第19話 地味男子、魔王さまが板についてくる

 のどかな大平原ダンジョン。

 魔王姿のボクは、丘のうえから冒険者パーティーを見下ろしていた。


「かかってこいやボケー! クソ魔王さまよー!」


 10名ほどの冒険者パーティーだ。

 服装はちょっとガラの悪い大学生みたいで、近接・中距離・遠距離、ついでに回復役までそろっている。リーダー格らしき男のTシャツには『俺が勇者』だの書いてあった。


「へいへいへーい! 魔王コスプレ野郎びびってるー!」

暗黒の円環の輪ダークシェアリング


 魔王ポイント……20点!

 技名はもう少しシンプルにいきたかったな。

 リング状の巨大な炎が飛んでいき、彼らをあっというまに間にとりかこむ。


「バアアアアアアカ! お前の炎なんて対策済みなんだよ!

 有名冒険者に高い金をはらって防火魔術施して……あっつううううう⁉⁉⁉

 なんだこれ⁉⁉⁉ ねばりついて全然とれねーぞ⁉⁉⁉」 


 勇者(偽)パーティーは「うぎゃひいい」と叫びながらのたうち回った。


 そりゃあ闇の炎を粘着性のあるものにスキルで操作したわけで。

 あと火力はかなり手加減しているからね。


 と、アルマのステータス画面でチャットが流れた。


『魔王さま! あいかわらずの苛烈っぷりに惚れ惚れします!』

『本日もユニークな技名でございますね!』

『あいつらにクソ迷惑してから最高にスカッとしたわ。ありがとうー魔王ー』


 ん。初見っぽいコメントだな?

 そういえば相手のことを全然知らないか。


「アルマ。あの冒険者どもはどのような奴らだ」


 隣のアルマにたずねる。

 彼女は大鎌を構えながらしずしずと答えた。


「有名な配信者『勇者メンズ』でございます。

 トゴサカ外部の人間ですね。

 実力はあるのですが、ダンジョンの独占や、他の冒険者に対人練習と称して喧嘩をふっかけたり……なにかと問題が多いところです。

 普段は四人組ですが……仲間を募ったのでしょう」

「ふん……迷惑系というやつか」


 またか。

 ここ最近こんなのばかりと相手して、対人戦もすこし慣れてきた。


 煽られても放っておけばいいのだが、ダンジョンに閉じこもって『自分たちは魔王の配下』『ダンジョン独占は魔王の指示!』みたいな嘘を吐いて、意地でもからんでくるのが本当にめんどうくさい。


 聖ヴァレンシア学園の惨状を知ってなお、よく喧嘩を売れるよ……。

 セーフティ値が低いダンジョンだから、痛くないわけがない。それでも目立ちたいのか。よくわからないな。


「魔王さま、魔王さま」

「うむ?」


 アルマがモジモジしながらボクの服を指先でつまむ。

 そして、恥ずかしそうにささやいてきた。


「アレ……いたしませんか?」


 可愛い。めちゃ可愛い。

 頬を染めながら、うっとりとした表情でアレを懇願してくる美少女。


 しかしここで気軽に承諾すると、とても痛い目にあう。


「……アルマ。アレとはなんだ」

「トゥ……でございます」


 アルマは『きゃっ、言っちゃった』みたいに恥ずかしそうにした。

 トゥとは【666の軍勢トゥ・ジェヴォーダン】のことだ。

 甘酸っぱく恥ずかしそうに、虐殺をお願いしないで欲しい。


『え⁉ トゥがくるの⁉』

『やったあああああ! 魔王さまのトゥだああ!!』

『トゥー! トゥー! トゥー! トゥー!』


 チャットも盛りあがっている……血の気が多いなあ、もう。

 アルマも小声で「トゥー……トゥー……」とささやいてくるし。


「我はトゥを唱えんぞ」


 アルマが露骨にがっかりして、寂しそうな瞳で見つめてきた。

 あんな全自動大暴れ獣フレンズを召喚した日には、また魔王の悪評が広まってしまう。ボクは魔力的な都合だと、誤魔化そうとした。


 が、伏兵がいた。

 マジックガンを構えた、クスノさんだ。


「つまり魔王……! もっと無慈悲で残忍な魔術をしかけるつもりね!」


 クスノさんは悪い方向に想像力を働かしたのか、ボクをにらみつけてくる。

 クスノさんの発言に、チャットは『さすが魔王さま!』『さすが魔王さま!』といつものさすまおの流れになり、アルマも「さすが魔王さまです」とうなずいていた。


 ストッパー役だと思っていた、クスノさん。

 なんかね、押すの。

 ボクの……魔王の背中を。


 ここで、すこし前のボクなら心折れていたかもしれない。

 だが今はちがう。

 この環境に慣れたのだ! 慣れてきてしまったのだ……!


