第16話 魔王のめざめ(笑)

 聖ヴァレンシア学園の砦。

 影の狼によって正門はすでに突破されていた。


 砦に生徒たちはいない。リスポーン地点から無事にダンジョンを脱出できたかはわからないけど、代わりに影の獣たちが居座っていた。


 影の狼たちはお腹を満たしたからか、身体を丸めてくつろいでいる。


 ただ、礼拝堂付近に影の狼が群がっていた。

 ツメをガリガリと研いで入りたそうにしているが、そこが神聖な建物だとわかっているのか、遠巻きにしている。


 礼拝堂内に他の生徒がいる。

 そう考えたボクは、アルマを引きつれて中にはいった。


 そして、慈母が描かれた綺麗なステンドグラス前。

 クスノさんが白い箒のような魔銃マジックガンを構えながら立っていた。


 礼拝堂のすみっこでは、他の生徒たちがふるえている。


「ま、魔王……」

「魔王がきたわ……」

「う、うぅ……たすけて……」


 生徒たちの引きつった笑みは、到底さわやか要素が皆無。


 大丈夫……ここから挽回できるはず……。

 ひとまず、険しい表情のクスノさんと対話しよう。


「貴様一人で礼拝堂を守っていたのか?」

「…………ええ。あの黒い狼たち、礼拝堂には入れないみたいだから、逃げ遅れた人を集めたの」

「ほう? 戦える者は貴様ただ一人だけのようだが、見あげた奴よの。

 ニンゲンにしてはやるではないか。貴様を虫だのと決めつけたのは我の浅慮であったわ」


 魔王キャラは崩さず……!

 まずは試合前の見下し発言を撤回する……!


「……余裕な態度ね。ずいぶんと勝ちほこってくれちゃって」

「勘違いするでない。我は貴様を認めておる。

 なんなら我と貴様だけでこの場を争い、勝負を決めてもいいのだぞ」

「…………いいえ、あなたたちの勝ちよ」


 クスノさんは力なく笑った。


「さっき、リスポーン設定を変更したわ。

 復帰地点に戻らずともダンジョンから脱出できるようにね。

 試合中の勝手なルール変更なわけだし……わたしたち聖ヴァレンシア学園のルール違反で負けよ」

「貴様はそれでいいのか?」

「名目上は親善試合だもの。無暗に傷つく必要はないわ。

 ダンジョンのセーフティも最大値に設定して、安全面を配慮していたのだけれど……ね。このざまだわ」

「ふんっ、軟弱なことだ」


 よかったあああああ……。

 最悪は回避したとホッとしていたが。


「……そうね。獣の悪夢に苛まされる子は多いでしょうね」


 うぐっ……。

 クスノさんの悔やむような表情が突き刺さる。


 クスノさんの言ったことだが、『安定した次元境界ダンジョン』にかぎり、人類側が次元変数をいじることができる。リスポーン設定だったり、自動回復設定だったり、エンペリウムのような特殊な装置を配置できたりした。


 このダンジョンフィールドは、聖ヴァレンシア学園が準備したもの。

 次元変数をいじることも容易だろう。


 ちなみにセーフティ値とは、主にダメージ設定についてだ。

 ダメージを食らった際、グロい表現にならないように演出を変更したり、痛覚ダメージをカットする。

 いわばダンジョン攻略を安心安全に楽しむための値だ。


 ちなみに完全に感覚を断つことはできない。

 無感覚だとむしろ怪我や事故に繋がりやすいらしい。

 ゆえに、セーフティ値が高くても怖いものは怖い。


 今回の件も、生々しい夢の中で、野犬に襲われる感覚といえばわかりやすいのかも。


 ちなみに野良ダンジョンは、このセーフティ値が設定できない場合が多い。

 ボクが魔王なりきりプレイで遊んでいた地域は、回復もろくに効かない、リスポーンもできない、痛みもダイレクトに伝わる次元境界だったらしい。


 なんで今の今まで生きていたんだボクは。


「…………ま、そのセーフティ値も減らされていたのだけどね」

「なんだと……?」


 落ち着いた口調とは裏腹に、ボクが動揺していると、クスノさんは心底呆れたようにため息を吐く。


「あなたを痛めつけるために、設定を勝手に変えた子たちがいたみたい。

 あたしが気づいて設定を戻したけれど……あのまま狼に襲われていたら再起不能者がでたでしょうね」

「愚かな……」


 まじで心臓に悪いすぎる……。


「そうね、愚かだわ。自分たちが勝つのは当然と舐めきって、フルボッコにする前提でセーフティ値を減らしたなんて……。

 そういったわたしたちの傲慢さは、今回のことが良い薬になったと思う」


 ここでボクに正直に伝えてくる、クスノさんの厳格さをあらためて知った。

 どうにかお互いに気分よく終われないものかな……。

 ボクがそう考えてると、彼女が告げてくる。


「あなたはいったい何者なの?」


 それはボクも知りたい。


 なんて迂闊に答えられなかった。

 だって、クスノさんの瞳のハイライトが消えていたからだ。


「スキルの豊富さや、圧倒的な術だけじゃないわ……。

 ねえ……どうして狼は礼拝堂に入れないの? まるで悪魔の眷属じゃない」


 祖父が悪魔祓いエクソシスト

 本人も神職希望のクスノさんは、ハイライトのない瞳でボクを見つめてくる。


 アルマという、頻繁に瞳のハイライトが消えちゃう女の子が近くにいるからこそわかる。


 返答次第では、ボクを祓うつもりだ……!

