第20話 地味男子、三人目の瞳にハイライトのない女子に出会う

 迷惑冒険者をしりぞけたあと、ボクたちは喫茶店にいた。


 もちろんボクは魔王服から学生服に着替えるため一度別れて、それから二人に会っている。彼女たちも装備品をレンタルロッカーに預けに行ったらしい。


 魔活(魔王の名を轟かせる活動)を終えたあとは、こうして三人で集まるようにしている。

 ボクからの提案だった。


 ボクの複雑になった人間関係はすぐに解決できないだろう。

 だから命の危機に陥ったときになんとか回避できるよう、日ごろから親交を深めておきたかったのだ。必死なのだ。


 反発されるかなとも思ったが二人とも……いや、三人とも友だちが全然いなかった勢で、こういった集まりに憧れがあったのか、あっさりと承諾された。


 そんなわけで軽食を頼み、三人で食事をしていた。


「みそら君、口元にソースがついてる。ほら、とってあげる」

「あ、ありがとう、クスノさん」


 クスノさんが嬉しそうに、紙布巾でソースをとってくれた。

 ボクの面倒をみるのが楽しいのか、クスノさんはニコニコしている。


 美少女からの甲斐甲斐しいお世話。

 羨ましいと思われるかもしれない。

 でもね、こういったことがあるたび、アルマが真顔でメモをとってくるんですよ……。


「ク、クスノさん、ボクの面倒をそんなに見なくても大丈夫だよ」

「ダーメ。みそら君はちょっと抜けているところがあるもの」

「抜けているところて」


 さっきまで魔王をにらんでいた子と同一人物とは思えない、優しい笑みだった。


 ちなみに、ボクは魔王軍の雑用ポジになっている。

 無理があると思ったが、意外にも全然バレない。

 なんでもアルマが言うにはダンジョン下ではスキル【正体隠し】が機能しているらしい。おかげで、魔王とボクを結びつけて考えることがそう簡単にはできないそうだ。


 それじゃあなんでアルマは、ボクの正体に気づいたのかとたずねたら。


『愛です』 


 愛かあ。

 ボクは子供だからよくわかんないけど、愛ってよどんだ瞳で言うものだっけ……。


 ボクが深く考えこんでいると、クスノさんが心配そうにたずねてきた。


「大丈夫……? あたしたちに無理に付き合わなくてもいいのよ?」

「無理にだなんて……ボクが二人に会いたいんだ」


 アルマとクスノさんがちょっと嬉しそうに笑みをこぼす。


 美少女二人と同席して、ハッピー野郎かと思われるかもしれない。

 でもこれ一歩間違えたらボクの命が危ないんっすよ……。


「ほ、ほんとに? 雑用もイヤなら、あたしにすぐ言ってよ?」

「そんな……イヤだなんて。

 二人の苦労に比べたら……ぜーんぜん、たいしたことないよ。迷惑冒険者の相手なんて考えるだけで大変なのに、二人はすごいよ」


 恐ろしいほどなめらかに口がうごいた。

 ボクの死後、閻魔さんに舌をひっこぬかれる覚悟はとっくにできている。


「……そーねー。あの手合いは執行部で相手していたから慣れているとはいえ……やっぱり面倒ね。

 明確に法を犯した相手ってわけでもないし」


 ダンジョンにかかわる犯罪は、法整備が追いつていないのが現状だ。


 先ほどの戦いにしたって決闘罪になりかねないが、次元境界ダンジョン内ならグレー。そもそもトゴサカが特例法を敷いている。他の地域も国もそう大差ないだろう。

 セーフティ値がない場所では、さすがにアウトだが。


 クスノさんはトマトパスタをフォークで綺麗にまとめる。


「黒森も勢いづけているし……頭が痛いわね。あそこ、トゴサカ以外の人も煽るから」

「お二人共、その黒森なのですが……。生徒会長が声明を発表しました」


 マカロニグラタンを食べていたアルマが、すっとスマホを差しだした。


 画面には、猫っぽい女の子が映っている。

 どこかの教室で撮影しているようで、机には【超最強☆生徒会長☆花上はなうえレミ】とネームプレートが置かれていた。


『にゃははーっ! みなのしゅー、今日も元気にしているかー! 黒森っているかー! ぼく様も元気に迷惑ふりまいてるぞー!』

「これが……黒森の生徒会長……?」


 威厳の欠片もない女の子に戸惑っていると、クスノさんが呆れながら説明してくれた。


「あそこの生徒会長はね、一番アホで騒々しい子が就任する決まりなのよ」

「それって一番アホで騒々しい子だって認めるわけだよね……? 罰ゲーム?」

「つまり、一番アホで騒々しい子だと思われても平気な性格だってこと」


 そいつは強敵だ……!


『今日も楽しぃー動画を投稿しているようで!

 黒森の超最強生徒会長である、ぼく様も、とっても鼻が高い!

