第15話 魔王のめざめ(汗)

 ボクの足元からあふれた影は波となり、砦をあっという間におおう。

 闇の水たまりは沸騰したかのようにポコポコと泡立ち、影が隆起して形となった。


 それは、黒い獣だった。

 獣の輪郭はいびつに歪んでいて、牙だけがギラリと鋭利に光る。まるで不出来な狼のような姿でたたずんでいた。


 影の狼は次々に湧いてはあらわれ、どんどんと数を増やす。


 ボクたちの周りでも、ざっと数十匹。

 大きいモノは約2メートルで、小さいモノは小型犬ぐらいのサイズだ。


「ルルル……」


 その中で、一番大きかった影の狼がうなる。

 フルボッココールが消えていたので、奇妙なうなり声がよく聞こえた。


 影の狼が鼻をひくつかせる。

 すると、よだれをダラダラと垂らしながら、バンッと大きく跳躍した。


 そして数十メートル先。

 正門を壊そうとしていた、ヴァレンシア生徒たちのど真ん中に降りたつ。

 突如舞いおりた狼に、生徒たちは、わっと場所をあけた。 


「ルルル……」


 影の狼が奇妙にうなる。

 白銀のゴーレムを美味しそうに見つめていた。


 狼がすぐに攻撃する気配がないとわかったからか、厳格そうな男子が叫ぶ。


「みんな、落ちつけ‼ あの魔王なりきり君がなにをしたかはわからないが、こっちにはS6のゴーレムがいるんだ! ゴーレムを盾に陣形を――」

「ルルルルルルルルルルルルルルルルルル‼‼‼」


 影の狼が吠え、白銀のゴーレムに噛みつく。


 否、喰らいついた。

 鋼鉄より固いゴーレムの装甲を、ガブガブガブと重厚なステーキでも味わうかのように喰らいついていく。


「へっ……⁉ さ、再生……! か、回復を……は、はやく……!」


 厳格そうな男子はそう叫ぶも、すぐに無駄だと悟って顔を青ざめさせた。


 なにせ再生するべき装甲も魔術回路も、獣の腹におさまったからだ。


 さらには次々に影の狼たちがやってきて、白銀のゴーレムを押したおす。

 群がった狼たちは、おあずけをさんざん食らった犬のようにゴーレムを食べていった。


 そして最後には、フレームだけになり……いや、骨すらも食べつくされた。


「ルルル……」「ルルル……」「ルルル……」


 影の狼たちが奇妙にうなる。

 その瞳は老若男女関係なく、すべて喰らうと語っていた。


 喰われるという根源的な恐怖を思い出したからか、狼の姿になにかを思い出したからなのか、厳格そうな男子はとある怪物の名前を口にした。


「ジェ、ジェヴォーダンの獣…………? に、にげ……」


 逃げろおおおおうううと、ライブ配信画面から叫び声が聞こえた。


 フルボッココールなんてとっくに消えていて、代わりにダンジョンフィールドのいたるところで悲鳴があがっている。


 椅子でふんぞりかえっていたボクは、チャットが勢いよく流れるのを見た。


『反撃の狼煙だあああああああああああああああ!』

『逆襲タイム‼‼‼ 逆襲タイム‼‼‼』

『魔王さまやっちゃえええええええ‼‼』

『あれなにあれなに⁉⁉⁉ 超すごいんですけど⁉⁉⁉』

『うう……魔王さまは泰然とされていて語ってくれない……。でもそこが素敵です!』


 …………。

 こっっっっっっわああああああああああああー…………。

 なにあれ、なにあれ、なにあれ、なにあれ⁉⁉⁉⁉


 ってか、全然術のコントロール効かないし⁉⁉⁉⁉

 影の狼たちも命令を聞いてくれないんですけど⁉⁉⁉


 以前につかったときは、影の狼もこんなに狂暴じゃなかったじゃん!

 もしかして、魔力全開で放ったせいなのか……⁉


 、スキルの説明がホントろくにないから困るんだって!

