚きました」

「うむ?」

「まだ準備に時間がかかるかと思いましたが……すぐにでもはじめるつもりなのですね……。

 わたしも世界と戦う覚悟を決めましょう……」


 え……待って、どこまで話をふくらませたの……?

 近日中に、世界を相手に大立ち回りでもする気……?


「こ、心構えはそうあれという話で。今は力を溜めるときだ。

 ゆっくりと静かに、ちゃくちゃくと、だいぶ時間をかけて、かなりの水面下で準備をすすめるがよいぞ」


 ボクはベッドから立ちあがり、そそくさと部屋を去ろうとする。

 あとはなんだかんだ話をつけて、今日は帰ってもらおう。


 そのつもりでいたのだけれど……。


 リビングへの扉をあけると、良い匂いがただよってきた。


「――おはよう、みそら君。体調はどう?」


 エプロン姿のクスノさんが、キッチンで調理をしている。

 包丁をトントンと小刻みに叩いている姿は、とっても迫力があった。


「――おにーさん、もう大丈夫なの?

 ねー……お兄さんのお友だちー、とっても綺麗な人だねー?」


 ミコトちゃんがソファに座りながら、冷やしタオルを作ってくれている。

 ニコニコと愛らしい笑顔が、なんだか、とても迫力があった。


「ふふっ……」


 ボクは自然と笑みがこぼれた。

 美少女三人がボクの看病にきてくれたなんて、今までの人生でなかったことだし、幸せすぎて微笑んだ。そう思われるかもしれない。


 否。

 もう、笑うしかなかったのだ。


 だってボク、誰一人として家の住所を教えてないんだよ………………?

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