第22話 地味男子、社会的危機が迫る②

 路地裏に発生していた次元の裂け目に触れて、ダンジョンに突入する。


 ダンジョンは、廃墟の学校だった。

 ボクたちはオンボロの廊下に立っていて、ふりかえれば次元の裂け目がある。窓の外は紫色のよどんだ空間が広がっていて、不安定な次元境界のようだ。


 ボクはおっかなびっくりと廊下を進んだ。


「ほ、ほんとにお母さんがここにいるの? さすがにダンジョンを去ったんじゃ」

「ママ、うっかり屋さんだから。きっと奥に進んでいると思うのー」


 うっかりの限度を超えているのでは?


「とりあえず、声をだしながら一部屋一部屋探していくか……」

「うんうん、ダンジョン探検のはじまりだー」


 ミコトちゃんは楽しそうに、おーっと拳をつきだした。


 ひとまず手近の教室の扉をあけるが、誰もいない。

 次の教室へ向かおうとしたが、ミコトちゃんが「あっ」と叫んだ。


「あの机に置いてあるの、ママのポーチかも」

「真ん中の机のやつ?」

「うんー、みそらおにーさんとってきて欲しいなー?」


 ミコトちゃんはそう言って、ボクから手を離した。

 教室内は廊下よりうす暗く、入るのは怖いのかもしれない。大人しく待ってるように目で伝えてから、ボクは教室の真ん中に向かう。


 ピンク色のポーチは子供用みたいだ。

 一応持っていくかなとポーチを手につかむ。


 ――ブツンッ、となにかが切れる音がした。


「へっ⁉」


 教室の机や椅子がぜんぶ、ボクに飛んでくる。

 ドンガラガシャーンと派手な音を立てながらぶつかった。


「わー、大変だー。みそらおにーさん、だいじょーぶー?」


 どこか楽しそうなミコトちゃんに、ボクは笑顔で片手をあげる。


「びっくりしたあ。全然大丈夫だよー」

「…………」


 机や椅子がものっそいスピードでぶつかってきたが、砲丸騎士の全力投げに比べたらぜんぜんたいしたことないな。

 一人でコソコソと魔王コスプレ楽しんでいたときは、いろんなモンスターを相手にしたもんだ。


 ふふっ……あの頃に戻りたい……。


「ミコトちゃん、ダンジョン内が不安定みたいだ。気をつけてね」

「…………はーい」

「それじゃあ次の教室に向かおうか」


 次の教室の扉をあける。

 ブツンッと、またなにかが切れる音がした。


 教室の中から、平均台が一直線でボクにふっとんでくる。


「わ! おにーさん、あぶな――」

「てい」


 人差し指で平均台を止めてやる。


「――くないね……ぜんぜん……」

「またか。次元の位相軸がブレているのかな?

 ミコトちゃん、ボクから離れないようにね。危ないから」

「……………おにーさん、すごいね。……よく反応できたね。

 ……ふつうモロに食らうところなのに」


 ミコトちゃんはありえなそうに言った。


 極太の爪を飛ばしてくるリザードマンとも戦ったことがあるしなあ。

 いやほんとよく生きてたな、ボク……。


「まあ、これぐらいならなんでもないよ」

「へーぇ……そう」


 ミコトちゃんは唇を噛んでいた。

 こんな不安定な場所にお母さんが迷いこんだんだ。心配で仕方ないにきまっている。はやく探してあげなきゃな。


「ミコトちゃんのおかーさーん! ミコトちゃんが探していますよー!」

「ねえ……みそらおにーちゃん。教室には、ママはもういないと思うの」

「そんなのわからないよ」

「ママはきっと高いところにいるよ。だっておバカだし」


 自分のママをおバカって、複雑な家庭環境なのか……?


 そういうことならとボクは廊下を出て、階段に向かう。

 ほとんど朽ちかけている階段に足をかけると、またブツンッと音がした。


 校長らしき石像が10個、ボクに向かって雪崩のように落ちてくる。


「おにーさん、今度こそあぶなーい!」

「ちょーい」


 とりあえず、ぜんぶ素手で殴り壊しておいた。


「……そうでもなかったね。へぇー……あの像、魔力で強度が増しているのにな……」


 ミコトちゃんはなにかぶつぶつと言っている。

 お母さんを早く見つけてあげないと、精神が先にまいっちゃうかも……。


「急ごうか、ミコトちゃん」

「おにーさん、あのね、ママは音楽室に向かったかもー?」

「音楽室……? 根拠は?」

「……ママ、学生のころは吹奏楽部でね。

 なにかと若作りしがちだから、学生時代の雰囲気にひたるために向かったかも?」


 ミコトちゃんは確信なさそうに微笑んだ。


 まあそれならと音楽室に向かう。


「おにーさん、水責めだよー!」

「そーれ、派手なジャンプで回避ー」


 お次は職員室。


「……おにーさん、今度は火責めだよー!」

「そーれ、両手であおいでパタパタ消化ー」


 お次は保健室。


「…………おにーさん、お次は落とし穴だよ」

「そーれ、両足をバタバタして滞空ー」


 うーん、ものすごくトラップが多いダンジョンだ。

 ミコトちゃんもお母さんが心配で心配で仕方がないのではと、ふりかえる。


「…………………………へーぇ。……おにーさんすごーい」


 怖い……。顔から感情が消えている……。

 これは一刻も早く見つけてあげなきゃ……。


「ねえ、みそらおにーさん。体育館に行こうよ」

「……そこに、お母さんがいるかな?」

「……うん。絶対。……そこで確実に。……絶対大丈夫だから」


 ミコトちゃんはうっすらと微笑んだ。

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