第17話 地味男子、マッチポンプをきめる
あのあと、ダンジョンから大慌てで脱出したボクたちは、グロッキー状態のヴァレンシア生徒をよそにスタコラサーと学園を去る。
各SNSは盛りあがっていた。
聖ヴァレンシア学園の敗北。
魔王ガイデルが放った影の狼たち。
魔王が本物か否かも、以前より熱く議論されていた。
学園次元都市トゴサカの風紀を担っていたヴァレンシア生徒だが、いささか強権すぎたのもあったので、日ごろの恨みとそれはもう他校から煽られていた。
ただ「黒森アカイック学校の連中よりマシじゃね?」「黒森のストッパー役がいなくなったらどーすんの。あそこを誰が止めんのよ」と必要以上に煽るのはやめようよみたいな流れもあった。
それでもヴァレンシア生徒の肩身がしばらく狭くなるのは間違いなさそうだが。
あとついでに『魔王さま三段階高笑い』動画が盛大にバズった。
まあそれはいい、いやよくないんだけど。
しかし以前は「魔王さま(笑)」「魔王さまwww」「魔王さま(失笑)」的なコメントばかりだったのに、今は「魔王さまぁ……(恍惚)」「魔王さまぁん……(ネットリ)」と、信奉者的なコメントも増えた。
なのでボクはSNSを
いろんなことを今は忘れたかったのだ。
そういうわけで現実逃避……もとい現実に逃避中。
「ありがとうございましたー。またのご利用お待ちしておりますー」
笑顔でお客さんをお送りする。
放課後、ボクはコンビニで働いていた。
こうやって働いていると地に足ついている感じがあって、気がまぎれるなあ。
「がんばってるねー、鷗外君ー」
外で仕事をしていた赤沢先輩が声をかけてきた。
「はい、こうやってコツコツ働くの大好きです」
「……もうちょっと不真面目であってもいいと思うけれどー。
うわついているより堅実君のほうが今はモテ? そんな君にお客さんだよー」
「お客さん……?」
ボクが外に視線をやる。
コンビニの入り口で、クスノさんが申し訳なさそうに立っていた。
「バイトもいいけど、青春もがんばってこーい」
赤沢先輩はケタケタと楽しそうに笑った。
ということで小休止をもらい、クスノさんと一緒に外に出かける。
夕焼け空の下、小さな公園で二人してベンチに腰をかけた。
クスノさんは、ずっと黙っていた。
ボクに用事があるようなのだが、元気なさそうにうつむいている。
ボクが紅茶を買って渡しても、とくに返事はなし。
普段のクスノさんなら『ありがとう』『働いていたところ、ごめんなさい』とか言いそうなものなのに。
魔王の正体に気づいたのかと思ったが、そうでもなさそうだ。
隣に座っているクスノさんに、ボクはたずねた。
「クスノさん、ボクに用事があったんだよね……?」
「うん……」
「悩みがあるなら聞くよ?」
「うん……」
クスノさんは話してくれなさそうだ。
ボクはちょっとだけ考えてから、ぐっと両拳をにぎる。
それから、彼女に歩み寄るような言葉を投げた。
「弱いところは成長のためにどんどん見せるべき。クスノさんの言葉だよ」
クスノさんが顔をあげて、苦笑いする。
「……あたし、そんなことを言ってた?」
「前に会ったとき。良い言葉だなーと思って、覚えていた」
「やだっ、恥ずかしい。なんだかえらそうな言葉って……実際えらそうね」
クスノさんが困ったように微笑む。
ちょっと元気がでたようだ。
「えらそうなぐらいがクスノさんらしくてちょうどいいよ」
「怒るわよ?」
「そうそう、そんな感じで」
「ふんっ…………ふふっ。
やっぱり、会いにきて良かった。
色々あって気持ちが沈んでいたときに、みそら君の顔が浮かんだの」
「ボクの顔……?」
「ええ。それで、大事なお友だちに会いたくなって」
クスノさんが恥ずかしい台詞を言うので、ボクの頬が熱くなる。
彼女も恥ずかしい台詞なのが自覚あるのか、頬を赤く染めていた。
クスノさんがうーんと背筋を伸ばす。
「あたし、色々あってね。まあ、ネットとかで知ってると思うけど」
「それは……うん……見ていたよ……」
目の前で見ていたから……。
「……情けないとこ見られちゃったわね」
「そっ、そんなことないって! クスノさんは立派だった!