 この世から消滅させるつもりだ……っ!


「そう怯えるなニンゲン」


 なので話題を変える。


「お前は我相手によくやった。むしろやりすぎたぐらいだ。

 魔銃による長距離攻撃は常に的確で見事であった。

 攻撃の隙間をぬう狙撃はまさに魔弾の射手よ」


 褒めて……褒めまくる……!

 ボクとクスノさんは血みどろな戦いを繰り広げる相手なんかじゃなくて、お互いに競い合える存在。そうアピールする!


 爽やかアハハエンドを目指したいのもあるが、なにより彼女は立派な人だと思うから!


 ボクたちは敵じゃない!

 正体は明かせないけど……こう、目で意思を伝える!


 前と同じ展開?

 信じろ! ボクを! 意思の力をっ!

 伝われえええええええええええええ!


「悪魔に褒められたってなにも嬉しくないわ……!」


 もう悪魔認定かあーっ……‼‼‼


「褒めているのではない、認めているのだ。

 執行長としての器。人の上に立つ資質。

 それだけではないぞ? 戦える者が貴様一人になっても、我に屈することのない気高き精神。

 その強き心を、我は高く評価しておる。


 いかにも魔王っぽく褒めちぎる。

 ボクは敵じゃない!

 悪魔でもないよ!


「つまり、あたしに魔王の軍門にくだれと……? それがあなたの願いなのね……?」


 ?????

 願い???

 なにを言っているんだと首をかしげそうなボクに、アルマがつぶやいた。


「……なるほど、そういうことでしたか」


 どういうこと????


「園井田さん、『負けたほうは勝ったほうの願いをなんでもきく』取り決めですが」


 あ……そういえば、そんなのあったな……。


「魔王さまの配下になりなさい。それが魔王さまの願いです」


 願ってないんですけど????????

 あ、や、配下に欲しいとは言ったが、魔王的褒め言葉であって……。


「あ、あたしを通じて、学園を支配する気⁉」

「そんなことはいたしません。そもそも、この世界は魔王さまただ一人で支配できるのです。

 今、魔王さまが求めているのは地盤……名声でございます」

「名声……?」

「魔王さまの目的はまず、世界に名を轟かせること。

 人類へ恐怖の種まきです。

 聖ヴァレンシア学園の執行長であり、自分にも他人も厳しく、神職として将来を期待されている園井田クスノさんを配下にすれば、聖人が魔に屈した構図ができあがります。

 足がかりには十分でしょう」

「あたしは戦利品ってわけね……」


 ちがうよ?????

 クスノさんはクスノさんだよ????


 アルマに視線をやれば、彼女は『だから彼女に接近したのですよね? わかっておりますとも』みたいな視線を返してくる。


「あたしを……神職を利用するなんて……さすが魔王といえばよいのかしら……?」

「ええ、さすが魔王さまでございます」


 ま、待ってくれ!

 二人で話を進めないでくれ!

 このままだとボクの人間関係が知恵の輪みたくなるんだが⁉


 否定しようとしたが、ボクは唾を呑みこんだ。


 アルマの瞳のハイライトが消えかかっている……。 

 他の子を配下にしたがった(勘違いでも)ボクに、不満を抱いている……。強く否定したらじゃあなんで接近したんですかの話にまたなってしまう……!


 台詞選択を間違えたら……ヤられる……!


「すべてはお前次第だ。園井田クスノ」


 どーよ!

 魔王らしい台詞でありながら、自分の意思は誤魔化した台詞!


「っ……!」

 

 クスノさん!

 断固拒否ってくれ!

 ぜんぜん諦めるから!


「……………………わかった。魔王の配下になるわ」


 クスノさんは、マジックガンをがしゃりと床に落として武装解除する。

 そして、すべてを受けいれたかのような表情でうなずいた。

 隅っこでふるえていた子たちも「そんな……神よ……あんまりです……」と彼女の運命を嘆いている。


 卒倒しそうなボクに、クスノさんはハイライトのない瞳で睨んできた。


「だからって、あたしが素直に従うとは思わないでよっ……っ!」

「園井田さん、わかりませんか?

 魔王さまは寝首をかかれるのも承知であなたを配下にすると言ったのです。

 器のちがいを知りなさい」


 承知じゃありませんが?????


「それとです。園井田さん」

「な、なによ」

「第一夫人はわたしですから」

「っ~~~~~~~~~~~~~~! 最低……!

 魔王ガイデル! 絶対に、ぜーーったいにあなたの正体を暴いて、祓ってやるから‼‼‼」


 クスノさんは今すぐこの世から消滅してしまえと魔王ボクを睨む。

 隅っこでふるえていた子たちも「汚らわしい……! なんと汚らわしいの!」と蛇蝎のごとく魔王ボクを嫌っていた。 


 アルマとクスノさん。

 瞳にハイライトのない美少女二人に見つめられる。


「ククク……」


 自然と笑いがこぼれた。


「クハハハハハ……!」


 ボクは笑った。

 もう笑うしかなかった。


「アーアッハハハハハハハハハハハハハハハハハハ……!」


 やけくそで笑うしかなかったのだ。

 ボクただ一人だけのアハハ笑いが礼拝堂に木霊した。



 後日、『魔王さま三段階高笑い』動画が盛大にバズった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る