第10話 地味男子、お友だちができる

 湖畔ダンジョンの綺麗な水面を眺めながら、ボクと園井田さんはベンチに座っていた。


 イベントはひととおり終わって、今は自由時間。

 子供たちはキャッキャと楽しそうにダンジョン内で騒いでいる。


 園井田さんがうさうさガールになった経緯だが。

 聖ヴァレンシア学園のカリキュラム内に、地域振興のボランティア活動が組まれているようで、彼女はお手伝いにきたとのこと。


 しかし、うさうさガール役の人が急遽病欠。

 仕方なしに代役をしたと、園井田さんはボクの肩を掴みながら力説した。


『いい⁉ 仕方なし! 不本意なの!

 このことは甘城アルマには絶対に秘密ね……⁉

 えーっと、あなた……名前は……』

『お、鴎外おうがいみそら……』

『鴎外みそら……うん、ちゃんと覚えたわ。鴎外君』


 名前を覚えさえすれば、いかようにも社会的制裁をくわえられる。

 そう瞳で語ってきたので、ボクは高速でうなずくしかなかった。


「……ほんと、仕方なしなんだからね」


 うさうさガール衣装の園井田さんは、まだ言っていた。


「立派だと思うよ」

「馬鹿にしてる?」

「してない。子供たちのために一生懸命に踊るなんて立派だと思う」

「……ふん」


 世の中にはなりきりプレイのために魔王コスプレして、楽しむ人がいるぐらいなんだ。

 なにが恥ずかしいことがあるだろうか。


 でも園井田さんはまだ不服そうだ。 


「ところで鴎外君。あなた、学校は? 日比野高校は今日授業があるわよね?」

「…………学校には行きたくなくて」

「……そう。そういえば鷗外君、鞄持ちだったものね」


 園井田さんは神妙そうに言った。


 なにか、誤解されている気がする……。

 おたくの学園と抗争状態になってしまい、気が気ではなくて現実逃避していましたなんて言えないけども。


「……甘城アルマに、いいように扱われてない?」

「い、いいようには……」

「辛いことがあったら、迷わず誰かを頼ること。

 聖ヴァレンシア学園には専任のカウンセラーがいるから紹介してもいいわ。

 一番は甘城アルマの頼みごとを拒否することだけれど……まあ無理ね。あの子、我が強いから」

「それは……よく知っているよ」


 ほんとに。

 まあ、とことん付き合うつもりでいるけども。


 アルマのことを考えていると、園井田さんがボクの顔をじーっと見つめてきた。


「だからってホイホイなんでも言うことを聞いていちゃダメよ? わかってる?」

「え? え、あ、うん」

「あなたも自信がなさすぎるのが問題だわ。

 子供向けのイベントとはいえ、ダンジョン攻略講座にきたってことは……一から鍛えにでもきたんでしょ?」

「ま、まあ、そんなところではあるけれど」

「だったら、あたしがダンジョン攻略のイロハを教えてあげよっか?」


 敵に塩をゴリゴリ送るような真似なんだけれど、大丈夫でしょうか。


「ご不満?」

「ふ、不満がないってわけじゃ……」

「あたし、執政長としてだけじゃなく冒険者としても名が知られているのよ? ほら」


 園井田さんはぐっと近づいてくる。甘い匂いがした。 


 きょ、距離感……⁉ 

 こ、こんな距離感まるで恋人……いやちがうな。

 ダメな弟の面倒をみる、お姉ちゃんの距離感だ。


「これ、あたしのステータス」


 園井田さんはステータス画面を小さく手元にひらいてみせた。



 NAME/園井田クスノ

 HP/MP 1100/1300


 物力パワー E

 魔力マジック S

 速度スピード C

 器用デクステリティ A

 体力タフネス D

 抗魔レジスト B

 特別スペシャル B


「ね? ステータスはS1で、HPMPは4桁台。

 冒険者としても……まあ自分で言っちゃいますけれどトップクラスだし、教師役として適任と思うわよ」

「ふうん」

「ふうん、って」

「バ、バカにしているんじゃなくて、ホントそういうのに疎くて……」

「そ。それじゃあ鷗外君のステータスを見せてよ。

 あなたに合ったスキル構成を一緒に考えてあげるわ」


 園井田さんは真面目な表情で見つめてくる。

 ……面倒見がいい人なんだろうな。


 たしか、前あらわれたプラチナグリフォンは体力『S』速度『S』器用『S』なんだっけ。

 それでS3モンスター。

 人間でSランク持ちは少ないとは聞いているけれど……。


 見たくないんだよな。

 自分のステータス画面。

 ステータスの……能力画面では『鴎外みそら』って名前が表示されている。

 自分の名前が嫌いなんじゃなくて、魔王になりきりたいのに自分の名前が表示されるのがすごく嫌なんだ。めっちゃくちゃ興ざめするし。


 だからステータス画面は基本、スキルツリー画面で固定していた。

 まあ今は鴎外みそらだし、久々に見てもいいか。


 ボクは自分だけに見えるよう、ステータス画面を手のひらで小さく表示させる。



 NAME/鴎外みそら

 HP/MP 666666/66666

 物力パワー SSS

 魔力マジック SSS

 速度スピード SSS



 ――ステータス画面を慌てて閉じる。

 

 ?????

 なんだあのステータス????

 SSS???????

 それも複数あったぞ?????