 なんか魔王さま動画めっちゃウケがいいよねー!』


 花上レミは机をバシンと叩き、痛がったあとで、人差し指をズビシと突きさした。


『なーのーでー! 黒森アカイック学校はこれから【魔王さまと遊ぼう】強化月間にはいろーと思います!

 バズった動画には予算から賞金もだすし、なんなら学食一年分無料券とかつけちゃうよ!

 もちろん、トゴサカ以外の人間も参加オッケー!』


 花丸笑顔でなにを言ってんのこの子??????


『そんなわけでみなのしゅー! 元気に黒森っていこーね!

 魔王さまが超怒ってきた、そのときは……諦めて、みんなで痛い目みよう!

 そんじゃ楽しみにしてるよー!』


 動画がブツンと切れる。


 強い……。

 痛い目をみるの前提で騒ぐとか、ちょっと強すぎる……。

 ボクが閉口していると、クスノさんが厄介そうに口をひらいた。


「あー……黒森、やっぱり調子にのってきたか。

 ヴァレンシアうちが大人しい今、絶好の騒ぎどきだものね……」


 アルマもさすがにちょっとめんどうなのか、眉をひそめていた。


 ちょっと重苦しい空気になったので、ボクはフォローする。


「だ、大丈夫だよ……。厄介だけど、危険性はそこまでないと思う。

 この花上レミって子、瞳のハイライトがまったく消えなかったから……無邪気に楽しんでいるだけと思う」

「?」「?」


 アルマもクスノさんも首をかしげた。


「ねえ、みそら君。瞳のハイライトが消えなかったから、だからどうしたの?」

「瞳のハイライトが消えるだけで、まるで危険人物な言い方は理解できません」


 二人はせなさそうな表情でいた。

 ボクにとって一番注目すべきことだと言いかけたが、ギリギリで耐える。


「そ、そうだよね。ボクってばなにを言っているんだか。あ、あはは……」


 ※※※


 彼女たちと別れて、ボクは一人帰路についていた。

 魔王さま騒動のおかげか、街には見知らぬ冒険者が目立つようになっていた。


 なんだかジロジロと見られているが、気のせいではないだろう。

 魔王さまの正体を暴きたい者は大勢いる。ボクにかぎらず、彼らは通行人をチラチラと監視していた。


 

 ビクビクしながら視線を避けて歩く。


 ……正直、よく身バレせずに済んでいるなと思う。


 魔王衣装一式は、レンタルロッカーの中だ。

 いつもはダンジョン突入前、人のいないところを探してアルマに着替えを手伝ってもらっているが、だんだんと警戒が厳しくなってきている。


 クスノさんも魔王ボクの正体を探りたいからか、ダンジョンを脱出する際、さりげなついてこようとする。スキル【影歩き】で逃走しているが、脱出ポイントが少ない次元境界ダンジョンだと出入り口を見張られたらアウトだよなあ。


 ……次元跳躍者トラベラーがいればな。


 基本的に、ダンジョンに入るには、次元の裂け目に触れなければいけない。

 裂け目は複数個発生し、その数だけ出入り口があるわけだが、たまに一つだけの場合がある。

 もし一つだけだったとき、出入り口で見張られるとボク的にもどうしようもなくなるだろう。


 しかし次元跳躍者……トラベラーはちがう。

 彼らは『次元の境界が、他の人よりも視える人間』だ。


 普通の人には裂け目が一つしか見えなくても、トラベラーには10個以上見えることがあるらしい。

 ときには、ダンジョンから別のダンジョンに移動もできたり。


 もしトラベラーが仲間になってくれたのなら、ボクの身バレの可能性はかなり減るし、迷惑冒険者への対処も楽になるだろう。


 だが、ボクの事情を汲んで、協力してくれる人間がいるか?

 喜んで協力してくれるとしたら、それはもうさっきの花上レミより危険人物極まりないし、そもそもトラベラーは全国でもわずか数人ばかしだ。


 ないものねだりだよな……。

 そうやって、現実に頭を悩ませていたボクは、ふと立ち止まる。


 赤いランドセルを背負った女の子が、道の隅っこで立っていた。


 黒髪、黒セーラー服。

 黒森初等部の女の子かな……?

 小学生ですら迷惑動画を作ろうとしているのかなと思ったが、どこか不安げにキョロキョロしている。迷子かな。


「……うーん」


 昨今、話しかけるだけでも事案になりやすいと聞くけど……無視するのもな……。

 どうしたのかを聞いて、警戒されたなら去ればいいか。


「君、どうしたの? なにか困りごと?」


 ボクは近づいて、なるべく優しく声をかける。

 黒髪の少女がゆっくりとふりかえり、不思議そうな顔で見つめてきた。


「……?」


 ボクは恐怖で後ずさりしかけた。


 ――だって、少女の瞳のハイライトは消えていたからだ。

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