第21話 地味男子、社会的危機が迫る①
黒髪の少女は、怖いぐらいに綺麗な子だった。
10歳前後ぐらいの子への評価ではないけれど、長いまつ毛にうれいを帯びた表情。はっきりした鼻筋に、ちょこんとのった桃色の唇。
パーツの一つ一つを職人が作りあげたかのような精巧な美しさで、赤いランドセルでどうにか子供だと思い出す。
「……どーしたの? おにーさん、ご用があるのだよね?」
黒髪の少女がうすーく微笑む。
少女の足元から蜘蛛の糸が伸びてきて、からめとられたような気がした。
こ、子供相手になにを怖がっているんだって……!
「あ、や、知り合いの子に似ていてね……」
「ふーん?」
「ご、ごめん、だからってジロジロ見るなって話だよね」
「ううん、いいよ。ぜんぜーんかまわない。ミコトもおにーさんの顔をみちゃうからー」
ミコトという名前らしい。
少女はじーっとボクの顔を見つめてくる。
ハイライトのない瞳で穴があくんじゃないかと見つめてきて、そして、唇の端をゆがめた。
「へーぇ……?」
⁉
背筋がゾワゾワっとしたんだが⁉
身体の内側まですべて見透かされたかのような感覚に頭をふりつつ、ボクは少女にたずねた。
「ど、ど、どうしたのかなー? ボクに変なところがあったかな?」
「んー? おにーさん変わっているなってー」
「……ボクは、地味で平凡で冴えない人だよ」
「へーっ、そういうキャラでとおしているんだー?」
そういうキャラでとおす?
なんだろう。見た目も言動もすごく子供なのに、雰囲気はやけに大人びているとういうか、ねちっこい雰囲気があるというか……。
「困っているようだったから声をかけたんだけど……大丈夫そうだね」
ボクはもう去ることにした。
不審者扱いされるよりも、もっともっとマズい状況になる気がしたからだ。
「ううん、ミコトとっても困ってるよー?」
「え……? 困っているみたいには見えないけど……」
「ミコト、顔にでないタイプだからー。困っているのに困ってないって言われて、いつも困っているんだー」
少女はたいして困ってなさそうだ。
……なにを考えているのかさっぱりわからない子だな。
「えーっと、道に迷ったりしたのかな?」
「そうそう。迷ったの。みーち」
少女はクスクスと微笑んだ。
今すぐ逃げるべきなのでは……?
本能がそうしよう・そうすべき・そうしなければと活用しながら提案してくるが、その前に少女が逃がさないといわんばかりにボクに近づいた。
「おにーさん。お・な・ま・え、教えて欲しいなー」
「名前……?」
「ミコトはね、
「や、八雲ちゃんか。へー……」
思わず蜘蛛を想像してしまった。
すると八雲ちゃんはボクの考えを読んだかのように訂正する。
「ううん、お空の雲じゃないよー。虫さんの蜘蛛。くーも。足が八本もある、他の虫さんを食べちゃう蜘蛛だよ。あははー」
なんでそんな怖い言い方をするの……?
なんだろ……なんとなくアルマに似ている。
ただアルマは妄信的な怖さだが、この子からは底知れない怖さをひしひしと感じる……。
「それでー、おにーさんのお名前は?」
「あ。ボクは鴎外みそらだよ」
「みそらおにーさんかー、良いお名前だねー?」
お前の名前覚えたからなーみたいな微笑みに、冷や汗がでてくる。
教えてよかったのかな……大丈夫だったかな……。
ボクはとりあえず現実的な対処をすることにした。
「八蜘蛛ちゃんは、スマホを持ってないのかな?」
「持っているけど、使い方がわからなくてー。充電も切れちゃったし」
「それじゃあ、ボクのスマホで道を調べてあげるよ」
「ミコト、頭が悪い子だから覚えられなーい」
「たしか交番が近くにあったはずだよ。ちょっと待ってて、すぐ調べてあげるから」
「……おにーさんは一緒についてきてくれないの?」
「ボクも忙しいからなー」
最低限……!
最低限の対応で、最高の結果を導いてみせる……!
ボクがそうやって交番までの道を調べていると、八蜘蛛ちゃんの表情に陰りがさした。
「……やっぱり、ミコトが悪い子だから一緒にきてくれないの?」
「え……?」
「ミコトね、今日はひさしぶりにママと会えるの……。
ママはいつも忙しくて……離れ離れに住んでいるから滅多に会えなくて……。
ねえ、ミコトが悪い子だからママとはたまにしか会えないのかな……。ミコトがいけない子だから……お友だちもできないのかな……」
八蜘蛛ちゃんは、今にもこの世界から消えてしまいそうなほど落ちこんだ。
…………バカっ野郎!
ボクのバカバカッ、大バカ野郎!
瞳にハイライトがないくらいで、ちょーーーっと得体のしれない雰囲気があるだけで、この子が危険人物だと決めつけるのか⁉
ボクは八蜘蛛ちゃんのことをなにも知らないくせに……!
この子は良い子……!
絶対に、良い子……!
家族に会いたがっている、ただの良い子に決まっているだろ!
信じろよ! この子を!
信じろよ! ボクをっ!
信じることで、はじまる未来があるだろうっっっ!
「八蜘蛛ちゃんは良い子だよ」
「…………ほんと?」
「うん。良い子な八蜘蛛ちゃんのために、ボクが一緒におかあさんを探してあげる」
「おにーさん……っ、ありがとう!」
八蜘蛛ちゃんは子供らしく笑った。
ほら、やっぱり良い子じゃないか。
「それじゃあ、みそらおにーさん、一緒に来て…………? あっちにダンジョンがあるの」
「? う、うん、ダンジョン? 道に迷ったんじゃ?」
「ママがダンジョンで迷子になったみたいで……。だから、ある意味で道に迷ったようなもの……?」
まあ、そう考えることもできるか???
「わかったよ、ミコトちゃん」
「ミコトちゃん?」
「あ、その……苗字が呼びにくくて、ダメかな?」
苗字はいちいち蜘蛛を連想するのが怖くて……。
「……いーよぅ。みそらおにーさんがそう呼びたいのなら」
ミコトちゃんはボクと手をつなぎ、妖しく微笑んだ。
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