第23話 地味男子、社会的危機が迫る③

 廃墟と化した学校ダンジョンの体育館。


 天井は集合体恐怖症な人は目をそむけたくなるほどバレーボールでいっぱいで、床には野球の硬球やらバスケットボールがいっぱい転がっている。


 ミコトちゃんは、ボクを体育館の中央に向かうようにうながした。


「そこ、そこだよ……そこに立って……」

「ここかな?」

「そこだよぅ、そこからなら体育館をぜーんぶ見渡せると思う」

「うーん……ここでもお母さんがいなかったどうする? 一度諦めて、ダンジョンから脱出しようか?」


 ボクがそう提案すると、すこし離れた位置のミコトちゃんが愛らしく微笑んだ。


「うん、そーする。一緒に探してくれてありがとう。……バイバイ、おにーさん」


 天井のバレーボールや硬球がぶわりと浮かぶ。


 その数、数百個ほど。

 おそらく魔力で強化されているであろうボールは、衛星のようにヒュンヒュンと飛びまわり、ボクに向かって飛んできた。


闇の尖刃ダークナイフ


 魔王ポイント……50点!

 シンプルな技名だけど、シンプルすぎて可もなく不可もなく。

 まあ今はただの鴎外みそらなわけですから、あんまりこだわってもね。


 ダークナイフが一本、体育館を高速で飛びまわる。飛んできたボールを一気に貫通して、パパパパパパーンッとすべて気持ちよく割ってみせた。


「……」


 ミコトちゃんは無言でいる。


 まあ、さすがにバレているよと、ボクは苦笑した。

 ……気づいたのは体育館にやってきたとき、だけどさ。

 比較的早めに気づけたほうだと思いたい。


「君のお母さん、ここにはいないみたいだね。ミコトちゃん」

「そーみたいだね、みそらおにいさん」


 ミコトちゃんは忌々しそうにボクをにらんできた。

 なるほど……それが素のミコトちゃんか。


「ランドセルに魔糸ましを仕込んでいたの?

 糸操作、かっこいいよね。ボクも使いたかったんだけど、適性がなくてスキルツリーに表示されなくてさ。

 その防犯ブザーに模したやつで、糸を操っていたのかな?

 よくもまあ、学校中にあんなにもトラップを仕込めたものだよ」

「……ミコト、罠師だから。得意なの」


 ミコトちゃんはつまらないことは聞かないでと、冷たい瞳でいた。


 学校中にあった数々のトラップ。

 全部ボクに使ってきていたが、理由がさっぱりわからない。


「なんだって、こんなことを……?」

「ミコトの遊びだよ。悪い人をやっつける遊び」

「ボクたち初対面だよね? どこかで会ったかな」

。おにーさんはすっごく悪い人間だったから、やっつけておかなきゃって」


 やけに確信をもって言うな。

 ボクからなにか感じたのか?

