第8話 地味男子、金髪巨乳の執行長に出会う
その日の放課後。
ボクとアルマは通学鞄を片手に、グラウンドを横切って帰宅しようした。
正直、学校にいるあいだはお互いに接近は避けるべきだし、知らないフリをしたいと言ったのだが。
『イヤです』
『イ、イヤって万が一のこともあるしさあ』
『イヤでございます』
アルマは断固拒否し、なんなら瞳のハイライトが消えかけたので妥協するしかなかった。
『……せめて、人前での様づけは禁止ね』
ボクだって彼女の側にいることは嬉しい。
たとえ彼女が闇ガチ勢で、魔王狂信者で、前世信奉者であったとしてもだ。
…………なんでそう感じるんだろう。闇に惹かれているのかな。
女の子と無縁の人生を送りすぎていただけか。
と、アルマが話しかけてくる。
「みそら君、今日はわたしの家で晩ご飯を食べませんか?」
「今日? ……ボクが突然行って、大丈夫?」
「これからについて話し合わなければいけませんし、親は普段から帰ってくるのが遅いので問題ありません。腕によりをかけて作らせていただきますね」
ということは美少女の手料理。
完璧な料理でも失敗した料理だとしても、いろんな意味で美味しいイベントだ。
だけど、ボクはその前にたしかめた。
「なにを作るつもりなの?」
「みそら君の前世が好きでしたヴァヴァヴァルマーデッドです」
わからない……。どんな料理なんだ……。
得体のしれないものは、彼女の闇ガチっぷりを知っているだけに避けたいけれど……。
行くべきか行かざるべきかボクが悩んでいると、グラウンドに男子の絶叫がひびいた。
「聖ヴァレンシア学園の連中だああああ‼‼‼」
ざわりとグラウンドが騒がしくなるも、すぐに鎮静化する。
学園次元都市トゴサカ風紀の象徴、あの真っ白い制服を着た集団が、ザッザッと足並みを揃えてやってきたからだ。
100名ほどのヴァレンシア生徒が日比野高校に襲来する。
あたふたとしていたボクと、しれーっと立っていたアルマを取りかこみ、直立不動の壁となって逃げ場をふさいだ。
「整列!」「起立、よし!」「対象監視、よし!」
「な⁉ な、なんだなんだ⁉」
あたふたからアワワアワワと取り乱していたボクに向かい――いいやアルマに向かって、1人の女の子が颯爽と歩いてきた。
「――
金髪のきれいな女の子だった。
自分は太陽だと言わんばかりの輝く金髪に、気の強い顔立ち。真っ白い制服と相まって天使のよう。なにものにも屈しなさそうな瞳が印象的の子だった。
彼女の登場に、生徒たちはまた騒ぎはじめる。
「し、執行長の
「ひいい……睨まれたくねええ……」
「お、おい、ジロジロ見るなって! 【指導】されるぞ……!」
誰も彼も彼女におそれおののいている。
それはそうだ。園井田クスノの名前を聞いたボクだって怖い。
執行長とは、聖ヴァレンシア学園の風紀活動を取りしきる実行部隊のトップだ。
園井田さんの一声で執行部が招集されて、強権がふるわれる。
中学生のころに転入してきて、都市事情にうといボクでも、園井田さんの強引なやり口はよく耳にする。
ボクたちと同じ高校一年生だというのに、彼女が執行長に選ばれたのは初等部・中等部からの輝かしい実績があるからだ。
その分、トゴサカの生徒には好かれていないとも聞く。
「あなたの乱れに乱れた風紀、正しにきたわよ。甘城アルマ」
威圧するような態度の彼女に、誰かが悪口をぼそりと言った。
「……チッ、あのでかい胸が一番風紀を乱しているだろうが」
「反省室送り」
園井田さんが指をパチンと鳴らす。
するとヴァレンシアの生徒たち数名が、悪口を言った男子を拘束した。
「ご、ご、ごめんなさい! 今のはちょっとした言葉のあやで!
あ、あやまるから! 反省室送りは、ご、ご勘弁ください!