「ふん、当たり前だ。見よ、我が新しき魔術……闇の大迷宮ダークラビリンス


 魔王ポインツ……95点‼‼‼

 大平原に暗黒の炎が縦横無尽にかけめぐり、そして炎の壁となって燃えさかる。

 あわれ勇者(偽)たちは、闇の大迷宮に閉じこめられてしまった。


 どーよ、ボクが徹夜で考えた無慈悲で残酷な術は!

 ねだられると思って、密かに作っていたんだよねー。


 ふふっ……闇の大迷宮に閉じこめられた哀れな贄たちは、ゴールを目指してさ迷わなければいけないのだ。

 勇者メンズの人たちも「なんだこれなんだこれ⁉⁉⁉」と騒いでいる。


 ふふふっ……怖かろう。


「魔王さま、それでここからどうなるのです? 彼ら、動く気がありませんが」


 あ……そこまで考えていなかった……。

 難しすぎず、簡単すぎず……攻略しがいのある迷宮を考えるのばかりに夢中になっていた……。


「クククッ……ククッ」


 よしっ、笑って誤魔化そう。

 そうやって場を押しきろうとしたが、クスノさんが声を荒げた。


「あたしを利用する気ね……! なんて恐ろしいことを考えるの……!」

「なるほど、そういうことでしたか。さすが魔王さまです」


 どういうこと?????

 困惑しているボクに、クスノさんが糾弾するように叫ぶ。


「あたしの狙撃で彼らを動かすつもりね……!

 あたしはさながら迷宮のミノタウロス代わりってわけ……!

 炎の壁に阻まれた大迷宮……なかなか出口を見つけられない恐怖に、狙撃の恐怖を組みあわせるなんて……なんて残酷なやつ!」


 アルマが話をつづける。


「そして、徐々に迫ってくる炎の壁……」

「狙撃の恐怖に、炎の恐怖……ああっ、なんて恐ろしいの……!」

「あの大きな広間は、狙撃用のポイントでしょうね」

「大広間で奴らの一人を狙撃し、あたしにスナイパー釣法をやらせる気ね!

 仲間を助けるか見捨てるか……そうやって相手の不和を狙う……! 残酷すぎるわ……!」


 なんで二人はそんな残酷なことをスラスラと思いつけるの…………?

 あの大広間、ただの休憩ポイントなのに……。


 最近思うんだけど、二人は絶対仲がいいよね……? 

 相性、めちゃくちゃいいよね……?


 チャットは『さすが魔王さま』とボクの指示みたいになっているし……。

 クスノさんは辛い命令を迫られた新兵のような表情をしたあと、マジックガンを大迷宮の迷惑配信者に向かって構えた。


「とりあえず、1人目は腕を狙うわ」

「園井田さん、足を狙わないんですか?」

「恐怖を与えるのが目的だから、まずは威嚇の一発ね。

 一発目で狙撃を決めて脱落者がでたら、他の人たちが腹をくくっちゃう可能性もあるから……。

 一定間隔で狙撃しながら、恐怖を煽るわ」

「狙撃も奥が深いのですね。しかし、魔王さまの命令にはもっと歯向かうかと思いました」

「ダンジョンを占領する迷惑冒険者に思うところはありますし、聖ヴァレンシアの執行部もいまは自粛状態だからね。あたしが代わりにがんばらなきゃ。

 ……一応言っておくけど、軍門に下った気は全然ないから!」

「わかっております。園井田さんはしょせん光側の人間……わたしたち闇の人間ではありません。

 いずれ袂をわかち、争うことになるでしょう。

 ですから、今はしっかりとあなたの弱点を見極めさせていただきます」

「ふんっ」

「ふふっ」


 アルマとクスノさんは、バチバチと火花を散らしていた。


 あの……光と闇の対立を醸しているけど……二人は似た者同士だと思うんだよ……。

 二人とも、同じ目線で立っていると思うんだ……。


『クスノちゃんなんだかんだ血の気が多いから好き』


 リスナーも彼女を仲間だと思っているようだ。


 ズキューンッと、マジックガンの銃声が大平原にひびいた。

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