 ボクが噂の魔王さまだって知っているわけでもなさそうだけど……。


「……ん。帰ってきたか」


 影の鼠がボクの足元でウロチョロしていた。

 スキル【影の鼠】で召喚した索敵鼠だ。


 名前は、ちゅー太郎。

 索敵鼠の中で一番素直な子だ。


 魔活で精神的に追いこまれそうになったとき、召喚して話し相手になってもらっている。

 まあ、ちゅー太郎は会話できないのでボクが一方的にしゃべるだけだし、もうそれすでに精神的に追いこまれているのではと思わなくもない。


 ちゅー太郎はボクの足に触れて、情報を流してくる。

 一応、ミコトちゃんのお母さんが本当にいるのか調べてもらっていた。

 まあ嘘だよな。


「ミコトちゃん、お遊びはこれでおしまいだね」

「…………」

「それじゃあ、帰ろっか」


 ミコトちゃんは驚いたように目をあける。

 そして、不機嫌そうに唇をゆがめた。


「へーぇ……大人の余裕……ってやつ?」

「ちがうよ。ミコトちゃんにとって、これが本当に遊びなんだってわかるからさ」


 ミコトちゃんは実に子供らしい表情で、きょとんとした。


 ちゅー太郎に調べてもらったが、学校中に仕掛けられたトラップはまだまだ他にもたくさんあった。

 トラップはどれも創意工夫を凝らしていて、誰かに驚いてもらおうという意思も感じられる。

 まるで秘密基地だった。

 けれど、その秘密基地は他の子の息吹を感じられない。

 たった一人だけで世界が創られていた。


 ボクは思ったんだ。

 この子は一人で遊ぶのに慣れきっているって。


「ミコトちゃん、お友だちがいないってのは本当だろう?」

「…………だからなぁに?」

「わかるんだよ。ボクもずっと友だちがいなくて一人で遊んでいたから。

 ダンジョンに仕掛けられたトラップの数々が、世界みんなと関わるための手段にもなっているなって。なんっていうか……自分の証を刻んでいる」


 だからか腹を立てるよりも、ミコトちゃんに寂しさを感じた。


 たぶん、お一人様の仲間意識ってやつなのかもしれない。

 ボクの感じかたは間違っていなかったようで、少女は興味深そうにたずねてくる。


「……おにーさんも、お友だちいないの?」

「ぜーんぜん、ずっといなかった。ずっと一人でダンジョンを遊んでたよ。

 ああ、でも最近はそうでもないか。友だちは……できたかな」


 アルマとクスノさんを友だちだと言っても大丈夫なはず。

 はずだが、わずかながら抵抗があるのはなぜだ……?


 悩んでいたボクに、ミコトちゃんは羨ましそうに目を細める。


「ふうん……いいなぁ……」


 ほんとうに、さめざめと、心の底から吐きだしたようなつぶやきだった。


 ボクはどうしたものかと考えこむ。

 ボク個人としては共感からか、このトラップも遊びなんだと片づけられる。けれど他の人は、そう納得はしないだろう。いつかミコトちゃんもひどい目にあうかもしれないし、過激すぎるのはたしかだ。


 だからボクは、優しく告げた。


「また遊ぼうよ、ミコトちゃん」

「え……?」

「一緒にトラップを考えたり、ダンジョンを攻略したり……。

 なんだったら、外で遊んでもかまわないよ」


 ミコトちゃんの瞳にちょっぴり光が宿る。


「ミコトと遊んでくれるの……?」

「うん。冴えない高校生でよければ、お友だちになろうよ」


 ボクがちょっと申し訳なさげに言うと、ミコトちゃんはぷいと顔をそらした。


 イヤなのか、恥ずかしいのか。両方なのかもしれない。

 そんな少女に、ちゅー太郎が駆け寄っていき、ちゅーちゅーと可愛らしく鳴いていた。


「ちゅー太郎もお友だちになりたいって」

「……ミコトと、お友だちに」


 険しい顔でいたミコトちゃんが口元をほころばせる。

 そして、上目遣いでたずねてきた。


「ほんとにお友だちになってくれる?」

「もちろん」

「ミコト、おにーさんをいっぱい困らせちゃうかもよ?」

「女の子に困らされるなんて慣れっこだよ」


 ほんとうに。

 ほんとうに………………。


「ずっと、ずっと、遊んでくれる?」

「当たり前だよ」

「ミコトと…………?」

「うん、ミコトちゃんがボクに愛想をつかすまで」


 ボクがそこまで言うと、ミコトちゃんは頬を染めながらちょっと唇をとがらせた。


「…………ふーん。ふーん。へぇー……」


 反応は悪くないと思いたい。

 ボクが静かに待っていると、ミコトちゃんが口をひらく。


「……ごめんね、みそらおにーさん。みそらおにーさんがすっごく邪悪な人に見えたから、ミコト特製のトラップダンジョンに誘いこんだの」

「そんなに邪悪に見えたの……?」

「…………うん、かつてないほど。でも、闇は闇でも、澄んでいる闇だった」


 澄んでいる闇かあ……!

 いいなあ、そのフレーズ! 

 今度つかってみよー!


 ボクが内心喜んでいると、ミコトちゃんが微笑んだ。

 一番、自然な笑みだった。


「……改めてよろしくね、みそらおにーさん」

「うん、よろしくね。ミコトちゃん」


 ダンジョンで一人、悪戯トラップを仕掛けていた女の子もこれで寂しくなくなったはず。

 お友だちができて、めでだしめでたしだ。


 でも……なんでだろう……。

 彼女の足元から伸びてくる、蜘蛛の糸のイメージが、出会ったときよりずっとずっと強くなっていて……。

 さっきから冷や汗がドバドバでるのは……。


 なんでだろう………………。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る