た、助けてえええええええええええええええええええええ!」
無慈悲に連行された男子を目の当たりにし、場の空気が再度凍りついた。
もはや支配者ともいうべき園井田さんに、アルマが興味なさげに告げる。
「それで、わたしも反省室送りにするのですか? 園井田さん」
強い……。
眉一つ動いていない……。
ボクの胃がキリキリ絞めつけられていると、園井田さんはまるで怨敵でも見るかのようにアルマをにらむ。
「あなたを反省室送りにして、矯正できるならそうしているわ」
「まるでわたしが反省できないかのような物言いですね」
「事実そうじゃないの、この問題児。
過激な配信をやめるように再三の忠告にも従わない。いかにあなたの妄想が酷いかを教えてもまったく治らない。危険なダンジョンへの無断侵入。とことん我の強い子」
「配信は個人の裁量に任されているはずですが。
無断侵入に関しても許可は得ています。攻略したあとの事後承諾ですが」
「そうね。あなたはそのあたりの規則は守っていた。ギリギリ……ほんとギリギリだけど。
でもね、もうラインは超えたの。
よくもまあ、あたしたちの学園が保護していたダンジョンを破壊してくれちゃって……。魔王とやらも、あなたの差し金でしょう?」
差し金。
まあ、あながち間違いじゃないような……。
「すべては魔王さまのご意思です」
そっかあ。
アルマと園井田さんのあいだで火花が散った、ように思えた。
銀髪と金髪。
マイペースに我が道をいくアルマに、規律に厳しい園井田さん。
胸部装甲がしゅっとーんとしているアルマに、ご立派すぎる園井田さん。
二人はあまりに対照的すぎて、相容れない存在なのだろう。
「世界は暗黒に染まるときがきたのです」
「闇は
うん……?
もしかして二人は案外似た者同士なのか……?
ボクが園井田さんを見つめていると、目が合ってしまう。
「あなた……そういえば、誰? 甘城アルマと仲がいいみたいだけれど……?」
やっばああああああ⁉
ボクは慌てて、アルマの鞄を持つ。
「ボクは甘城さんの鞄持ちです。
地味で、平凡で、冴えない鞄持ちです」
「そ、そう……そんなに自分を卑下しなくても……。
というか甘城アルマ! あなた、善良な生徒に鞄持ちをさせるなんて何様よ⁉
魔王とやらに倣って、配下をつくったつもり⁉」
園井田さんに叱責され、アルマの瞳のハイライトが完全に消えてしまう。
いけない。あの表情はおそらく、『魔王さまの配下はわたしだ』という彼女独特なキレポイントで怒っている。
アルマが下手なことを言う前に、ボクが話を進めなきゃ!
「あ、あのですね……! けっきょく園井田さんはどういったご用件で⁉」
すると園井田さんはニヤリと笑う。
「甘城アルマ。あなたも……あの魔王とやらも、反省室送りにして【指導】したところでなにも変わらないのでしょうね」
「魔王さまにはなにも落ち度はありません。
狭量なのは視野だけにしてもらいたいものですね。園井田さん」
「そう……あなたの妄執はけっきょくその魔王さまを信じすぎているがゆえ。
だからね、魔王のメッキを剥がしてあげるわ。
あなたの冒険者としての貢献度も考えて……一応チャンスも与えてあげる」
「メッキに……チャンス、ですか?」
アルマが初めて眉をひそめた。
園井田さんは食いついてきたと言わんばかりにほくそ笑む。
「勝負よ、甘城アルマ。あたしたち聖ヴァレンシア学園の
光と闇。相反する存在が激突する。
あなた、そういうの好きそうだし……わかりやすいでしょう?」
「……場所は、聖ヴァレンシア学園管理のダンジョンで、ですか?」
「もちろん。まさか逃げないわよね?」
「……なるほど」
アルマと同時に、ボクもなるほどと心の中でつぶやいた。
魔王さまを絶対的に信奉しているアルマには良い提案だ。
衆人環視のもと、魔王と一緒にアルマを徹底的に叩けばメンツを保てるし、彼女が望む【指導】にもなりえる。
わざわざ学校に大勢でやってきたのは、逃げにくい雰囲気を作るためか。
ボクはアルマにこっそりと目をやった。
圧倒的に不利な条件だ。
しかも
逃げることは恥ずべきことじゃない。
ボクも逃げるのは好きだし、なんなら現実から逃げて魔王なりきりプレイに逃避していたフシもある!
伝われ……ボクの意思が伝わってくれ……。
前世は信じてないけれど、今だけはそんな絆があると信じる……!
頼む、伝わってえええええええええええええええええええ!
アルマが、こくんとうなずいた。
伝わったあああああああああっ!
「今からわたしが告げる言葉は、魔王さまの言葉でもあります」
アルマは園井田さんの目をまっすぐに見つめながら宣言する。
彼女の中の魔王像は、あまりに尊大で、傲慢で、大きすぎたのをボクはまだ理解していなかった。
「――受けましょう。
全……生徒……………………?
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