第18話 地味男子、悩まされる

『魔王ガイデルさまの帰還』事件から幾日がたった。

 世間はいまだ魔王さまの話題で持ちきりで、ただまあボク自身がなにか変わったわけではないので、あいかわらず身バレをビクビクと恐れていた。


 ちなみに『魔王ガイデルさまの帰還』といちいち仰々しいのは、アルマがなんか勝手にそう広めていた。

 派手な降臨祭もしたいそうだが、アルマ基準の派手がどれほど凄まじいものかわからないため、『まだそのときではない……』と断わりつづけている。


 そんなわけで、地味で平凡で冴えないボクの日常は戻――


「はーいっ! ここがぁー、あの魔王ガイデルっちが初めて出現したダンジョン近くのコンビニでーすぅ!」

「にはは~。みんな~、見てる~?」


 っては来なかった。


 祝日。

 コンビニで品出ししていたボクに、黒セーラー服の女子二人がスマホをつきだしてきた。

 どうやら配信中らしい。


 真っ黒いセーラー服に、相手のことなんてお構いなしのテンション。

 黒森アカイック学校の人たちだ……。


「ね! ね! 店員さん! ガイデルっちもお客として来たりした⁉

 魔王もTシャツサンダル姿でコンビニに来るのかな⁉」

「魔王さんが~、口臭ガムとか買ってる姿を見てみたい~」


 黒森女子二人が店内できゃーきゃーと騒いだ。

 ボクは彼女たちにわからない程度にため息を吐き、律儀に答える。


「魔王がお客として店にきたことはありませんね」


 働いてはいますが。


「ダメダメ、店員さん! そこはもったいぶった顔で『あれは蒸し暑い夜のことでした――』って、わけしり顔で語ってくれなきゃ!」

「こっちは取れ高を期待しているんだよ~~~」


 ボクは期待していないんですよ。

 迷惑客に困っていると、赤沢先輩がバックヤードから両手をバンバンと叩いてやってきた。


「はいはいっ! 黒森の子たちは散った散ったー! 迷惑だからー!」

「えー! これからが楽しくなるところなのにー!」

「ぶ~、黒森差別だ~~~」


 赤沢先輩に強引に追い出され、黒森女子二人は不満げに去っていった。

 はあ……疲れた。


「ありがとうございます、赤沢先輩」

「鴎外君ー。黒森の子たちにはガツンと言わないとダメだよー?

 でないと、あの子たちどんどん調子にのっちゃうし」

「ガツンと言って、素直に聞いてくれたらいいんですけどね……」

「まあ黒森だからねー」

「ですよね」


 黒森だからねーで、だいたい通じてしまうあたり厄介さがわかる。


 さっきの子たちはまだマシなほうで、別の黒森の生徒たちが『魔王さまがコンビニにあらわる⁉』みたいな配信動画を撮ろうと、エセ魔王さまを仕立てあげて、店内で騒ぎ立てたこともあった。


「……赤沢先輩。黒森の生徒、魔王を探すイベントをはじめたらしいですね」

「魔王さまにガチバトルをしかけるイベントもやるって聞いたよー」

「ガチバトルって……勝てる見込みあるんですかね」

「勝てなくてもいいんじゃないかなー。

 あそこの子たちは、今がめっちゃ騒げればそれでいいんだと思うし」


 元気がありあまっているよねーと赤沢先輩は笑いながら言った。


 黒森アカイック学校。

 学園次元都市トゴサカの東地区にある学校で、聖ヴァレンシア学園と対をなす、大きな学校だ。


 自由な校風で、規則といった規則はなし。

 それらしい校則は『元気でいること』から、おおらか(大雑把)な学校だとうかがえる。

 トゴサカのダンジョン関連のイベント運営を担っているので盛りあげ役でもあるのだが、それ以上に問題行動が多いところだ。


 火元があれば油をそそぐし、火元がなければ火をつける。

 そこに爆弾があれば全員で面白おかしく解体していって、最後には派手にドカーンッと散りませう。そんなお騒がせ集団でもあった。


 つまり魔王ガイデルは、彼らにとって最高の玩具なわけだ。


「ほら。鴎外君これ見てよ。わたしが昨日笑った動画」


 赤沢先輩がスマホを差しだしてくる。

 山脈ダンジョンの中腹で、1人の黒森女子が実況していた。


『今! わたしは、このダンジョン奥地にあらわれたという魔王を探しにやってきました……!

 みてください! この巨大な足跡!

 50センチはありますね……。魔王の足跡で間違いありません!』


 UMAかよ……‼‼‼

 ボクそんなでかくなかっただろ!


『はっ……⁉ 見てください! あの岩場の影!

 何者かがいます……! あ、あれは、まさか魔王⁉』


 黒森女子のフリに応えるよう、影の中で毛むくじゃらの男がうごめく。


『ワレ……マオウ……トテモツヨイ。ココカラサレ……ニンゲン……』

『魔王さーん! どうしてあなたは人類を支配しようとするんですかー!』

『ワレ……ムカシハ、ニンゲント、ナカガヨカッタ。

 デモ、ウラギラレタ……。ユルサナイ……。カナラズ、シハイスル……』


 魔王(?)は四足歩行でバタバタとダンジョン奥に去って行く。


『衝撃の事実です! 魔王にそんな悲しい過去が……!

 しかし、ここで諦めてはいけません!

 人類の未来のためにも、わたしはダンジョン奥に踏みこんでいこうと思います!』


 完全にUMA扱いじゃねーーーか!

 赤沢先輩のスマホを床に叩きつけそうになったが、グッとこらえ、苦笑いしながら返す。


「ここまで勢い任せだと、もう笑うしかないですね」

「だよねー! 魔王大喜利のなかでも、めちゃくちゃすぎて笑ったよ!」


 うう……。どんどんと気が重くなる……。


 まだ大喜利で済んでいる内はいいが、暴走する可能性が高い。

 最悪の展開は、黒森の全生徒が魔王の正体を暴こうとのりだして、ボクが身バレすることだ。


 いつもなら黒森の生徒が暴走しはじめると、聖ヴァレンシアの生徒がやってきて彼らをいさめるのだが。

 聖ヴァレンシアの生徒は先のやらかしで自粛状態。

 ストッパー役がいなくなった問題児たちが、トゴサカに解き放たれたわけだ。


 純粋な戦闘力・統率力では聖ヴァレンシア学園に軍配があがるが、個人個人が好き放題にやらかす黒森アカイック学校は別の強さがあった。

 生徒数も黒森が上だ。


「はあ……。赤沢先輩、この騒ぎはいつまでつづくんでしょうね?」

「しばらくは治まらないと思うなー。まあこのコンビニも魔王フィーバーにあやかっているわけだし、長くつづくことを祈りましょうー」


 コンビニ内は、ブドウジュースやら赤ワインやら、血を連想する商品が増えている。コスパが悪くて売れ行きの悪いブラックポーションも陳列していた。


 近所に魔王が湧いたコンビニとして商品戦略をおこない、事実それが当たって店の売上げはあがっていた。

 現代魔王はコンビニの売上げすらも支配するらしい。


「はやく騒ぎがおさまってくれないかなあ……」


 頭痛の種はこれだけじゃない。

 黒森の騒ぎに釣られて、迷惑配信者が外部から来るようになっていた。

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