 


 予想以上の暴れっぷりに動揺していたボクに、音声がとどく。


 ヴァレンシアの生徒同士の通信だ。

 相当混乱しているようで、間違ってこっちのライブ配信と回線を繋げたらしい。


『あの黒い狼はなんなんだよ⁉⁉⁉ 分析班、報告は⁉⁉⁉』

『え、えっと、スキルで看破できました!

 モンスター名【獣の飢餓トゥ】……! 

 ス、ステータス……物力パワー【SS】⁉⁉⁉』

『SS⁉⁉⁉ SSランクなんて聞いたことないぞ⁉⁉ どういうことだよ⁉』

『わたしに言われたってわかんないよぅ……!』


 ドゴーンッと派手な音がした。


 見ると、ゴーレムが空高く跳ねあげられている。

 お空に飛ばされたゴーレムを狙い、森中から影の狼たちが次々に跳ねてきて、えぐるように喰らっていた。


 あ……ボク、あれと似たようなの見たことある……。

 ディスカバリーチャンネルで、群れたサメが獲物を四方八方から喰らうシーンに似てる……。


 森中から聞こえる生徒の悲鳴は、ゴーレムがスクラップ……ううん、ただの餌になっているのを目の当たりにしているからかな……。


『わかる範囲でいい! 今は情報が欲しい!』

『お、狼たちは、ステータスの高いものを優先的に狙う……いえ、喰らう傾向があるようです!

 そ、その数おおよそ、大小合わせて600体以上……』

『600体以上⁉⁉⁉ んなバカ……うわああああああああああ⁉』

『え⁉ きゃああああああああ⁉』


 通信が途絶えた。


 真顔でいたボクに、側にいた影の狼がへっへっと舌をだして見つめてくる。

 その瞳は『大将、わてらやったりましたぜ。褒めて褒めて』と語っていた。


 やめてくれ……そんな瞳でボクをみるのは……!

 まるでボクがこの騒動をしかけた張本人で、諸悪の根源みたいじゃないか!


 そのとおりだよ……‼‼‼


 頭を抱えそうになっていたボクは、ライブ配信のチャットが活性化していることに気づく。


『こんな術を隠していたとは……魔王さまは本当に恐ろしいお方だ』

『生徒を術で直接狙わなかったのは、この瞬間を待っていたのだろうか?』

『だろうな。勝利を目前に浮足立っているところを、相手の背後から刺すように術をしかける……。

 これではヴァレンシアの生徒もたまったものではない。

 しばらく、獣に襲われる悪夢にうなされるだろうな』


 だ、だ、大丈夫。

 聖ヴァレンシア学園の生徒も訓練しているだろうし、こんなのでへこたれないはず……。

 学園ではリスポーン時の精神ショックについての講座もあるって聞くし……。


 って、これは事故なんだって早く表明しないと……!


 ボクがそう言う前に、アルマが一歩前に出た。


「その通りでございます……っ!」


 アルマの瞳は、過去最高潮にキラキラしてた。


「闇は光が輝くほど……より色濃くあらわれるもの……!

 勝利というまやかしの希望にまどわされ、目を曇らされた彼らは忍び寄る絶望に気づかなかったのです……!

 今! 彼らの心には魔王さまへの恐れが深く根付いていることでしょう……!

 これこそが、魔王さまの狙いだったのでございます!」

「クハハ」


 アルマのノリノリな説明に頭が真っ白になりかけ、乾いた笑いがでてしまう。


 ボクのそんな笑いをリスナーは好意的に受けとめ、『さすが魔王さま』『さすが魔王さま』と、さすまおさすまおとチャットが流れた。


 ………………ど、しよ。

 いいや、まだだっ!

 ボクはまだ『青春さわやかアハハ』エンドを諦めたわけではない!


 ちょっーーーと……毛色が違うかもしれないけれど……お互いに全力を出してぶつかりあったことには変わりはないんだ……!


 大丈夫……まだ、爽やかに終われるはずなんだ……!

 お互いを讃えあって、爽やかに終わるんだ……!


 このままじゃあボク、超ガチめな魔王さまになるぞ‼‼‼


「行くぞ、アルマ。奴らの本陣に」

「はい……っ! トドメを刺しにまいりましょう……!」


 仲良くなりにいくんだよぅ……っ!

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