 もしかしたら全ステータスSSSランク???

 ボクはいったいなんなんだ??????


 HPMPが悪魔の数字なのは……たぶんスキル説明のなかった【666の導き】を取得したからかな。

 効果がわからなくても、かっこいいと思って大量にスキルポイントをふったんだよな……。


 ボクが考えこんでいると、園井田さんが目を細めていた。


「ご、ごめん。園井田さん……人に見せられるステータスじゃなくて……」

「恥ずかしがらず、弱いところは成長のためにどんどん見せるべきだわ」

「いいんだ。ありがとう。それに強くなるためにスキルをふるなんて……ボクのダンジョン観には合わないしね」

「ダンジョン観?」


 園井田さんが不思議そうにたずねてきた。


 ひとまずステータスのことは後回しにしよう。

 ボクは湖を見ながら答える。


「ボクはさ。いかに効率よく成長するとか……いかに難敵を攻略するよりも……どうやって楽しむかを重要視していてさ」


 特にかっこよさは大事だ。


「ダンジョン内って魔法が使えたり、身体能力があがったり……いつもと違う自分になれるよね?

 ボクはその、いつもと違う自分を大事にしたいんだ」

「……うん」

「地元でも一人でなりきり遊びをよくやってたぐらいだし」

「地元?」

「ああ、ボクはこの都市には中学から転入したんだ。

 サンプリングの集団モデル対象者として、当選したからね。

 うち、母子家庭だから。国から手当てがでるなら新天地に行ったほうがいいって……いや、ボクの家庭の話がしたいんじゃなくて」


 ボクはちょっと間を置く。


「……こっちに来たときはさ、けっこう楽しみにしてたんだ。

 ボクと同じ友だちができるかもって。

 ……でも、みんなバチバチに成長意識が高いっていうか、まあ成果がでたら国から補助金でるから当たり前なんだけど……。

 冒険パーティーを組んでもモンスター素材を誰が持って帰るかだとか、パーティー内の貢献度で稼ぎがどうとかで揉めたりもあったし……」

「合わなかったんだ」

「ちょっと…………ううん、かなり。

 他の人を否定するつもりはないんだけどね。

 まあ、おかげで友だちが一人もできない学校生活を送っています」


 あと寂しい学校生活は闇をこじらせてしまったのが3割……。

 ごめん、うそ、9割ぐらいが理由だ。


「今日、このイベントにきたのも初心を思い出すためなんだ」

「……」

「地味で、平凡で、冴えないボクが……ダンジョン内で誰かになりきってゆるーくエンジョイする。

 それがボクのダンジョン観」


 魔王になりきった自分が褒められたときは嬉しかったけどね。


 僕の考えは、軽蔑されるかなーと思った。

 園井田さんは意識が高そうだし、反感は買うかも。


 すると彼女は立ちあがり、ちょっと歩いてから笑顔でふりかえった。


「うんっ、それが一番よね。あたしも同じダンジョン観」

「えっ⁉」

「なに、その反応。意識高そうなのにーとか思ってた?」

「あはは……」


 ボクの誤魔化すような笑い方に、園井田さんは目を吊りあげたが、ふっと苦笑する。


「あたしも地元はここじゃない、海外なの」

「……園井田さん、ハーフとか?」

「そ。あたしの母がイギリス人。

 おじいちゃんは神職……それも悪魔祓いエクソシストなのよ」

悪魔祓いエクソシスト⁉⁉⁉」


 ほ、本当にいるんだ!

 か、かっこいいーーーー……!


「……なんだか嬉しそうね。

 ……まあ今の社会って、ほら、悪魔って結構いるじゃない?」

「でもそれは……あくまで別次元の可能性で……虚像モンスターだよ?」

「別次元の可能性であっても大変なのよ。

 悪魔信奉者は昔からいたし……それに天使の姿を模したモンスターもいるでしょう?

 おかげで教義の解釈はめっちゃくちゃ。ダンジョン化現象が起きてからずっと、いまだ論争が続いているぐらいだもの」


 園井田さんは厄介そうにため息を吐いた。


「……だから、これからの神職者がダンジョン化現象にどう向き合うべきか学ぶため、あたしは日本にやってきて……。模範たらんと規則正しくしていたのだけれど……」


 園井田さんは恥ずかしそうに微笑む。


「誰からもキラわれて、お友だちが一人もいません」

「……ボクとおんなじだ」

「そーね」

「お友だちいない同士だね」


 ボクたちは、どちらからともなく笑いあった。


 怖いと思っていた園井田さん。

 話してみれば全然そんなことなくて、むしろ自分と近しいところがあって親近感がわいた。


 これならもしかして全面戦争せずにすむのかも。


 そんなことボクが考えていると、わーきゃーと子供の楽しそうな声が聞こえてくる。

 見れば、子供たちがダークスライムを追いかけ回して遊んでいた。

 ふふっ、楽しそうだ――


 バシュンッと音がした。

 園井田さんが腰のホルスターからラビットガンを抜き、ダークスライムを蒸発させた。


 呆然としていた子供たちも気にせず、彼女は真顔でいる。


「――悪しき闇は、この世から滅さなきゃ」


 瞳の……ハイライトが消えている……。

 やはり園井田さんもアルマと同類……。

 瞳のハイライトが消える勢なんだ…………。


 お友だちが一人もいないのは別の理由があるのではと、ボクは冷や汗をかきながら思った。

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