仲間のために最後の1人になるまでがんばって……すごくかっこよかった!」
「褒めるわねー。あの魔王みたい」
呼吸が完全に止まった。
ボクがかなり複雑な表情をしていたのだろうか、クスノさんは気づかったように微笑む。
「ごめんなさい。冗談でも言っていいことじゃないわね」
「あ、あはは……」
「みそら君へは優秀な教官みたいなことを言っておいて、自分は無様に負けちゃって……。それでいて魔王の配下、だものねー……。
試合の内容だって褒められたものじゃないし……。
執行長としての在り方とか、自分の将来について……考えこんじゃってね……」
クスノさんが元気のない原因がわかった。
厳格な人間だからこそ、今回の出来事は許せるものじゃなかったのだろう。
ましてや魔王の配下なんて……。
いや……まあ、張本人がここにいるけどさ……。
「クスノさん、魔王の配下なんてやめたら?
世界を支配するには魔王一人いれば十分みたいなことを言ってたし……。案外聞き入れてくれるかも」
すぐに解雇するから。ほんとに。
「ううん、大丈夫。奴の近くにいて、正体を暴かなきゃいけないしね」
「正体?」
「……あたしはもう、アイツを魔王なりきり君だなんて思っていないわ。
悪魔の力をもった人間……ううん、奴は悪魔よ……っ」
ただの
とは言えないか……。
……いや、ここはもう正体を明かしたほうがいいのかな。
ボクを悪魔だと信じて、しんどい思いをしながら魔王の配下をつづける必要なんてない。
だってボクは悪魔じゃないのだから。
…………で、でも、い、一応確認はしておこっかな。
「ク、クスノさん。も、もしだよ?
魔王が悪魔じゃなくて、ただの人間だったら……?」
「アレは悪魔よ」
「も、もしの話だよ。もし魔王が悪魔じゃなくてさ……彼がただの人間だって主張してきたら?
悪魔祓いとか通用しなかったらどうするの?」
「悪魔祓いが通用しないときは……手遅れね」
「手遅れ……?」
「悪魔がとり憑いた身体に溶けこみすぎている状態だわ。
あるいは完全に受肉したのか。
思えば、奴は礼拝堂に平気で入ってきた。たしかに祓いが通用しない可能性があるわね。
だったらまずは、肉体から悪魔の魂を引きはがさなきゃ」
その引きはがす方法を聞いてもいいか、ボクは迷った。
なぜならとっくの前からクスノさんの瞳のハイライトは消えていたからだ。
「ひ、ひきはがすってどうやって……?」
ボクの声は恐怖でふるえた。
クスノさんはそんなボクを気にせず、ぶつぶつと考えこむ。
「血抜き……それから聖石を胃袋いっぱいに詰めこんで……あとは前頭葉……」
ぜ、前頭葉⁉⁉⁉⁉⁉⁉
ボクの頭を直接いじる気なの⁉⁉⁉
脳をちゅくちゅくスココーンとする気ですか⁉⁉
「まあ、
ニコリと笑うクスノさんの瞳は輝きが失せたままだ。
ダメだ……!
このままじゃあ彼女にもボクにとっても不毛すぎる……!
きちんと誤解を解かなきゃ!
「あ、あのさ、クスノさん……」
「なぁに?」
言おう!
あの魔王はボクであり、そしてボクは悪魔じゃない!
ただの人間、魔王なりきり野郎だって‼
そうすれば彼女も無理して配下をつづける必要がなくなる!
ちょーーと異端審問やら魔女裁判的な取り調べがあって、ちょっーーーーと死ぬ可能性があるかもしれないけれど……それがなにさ‼‼‼
「クスノさん……!」
クスノさんはボクの大事な友だちだろ‼‼‼
「クスノさんがそう決めたらのならボクはもうなにも言わないよ!
ボクなんかが力になれるかわからないけれど……話したくなったらいつでも会いに来てよ!」
「みそら君……。う、うん……辛いときは、会いに行くね……」
夕日が照らしつけ、クスノさんの綺麗な顔を紅く染める。
彼女のまぶしすぎる笑顔が、ボクの心にじくじくと染みわたった。
――ボクは、マッチポンプをきめた。
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